科学者たちは、かつて存在していたと想定される土星の衛星「クリサリス」が、土星に引き付けられて崩壊し、その残骸が環を形成し、土星の傾きの一因にもなったと提唱している。
NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute/G. Ugarkovic
- 科学者たちが提唱する新たなモデルは、約1億6000万年前に土星が重力によって衛星「クリサリス」を崩壊させたことを示唆している。
- このかつてあったと想定される衛星によって、土星を象徴する環と自転軸の傾きという長年の2つの謎が解明されるかもしれない。
- 科学者たちは、クリサリスがおそらく土星で3番目に大きい衛星である「イアペトゥス」と同じ大きさだったと考えている。
1つの衛星によって、土星に関する2つの謎が解明されそうだ。
1610年にガリレオ・ガリレイが初めて土星を観測したとき、天文学者は土星に「耳」のようなものがあることに注目した。それが土星の象徴として知られる環だ。この環がいつどのようにしてできたのか、天文学者はずっと頭を悩ませてきた。
もうひとつの謎は土星の自転軸が27度も傾いていることだ。それに対して地球の傾きは22.1度から24.5度の間で変化している。科学者によると、この巨大ガス惑星が形成された時点でこれほど傾くということはなく、何かが衝突して傾いたというわけでもないという。
2022年9月15日付で科学誌「Science」に掲載された研究論文によると、研究者が一連のシミュレーションを行った結果、土星の環の形成と非常に大きな自転軸の傾きは、1億6000万年前、氷でできた衛星の1つの動きが不安定になり、それが土星の混沌とした軌道に急接近した時に起きた可能性があることを示唆しているという。科学者たちが「クリサリス(さなぎ)」と名付けたその衛星は、最終的に土星に近づきすぎて、崩壊した。
このシミュレーションモデルは、アメリカ航空宇宙局(NASA)の土星探査機「カッシーニ」から最後に送られたデータに基づいている。カッシーニは運用開始から2017年に土星の大気圏に突入するまでの13年間、土星とその衛星を周回し、データを集めてきた。
2011年7月29日、カッシーニは土星と5つの衛星を1つのフレームで捉えた。
NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute
現在、土星には83個の衛星が存在することが知られているが、クリサリスの大きさは土星で3番目に大きい衛星であるイアペトゥスと同じくらいだったと考えられている。
論文によると、崩壊したクリサリスの残骸の約99%は土星の大気に突入し、残りの1%の破片が散乱した状態で軌道上に留まり、土星の象徴である大きな環になったという。
「まるで蝶のさなぎのようにこの衛星は長い間眠っていたが、突然活動し始め、環が出現した」と、論文の筆頭著者でマサチューセッツ工科大学(MIT)の惑星科学教授であるジャック・ウィズダム(Jack Wisdom)は声明で述べている。
土星の輪の繊細な色合い。NASAの土星探査機カッシーニによって2009年8月22日に撮影された。
NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute
惑星科学者たちは、土星の傾きは海王星との重力相互作用によるものではないかと長い間考えてきた。そこで、土星を傾けるために必要な力の大きさに関係する慣性モーメントを計算するシミュレーションが行われた。その結果、土星はかつて海王星と重力的に共鳴していたかもしれないが、約1億6000万年前に何かが変わり、土星が海王星の影響圏から外れたことが判明した。
「そして我々は、土星がどうやって海王星と共鳴しなくなったのかを探ることになった」とウィズダムは言う。共鳴とは、2つの天体が周回しながらお互いの軌道に影響を与え続けることをいう。研究チームは、クリサリスが存在していたころの土星は海王星の影響下にあったが、クリサリスが崩壊したことで土星は海王星との共鳴から外れたというシミュレーション・モデルを作成した。
ウィズダムは、このモデルが成立するかどうかを確かめるには、より多くのデータが必要だと強調した。
「かなり筋の通った話になっているとは思うが、他の研究と同様に、他の研究者による検証も必要だ」
この小さな衛星が土星の重力によって引き裂かれた後にリングが現れたことから、まるでさなぎが蝶になったようだと、彼は付け加えた。
(翻訳:仲田文子、編集:Toshihiko Inoue)