9月14日、欧州議会で一般教書演説を行ったフォン・デア・ライエン欧州委員長。エネルギー政策に注目が集まった。
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欧州連合(EU)のフォン・デア・ライエン欧州委員長は9月14日、今後1年間の活動方針を表明する一般教書演説を欧州議会で行い、緊迫感を強めるエネルギー事情への対応策を公表した。
多岐にわたる演説の論点の中には、エネルギー事業者の収益を一部徴収し、その他の企業や家計に分配する案が含まれ、メディアなどで大きな話題を呼んでいる。
節電目標の定量化および義務化なども盛り込まれ、9月30日の臨時エネルギー閣僚理事会で議論されることになる。
民間の経済活動に行政が介入しなければならないほど切迫した欧州の現状が透けて見える。
標語は壮大だが……
EUのエネルギー政策には壮大な標語を伴うものがやたらと多い。
2019年11月にフォン・デア・ライエン体制の欧州委員会が発足した際は、2050年までのクライメット・ニュートラリティ(気候中立、温室効果ガス排出実質ゼロ)達成を目標として「欧州グリーンディール」を大々的に打ち出し話題となった。
「欧州グリーンディール」は将来のEU社会のあり方全般を規定するもので、経済政策と社会政策の両面性を持つ看板的な位置づけだった。
その看板を掛けたまま、欧州委員会は2022年5月、ロシア産化石燃料からの脱却計画「リパワーEU」を公表。2022年末までにロシアへの化石燃料依存度を大幅に低下させ、2030年より早い段階で完全脱却を目指すとした。
脱却の手段として挙げられたのは「再生可能エネルギーへの迅速な移行」であり、そのための取り組みのベースとされたのは、2021年7月に欧州委員会が発表した、2030年の温室効果ガス削減目標(1990年比で少なくとも55%削減)を達成するための政策パッケージ「Fit for 55(フィット・フォー・フィフティ・ファイブ)」だった。
「リパワーEU」の目標達成には、先に発表された「Fit for 55」の実施に必要な投資に加えて、2027年までに2100億ユーロが追加で必要とされ、その財源はコロナ危機からの回復を目指して設定された復興基金(2021年6月始動、最大7500億ユーロ)を充当することになった。
標語が乱立するこの状況をまとめると、フォン・デア・ライエン体制の大きな看板として「欧州グリーンディール」がまずあり、さらにウクライナ危機を契機に「リパワーEU」計画が策定され、それを実現する手段として政策パッケージ「Fit for 55」が機能していくという形だ。
標語に惑わされず中身だけを抽出すれば、短・中期的な目標は「2030年までにロシアへのエネルギー依存を完全に断ち切る」ことで、長期的な目標は「2050年までの温室効果ガス排出実質ゼロ(気候中立)を達成する」ことと整理できるだろう。
結局「節電」しか方策がない
9月15日、ウクライナの首都キーウを訪問してゼレンスキー大統領と会談したフォン・デア・ライエン欧州委員長。
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フォン・デア・ライエン委員長は今回の一般教書演説で、オーストラリアやインドとの自由貿易協定(FTA)交渉を進めることや、ウクライナのEU加盟候補国入りなどにも言及したが、必然的にエネルギー関連の動きが注目を浴びる結果となった。
とりわけ、「電力削減義務」「エネルギー企業からの資金徴収」「欧州水素銀行の設立」という3項目は、EUのエネルギー政策の現状と展望に関わるので、注目に値する【図表1】。
とは言え、エネルギー危機とも言える緊迫した現状に直接アプローチする方策は、最初の電力削減義務(要するに節電)くらい。しかもその具体策は決まっていない。
「リパワーEU」やら「Fit for 55」やら見栄えのする標語は並ぶものの、迫り来る2022年の厳しい冬については「我慢の要請・義務化」しか対策がない。
エネルギー事業者から収益の一部分を徴収して困窮する家計・企業部門に分配する策も、さほど時間をかけずに実施できる可能性があるものの、冬の痛みをどれほど緩和できるものか、効果には疑問が残る。
欧州水素銀行の設立についても、大看板の「欧州グリーンディール」ですでに示唆されている話で、その取り組みを加速させるにしても、EU経済・社会にもたらす便益を近い将来に想定できる話ではない。
身もフタもない言い方にはなってしまうが、欧州水素銀行の設立は筆者が身を置く金融市場では話題にすらなっていない。
天然ガス消費量の抑制が「犠牲にするもの」
実は、一般教書演説が行われる前までは、EUが天然ガス価格全般に上限価格を設定するとの見方が取り沙汰されていた。しかし、結局は言及がなかった。
実際、そのような措置に踏み切った場合、ロシアだけではなくアメリカまで含めた生産国がEUへの天然ガス供給を躊躇(ちゅうちょ)する可能性があり、それが供給不安定化につながる恐れが懸念されていたことは想像に難くない。
現在、液化天然ガス(LNG)は世界的に需要超過であり、生産国からすれば安価で譲る理由がない。
そうした反応はEU側も当然想定していただろうが、それでもエネルギー価格の抑制を何とか実現せねばならない、そのくらい状況は切迫しているということなのかもしれない。
欧州委員会は今回電力削減義務に言及する前から、加盟国全体に節電を要請してきたし、言われるまでもなく各国はすでにその方向で動き始めている。結果として、冬場に向けて域内の天然ガス貯蔵量は順調に積み上がっている。
しかし、それは平時に比べて経済活動を抑制しているからこそ実現できていることだ。
下の【図表2】を見てほしい。ドイツの月間天然ガス消費量は直近3年間(2019~21年)の平均をはっきりと下回っており、それは消費・投資意欲の減退という形で経済に跳ね返ってくることが予想される。
また、さらにこの下の【図表3】に示すように、天然ガス価格は9月に入ってから顕著に下がっている。ドイツを筆頭に各国が消費量を絞っているからで、言い換えれば「成長を放棄」するという高価な代償を支払って天然ガス価格の低減を実現している状態とも言える(もちろん、ノルウェーとの交渉が進展して同国からの天然ガス供給に期待できるようになったことなども影響している)。
それでも、域内のエネルギー需要が本格的に高まるのは気温が下がる冬場であって、それを認識しているロシアが今後、供給を一段と絞ってくる可能性は否定できない。
これまでも断続的に懸念の声が上がってきたように、冬場の電力不足が極まった場合、ドイツでいよいよ電力の配給制が導入される可能性もある。
その際、社会にとって不可欠な機能(一般家庭のほか病院、消防、警察、学校、食料品店など)は優先的に電力が供給されるが、企業の工場設備などは後回しになる。
この措置は、新型コロナ感染拡大時のロックダウン(都市封鎖)、行動制限と本質的に変わらない。
足元の天然ガス価格が落ち着いていることから、上限設定の議論は先送りにされたのだと思われるが、ロシアがこの先さらに供給を絞れば需要はさらに逼迫し、再び議論の俎上に載せられる可能性もあるだろう。
その場合、生産国は「(販売価格制限のために)儲からないEU向けにガスは売りたくない」と考えるかもしれない。そうなれば、西側陣営の一致団結が求められる我慢の局面で、エネルギー危機が楔(くさび)となって足並みの乱れにつながるのではないか。
そして、そのような綻(ほころ)びは、ロシアの望むところでもあるだろう。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文・唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。