Issei Kato/Reuters
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
2019年のLIXILの株主総会。偽計により解任されたCEOが、勝つ見込みはほぼないと見られていた状況で逆転勝利を収めた一件は、いまだ多くの人が記憶しているはずです。今回はこのケースから、日本企業におけるコーポレートガバナンスの課題をあぶり出します。
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コーポレートガバナンスはどこまで機能するのか
こんにちは、入山章栄です。
僕はこの連載でコーポレートガバナンスの重要性をよく説きますが、今回はそのケーススタディとなるような実例を取り上げたいと思います。
ライター・長山
入山先生、私は最近『決戦! 株主総会——ドキュメント LIXIL死闘の8ヵ月』(秋場大輔著)という本を読みまして、これがめちゃめちゃ面白かったんです。住宅設備機器メーカーLIXIL(リクシル)の2019年の株主総会における攻防を描いたノンフィクションです。この事件は新聞などでも報道されたので入山先生もご存じですよね。
はい、興味深く見ておりました。
そもそもLIXILは、トステム、INAX、新日軽、サンウエーブ工業、東洋エクステリアが統合してできた会社ですよね。このいろいろな会社をまとめるためにもプロ経営者を呼んでこようということになり、最初に呼ばれたのが藤森義明さん。その次が瀬戸欣也さんでしたね。
ライター・長山
はい。でもその瀬戸さんを、トステムの創業家出身である取締役の潮田洋一郎さんが追い出します。でも瀬戸さんは泣き寝入りせずに戦いを挑み、株主提案が可決されることはほとんどないと言われる株主総会で勝利を収めCEOに復帰します。
そもそもなぜ株を3%しか持っていない潮田さんが瀬戸さんを辞めさせることができたかというと、この本によると、潮田さんが二枚舌を使ったんです。瀬戸さんには「指名委員会が君を辞めさせると決定した」と言い、指名委員会には「瀬戸さんがCEOを辞めたいと言っている」と嘘をついて、瀬戸さんをいったん退任に追い込んだ。
ほんとにすごい話ですよね。
ライター・長山
びっくりしますよね。でも嘘をついたときの録音があるわけではないから、証拠もない。「瀬戸さんには業績不振の責任をとって辞めてもらったまでだ」と言われれば、納得しそうになります。
社外取締役の人たちも、いつも会社にいるわけではないから、社内の詳しい事情は分からない。だからある人が悪意をもって嘘をついたら、それを信じてしまうかもしれません。
LIXILの場合は瀬戸さんがあきらめずに戦ってCEOに復帰しましたが、こんな会社は他にもたくさんあるのではないでしょうか。
入山先生はこの事例から、どんなことをお考えになりますか?
この事例にはいろいろな論点がありますが、今回は次の2点についてお話ししましょう。
第一に、「なぜ、創業家出身の潮田さんは株を3%しか持っていないのに、こんなにやりたい放題できたのか」という点について。
第二に、「社外取締役はしょせん外の人間だから、いざというときのストッパーを果たせないのではないか」という批判についてです。
創業家がいまだに権力を持つ理由
まず1点目の「なぜ、創業家出身の潮田さんは株を3%しか持っていないのに、こんなにやりたい放題できたのか」。結論から言うと、日本ではまだ本当の意味でコーポレートガバナンスが機能していないからです。
実はわが国では、株を数%しか所有していない創業家の人たちが、なぜか発言権を持っているケースが少なくない。ただしこれがすべて悪いわけではなく、プラスに作用することもあるんですね。
ファミリービジネスのいいところは、長期的な視点に立って経営ができるところです。これが「サラリーマン社長」であれば「自分が任期を務める数年間だけ業績を上げればいい」という発想になりかねない。だから創業家に倫理観があって、「会社の企業価値を上げて、コーポレートガバナンスも遵守します」という姿勢であれば、創業家が保有する株式以上の力を持っていることは必ずしも悪いことではありません。
ちなみに、なぜ創業家がそういう力を持ちうるかというと、創業家の「後光」みたいなものもあるけれど、単純に経営陣やステークホルダーとの付き合いが長い、ということも大きいです。
