共同編集デザインプラットフォームの米フィグマ(Figma)、最高経営責任者(CEO)のディラン・フィールド。
Figma
共同編集デザインプラットフォームの米フィグマ(Figma)がまだ創業間もなかった頃、顧客になってくれそうな会社のデザインチームに売り込みをかけていたディラン・フィールド共同創業者兼最高経営責任者(CEO)と同僚たちは、一つの大きな問題に悩まされていた。
顧客は大抵フィグマのプロダクトを気に入ってくれるのに、既存ツールからの乗り換えにまではなかなか踏み切ってくれなかったのだ。
だから、ドキュメント作成プラットフォームのコーダ(Coda)に売り込みに行き、乗り換えの説得に成功したときの喜びはひとしおだった。
フィグマの古参社員の1人で、シニアマーケティングディレクターを務めるクレア・バトラーによれば、デザインチーム全体でフィグマのプロダクトを採用してもらったのはコーダが初めてのケースだった。
フィグマのチームメンバーがサンフランシスコのオフィスに戻り、ベイエリアで人気の中東レストランの料理で契約獲得を祝う食事の席についたまさにそのとき、さっきプロダクトを売り込んだばかりのコーダのデザイナーから、バグがあるようで使えないという苦情がフィールドの電話にかかってきた。
フィールドはチームを挙げて問題解決にあたった。結局、原因はユーザー側のコンピューターあるいはネットワークにあると分かった。
それでも、フィールドは共同創業者で最高技術責任者(CTO)のエヴァン・ウォレスと一緒に車で45分かけてパロアルトにあるコーダのオフィスまで戻り、電話をかけてきたデザイナーが問題を解決できるよう手を貸したとバトラーは語る。
フィールドを知る者にとっては、こうした彼の対応は意外でも何でもない。彼はいまでも困っている顧客がいないかツイッターでチェックするのを欠かさないのだという。
「フィールドは常にユーザーコミュニティを気にかけ、大事にしています。加えて、フィグマがツールとして、企業として、ブランドとして人々からどう思われているのかも、彼にとっては非常に重要な問題なのです」
フィグマ(Figma)のシニアマーケティングディレクターを務めるクレア・バトラー。
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フィグマは9月15日、デザイン支援ソフトウェアの米アドビ(Adobe)からの買収提案を受け入れたことを明らかにした。買収金額は200億ドル(約2兆9000億円)。フィールドが共同創業者として保有する株式の価値は20億ドル(約2900億円)に跳ね上がった。
フィールドは20歳以下の若手起業家支援プログラム「ティール・フェローシップ」に選出され、その際に思いついたアイデアをベースに2012年、フィグマを創業。以来、同社は驚異的な成長を遂げ、デザインコミュニティの多くの人々に愛される存在となった。
2回の資金調達ラウンドを経て、フィグマの評価額は2020年から2021年の間に20億ドルから5倍の100億ドルにまで成長した。
これまでの出資者には、デュラブル・キャピタル・パートナーズ(Durable Capital Partners)、インデックス・ベンチャーズ(Index Ventures)、グレイロック・パートナーズ(Greylock Partners)、クライナー・パーキンス(Kleiner Perkins)、セコイア・キャピタル(Sequoia Capital)、アンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz)など著名ベンチャーキャピタル(VC)が名を連ねる。
Insiderは今回の買収に当たって、フィールドとその仲間、同僚たちに取材し、彼がこれまで歩んできた道のりや得てきた教訓、また買収後のフィグマを彼はどのように率いていくのか、余すところなく語ってもらった。
フィールドCEOの人物像
フィグマ(Figma)を共同創業したディラン・フィールド最高経営責任者(CEO、右)とエヴァン・ウォレス兼最高技術責任者(CTO)。
Figma
フィールドはサンフランシスコベイエリア生まれ、現在30歳。ミドルスクールの頃からデザインに興味を持っていた。
ブラウン大学に入学してコンピュータ科学を専攻したものの、休学してソーシャルマガジンアプリのフリップボード(Flipboard)でプロダクトデザインのインターンを経験、その後中退の道を決断した。
大学中退を条件に20歳以下の若手起業家に10万ドルを提供する支援プログラム「ティール・フェローシップ」に19歳で選出され、後に最高技術責任者(CTO)の重責を担うウォレスとともに、フィグマのアイデアを思いついた。
創業は2012年。しかし、最初のプロダクトをリリースしたのは2015年、有料プランを開始したのは2017年になってからだった。
社会人としてはインターンの経験しかなかったので、CEOの仕事を走りながら学ばねばならなかったと、フィールドは以前Insiderに語っている。
