2022年のコード・カンファレンスに登壇したアマゾンCEOアンディ・ジャシー。
Jerod Harris/Getty Images for Vox Media
アマゾンは、ソフトウェアエンジニアたちの間に広がる社内の非効率な官僚的カルチャーへの不満に対処するため、新しいチームを立ち上げた。
Insiderが入手した内部文書によると、アマゾンは2022年初め、インターネット業界の巨人である同社を「ソフトウェアビルダー(ソフトを作り上げる人)にとって地球上で最高の雇用主にする」という野心的な目標を掲げ、「アマゾン・ソフトウェアビルダー・エクスペリエンス(ASBX)」というグループを設立した。
匿名を条件に取材に応じた関係者によると、ASBXチームは発足以来、コードの自動化、開発者ツールの改善、チュートリアルや安全インフラの強化に取り組んでおり、チームに所属する社員数は400人を超えるまでに成長したという。内部文書には次のように記されている。
「ASBXの組織は、アマゾン全体のソフトウェア『ビルダー』のエクスペリエンス向上に特化して対応するために設立された。まずは日常的なコードの管理・展開方法、運用ツールの使い勝手、社内から依頼されるキャンペーンについてなど、社内のエンジニアから挙がっている基本的な課題に注力していく」
同社の初期の成長を担ったベテラン幹部の多くが小規模なスタートアップや競合他社に転職してしまったことで、アマゾンが革新的な「ビルディング(創造的に物事を作り上げること)」の優位性を失うかもしれないとの懸念がここ数年で表面化している。現役・元社員の何人かはこれを「Day2」と呼び、「Day1(創業初日の意)」と呼ばれるアマゾンのスピード感を持った起業家的なカルチャーからの不吉な逸脱と呼んでいる。
アマゾンは、倉庫で働く従業員だけでなく、アマゾン本体で働く社員や技術職の社員も含めて「地球上で最高の雇用主になる」と宣言していることから、ASBXの取り組みの重要性は増している。
Insider の取材に対しアマゾンの広報担当者はこのチームの存在を認め、ASBXはDay1カルチャーを維持するための取り組みの一環であるとメールで回答した。
「Day1カルチャーを維持することとは、常に従業員の声に耳を傾け、最高の基準を保ち、『ビルダー』の成功のためのより良いツールや仕組みを提供するため新しい方法を模索し続けることに他なりません。また、自己批判的であることも、アマゾンを世界で最も優れた『ビルダー』とするためのDay1文化の一つであり、その文化は根づいています。
初の試みであるASBXチームに加え、『ビルダーの日(Builder's Day)』や『DevCon(デブコン)2022』など最近立ち上げたイベントも、開発者たちにプラスの作用をもたらしています」(広報担当者)
「開発よりボタンをクリックする時間の方が長い」
ASBXチームは2022年9月中旬、アマゾン社内最大のエンジニア向けイベント「DevCon」の基調講演を行ったことで脚光を浴びた。
Insiderが入手した講演用スライドには、アマゾンのエンジニアの間で不満が募っている様子が描かれていた。スライドによると、彼らはつまらないソフトウェアのアップグレード作業、手作業によるテストとデプロイ、使いにくい開発ツールに翻弄されてよりクリエイティブな開発ができなくなっていると述べている。スライドには開発者のこんな声も紹介されていた。
「アマゾンのエンジニアは、開発よりもボタンをクリックしている時間の方が長い」
アマゾンがシアトル本社に開設した「アマゾンスフィア」の内部。その雰囲気からはクリエイティブな仕事ができそうだが……(2018年1月29日撮影)。
LINDSEY WASSON/ Reuters
アマゾンがASBXを立ち上げたのは、2021年11月の全社員集会でアンディ・ジャシー(Andy Jassy)CEOがエンジニアの労働環境改善を優先させると表明した後のことだ。
集会でジャシーは、こうした懸念は同社が目指す「スピーディーで迅速」という目標にも関わってくる問題だと社員に話し、すでに技術系の最高幹部であるデイブ・ トレッドウェル(Dave Treadwell)とピーター・デサンティス(Peter DeSantis)の2人に対し「開発者のために、より迅速に物事を進めるように」指示したと述べた。ASBXチームを率いるのは、デサンティス配下の副社長のエリック・ドックトール(Eric Docktor)だ。
ジャシーは11月の集会で、アマゾンのエンジニア文化を「今以上に有意義なものにする必要があると考えている」と語っている。
「開発者たちには、手動ツールの手直しのような作業の繰り返しではなく、新しいものの開発に集中できる環境だと感じてもらいたい。そのために現状を改善するつもりだ」(ジャシー)
「差別化されていない」仕事
アマゾンのエンジニアの間でも特に不満が大きいのは、「差別化されていない」作業に費やす時間である。「開発者のコアコーディングや生産性の高い時間を奪うのは、手動で行われる追加的な反復作業である」と社内文書の中でも指摘されている。
Insiderが最近入手した社内アンケート調査では、エンジニアの34%が、週に4〜8時間程度、つまり週のおよそ10〜20%を新しいプロダクト開発とは関係のない業務に費やしていると回答している。また別の調査では、エンジニアは勤務時間の30%を「反復作業」に費やしているとの結果も出ている。
ASBXチームは、新しいツールや教育コンテンツなどを構築することで、これらの問題を解決しようとしているようだ。ASBXは、ビルダーツール、エンジニアリング・ナレッジ・グロースチーム、メカニック、セーフティインフラ、そしてユーザーエクスペリエンスにまたがる7つの小さなユニットで構成されている。また内部資料には、技術者の声を聞くための説明会や調査、会議にも投資している、と書かれている。
「アマゾンのソフトウェアビルダーが独自のイノベーションに専念できるよう、差別化できない作業を減らし、世界クラスのツールを構築し、他社とは比べ物にならないくらいの成長機会を提供し、全社的にソフトウェアビルダー・エクスペリエンスを推進する」
内部文書にはASBXチームの6つの信条(指針)が書かれている。
- アマゾン全体のソフトウェアビルダーは、独自のスケールでアプリケーションを構築・運用するために、一貫性、相互運用性・拡張性に優れたツールを必要としている。それぞれの企業は、専門的なビジネスニーズに合わせて、当社のソリューションを活用していく。
- ソフトウェア開発者が斬新なイノベーションに時間を費やすことで、アマゾンの顧客は利益を得ることができる。差別化できない作業を排除し、自動化を進め、統合された独自のツールにより、高度な判断が必要な状況で開発者同士の相互対話が確保されるようにする。
- 我々のツールは、ソフトウェアビルダーが必要とすればいかなる状況でも常に使えるようにしておかなければならない。他の人々が使用できないときでも、使えるようにしておく必要がある。
- ソフトウェアビルダー・エクスペリエンスとは、アマゾンが所有するツール、プロセス、テクノロジーの総体であり、十分に理解された指標、実用的な洞察、知識の共有を通じて絶え間なく改善されていくものである。
- アマゾンの、業界をリードするテクノロジーと多くの分野のトップエキスパートへのアクセスは、開発者にとって業界で他に類を見ない速さで学び、成長する機会を提供する。
- 開発者として、私たちは技術的な基盤にアマゾンの価値観を体現化するユニークな立場にある。私たちのツール、トレーニング、イベントをインクルーシブでアクセスしやすいものにすることで、帰属意識を醸成する。
(編集・大門小百合)