特に日本の場合は、コーポレートガバナンス改革が行われたのが最近なので、創業家がいまだに豊富な人脈を持っています。役員も基本的に「中の人」で固めてきたし、その人たちは当然、創業家の人たちに選ばれて役員になったわけです。
そうなると「先々代の社長にはお世話になった」「私は先代に恩がある」というような人たちは、創業家に逆らいにくい。その結果、創業家に自制心が欠けていると、昔からの人脈などを使って暴走し始めるというわけです。
失礼を承知で言うと、そういう方々はあまりコーポレートガバナンスの仕組みをご存じない。指名委員会がどうだとか、社外取締役がどうだというのは、しょせんここ十年の話なので、ピンと来ないのでしょう。だから「このくらいやってもいいんじゃないの」という感覚で、企業を私物化している場合もある、というのが現状ではないでしょうか。
社外取締役の人選がポイント
2つめに、長山さんが指摘したように、社外取締役の目配りにも当然限界があります。ただ、だからこそ社外取締役の人選が大事なのです。「瀬戸さんが辞めたいと言っている」と言われて、「はいそうですか」と鵜呑みにするような人では、そもそもダメなのではないでしょうか。「おかしいな」と思ったら情報の開示を求めるような、コーポレートガバナンスに意識的な社外取締役でないといけない。
もちろん現実は社長と知り合いだからこそ、社外取締役に就任するケースがほとんどです。でもだからこそ、「よく知っているあなたでも、いざ本当にまずい状況になったらあなたをクビにしますよ」というぐらいの気概がある人でないと、取締役になってはいけないと思います。
次に大事なのが取締役の体制です。僕もいろいろな会社で現実を見ていますが、やっぱり社外取締役が取締役の過半数以上を占めたほうがいい。そうでなければ、取締役会に緊張感が出ません。
これらの条件をクリアすれば、LIXILのようなことは、おのずと起こらなくなっていくはずです。
株主総会は民主主義における選挙のようなもの
そして最終的にコーポレートガバナンスに重要な役割を果たすのが、株主です。
LIXILを追われた瀬戸さんは、自らのCEO解任のプロセスがコーポレートガバナンスの観点から不適切であると認識しました。そこで、潮田さんの影響力を排すために取締役会のメンバーを選任し直すことを株主提案として株主総会で訴えます。株主提案というのは否決されることがほとんどですが、瀬戸さんたちは接戦の末に勝利した。
僕は瀬戸さんが株主総会を決戦の場に選んだのは、とても正しいことだったと思います。株式資本主義というのは、実は民主主義と非常に似ているんですね。特に議員内閣制の民主主義と非常に似ています。
つまりわれわれ国民は、自分たちが直接政治に関わるわけではなく、自分たちの代表として政治家を選挙で選ぶ。いま自民党でいろいろな問題が起きていますが、結局、自民党を選んだのはわれわれ国民です。だからもし自民党に文句があるなら、選挙で落とすしかない。それが民主主義というものでしょう。これは企業でも基本的に同じです。
つまり、大事なのは選挙と同じ、株主総会です。この株主総会で我々は取締役と、そして多くの場合は代表取締役社長を選ぶわけですから。僕自身は、日本の課題はこの株主総会が十分にまだ機能していないことだと思っています。
瀬戸さんはそういう正当な手続きを踏んで、状況をひっくり返した。要するに、選挙運動をやって機運を作り、正当な手続きで逆転したわけです。
ポイントは、LIXILが複数の会社が集まってできた会社だったことでしょう。だからおそらく、株主の意見が分散化されていたのではないでしょうか。そこに瀬戸さんの勝てる余地ができた。
もし同社が、純粋な創業家だけが株を持つ会社であれば、逆転は難しかったかもしれませんね。その意味で、この事件は日本の経営史に残る事件だといえるでしょう。
BIJ編集部・常盤
「事実は小説より奇なり」といいますが、こんなことが本当に起こるんですね。これを機に、日本でもコーポレートガバナンスが前進していくことを期待します。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、音声編集:小林優多郎、編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。