実際、過去には従業員が大量離職する危機に直面したこともあり、そうした経験から、社員の声に耳を傾けることやチームに権限を持たせることの必要性を学んだとフィールドは語る。
「信頼がなければそこに何がある? 信頼していなければ人に権限を持たせることはできない」
フィールドの仲間や同僚たちは、彼は共感でみんなを引っ張っていく人物だと口を揃える。
また、信頼という文脈で言えば、フィールドは家族もビジネスに引っ張り込んでいる。母親はフィグマのオフィスにしょっちゅう顔を出すし、創業初期のユーザーカンファレンスに出席したこともある。
ユーザー、従業員との対話を徹底
買収手続きが無事完了してアドビ傘下に入った後も、フィグマは自律的な経営を続ける見込みだ。フィールドも引き続きCEOとしてフィグマを率い、アドビのデジタルメディア事業のトップであるデイビッド・ワドワーニ(VCのグレイロック出身)の直下に入る。
ただ、経営陣に大きな変更はないとは言え、愛用するツールが最大の競合であるアドビに買収されることに、不満や不安を抱く顧客が大勢いることは事実だ。
フィールドも当然ながらそのことは認識していて、買収が発表された翌日、ツイッターのリアルタイム音声チャット機能「スペース(Spaces)」を通じて、ユーザーからの質問に直接答える場を設けた。
当初は30分間の予定だったが、フィールドは結局2時間近くユーザーと向き合った。
アドビからの買収提案を検討した際、彼自身もユーザーと同じ懸念を抱いたので、買収後も自律性を維持する確約を得るなど交渉を通じてそうした懸念を解決していったとフィールドは語る。
買収発表直後に開かれた従業員総会でも、フィールドは同様の対応を取り、従業員からの質問に逐一応じた。さらに、「AMA-acquisition」と題したスラックチャンネルを開設し、継続的に従業員からの質問に答えている。
「今日の私の言葉などよりずっと重要なのは、今後数年間私たちフィグマが企業としてどう行動するかということ。それはしっかりと認識しているつもりです。
チームの皆さんと開発の現場に戻るのが待ちきれません。これから時間をかけて、私たちの一貫した姿勢を示していきたいと思います。『これからも皆さんを支えていきます、買収のことは心配しないで』と」
「働き方の未来」についてのビジョン
今回の買収によって、フィールドはビリオネア(保有資産10万ドル以上)の仲間入りを果たしたが、その莫大な利益が買収提案に応じた主な目的とは思えないと、彼の仲間や同僚たちは言う。
シリーズBラウンドのリードインベスターを担ったクライナー・パーキンスのパートナー、マムーン・ハミドは出資の理由について、フィールドが根っから好奇心旺盛で、デザインや「働き方の未来」に関わるソフトウェアが向かうべき方向について「明確な視点」を持った創業者に思えたからだと語る。
米ベンチャーキャピタル大手クライナー・パーキンス(Kleiner Perkins)のマムーン・ハミド。
Kleiner Perkins
フィールド自身も「働き方の未来」業界への投資家で、空間オーディオ技術を駆使してバーチャルなやり取りに人間的温かみを付加するビデオチャットのギャザー(Gather)に出資している。
「プロダクト、それを開発する会社そのもの、またそれをどう構築するか、どのような人を採用するか、そういったことについてフィールドは細部まで徹底的にこだわる経営者。細部に関する絶対的なプライド、オーナーとしてのプライドがものすごく強いんです」(ハミド)
ローコードアプリ構築のエアテーブル(Airtable)創業者兼CEOのハウイー・リューも同じ意見だ。
「フィールドは本当に人を鼓舞するようなカリスマ性と情熱の持ち主だが、その形はとても静かでかつ力強い」(リュー)
アドビ(Adobe)クリエイティブクラウド(Creative Cloud)」担当エグゼクティブバイスプレジデント兼最高製品責任者(CPO)、スコット・ベルスキー。
Adobe/Scott Belsky
働き方がどう変化し、またその変化のどのあたりに対してフィグマは貢献できるのか、フィールドは徹底的に考え抜いてきた。まさにそのことこそが、彼とフィグマをアドビのエコシステムに迎え入れたいと思う理由だと、同社のスコット・ベルスキー最高製品責任者(CPO)は語る。
「ディランは素晴らしいエンジニアであり、プロダクト考案者であり、デザイナーだ。彼はプロダクトデザイナーや彼らが抱える課題に対して強い共感を抱いていると思います。
ディランは信念に非常に忠実な人物でもあります。何が最も重要かを理解し、それを守るために必要なことは何でも行う。そのあたりの能力がずば抜けているのです」
[原文:Meet Dylan Field, the 30-year-old college dropout who built Figma, one of Silicon Valley's most beloved companies, and is set to become a billionaire when it sells for $20 billion to Adobe]
(編集:川村力)