ステージネーム「DJ D-Sol」を名乗って活動する米金融大手ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)のデービッド・ソロモン最高経営責任者(CEO)。“公私混同”ぶりに社内の批判が高まっている。
Reuters
米金融大手ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)のデービッド・ソロモン最高経営責任者(CEO)は7月下旬、一連の出張日程を終えると、社用ジェット機「ガルフストリームG650」に乗り込んでシカゴへと向かった。
アメリカを代表する投資銀行のトップでありながら、近年は「DJ D-Sol」のステージネームでエレクトロニック・ダンス・ミュージック(EDM)のDJとしても活動してきたソロモン。
彼はその週の金曜日、日中はゴールドマンの顧客企業や従業員とのミーティングをこなしたが、夕方になるとビジネススーツを脱ぎ捨て、次の予定により相応しい格好と言える黒のTシャツに着替えた。
次の予定とは、その夜にシカゴ市内ミシガン湖岸のグラントパークで毎年開催されている大型フェス「ロラパルーザ音楽祭」(7月28〜31日、現地時間)への参加だった。
1週間後、ソロモンはインスタグラムの個人アカウントに、スモークマシンから派手に噴き出す煙とビートに合わせて躍動する観客たちで埋め尽くされた会場の動画を投稿した。
「音楽祭は特別な瞬間だらけだったけど、それでもこの瞬間が最高だった」というコメントとともに、ロックバンド「ワンリパブリック」とそのボーカルでソングライターのライアン・テダーをタグ付け。ソロモンの曲『ラーン・トゥ・ラブ・ミー』を一緒に演奏してくれたことへの感謝をつづった。
ゴールドマンの担当者によると、ソロモンがシカゴ出張のために社用ジェット機を使用したその費用は、仕事と私的な用途が重なり合うものとみなされた。そうした場合は、同行の規定により、私的な用途に関連する部分について返金する義務を負う。
ただ、他行と違ってゴールドマンはそうした費用を株主総会招集通知(プロキシ・ステートメント、事業進捗や財務状況などの参考情報が含まれる)で開示していない。
ソロモンのDJ活動について、ゴールドマンの取締役会は過去に本人に直接懸念を伝えている。
例えば、英フィナンシャル・タイムズ(8月16日付)によると、ソロモンは2020年7月、ニューヨーク郊外の避暑地ハンプトンで開催された人気ダンスポップユニット「ザ・チェインスモーカーズ」らの参加するチャリティコンサートに出演。
同イベントは後日、新型コロナ感染拡大防止のためにニューヨーク州が定めたガイドラインやソーシャル・ディスタンスを遵守しなかったとして州保健当局による調査・処分の対象となり、ソロモンはゴールドマンの取締役会で謝罪する羽目になった。
また、同じフィナンシャル・タイムズ記事は、ソロモンが2019年7月にベルギーで開催された世界最大規模のEDMフェス「トゥモローランド」への出演を決めた際にも、やはりゴールドマンの複数の取締役がソロモンに懸念を伝えていたことを報じている。
ソロモンがDJという個人的な趣味、言ってみれば一種の「副業」に注ぎ込む時間と関心の大きさに困惑を感じる株主や取締役は、いまや少なくないようだ。
実際、ソロモンは日曜日をほぼ毎週欠かさずDJとしてのスキルアップに使っている。経営者としての激務の合間を縫って、世界的に著名な音楽イベントを中心に、年6回以上ステージに立つ生活を続けてきた。
それだけのめり込んでいるので、ソロモンはゴールドマンの従業員にライブの手伝いをさせることにも躊躇(ちゅうちょ)がない。
Insiderの取材に応じた匿名の関係者らによれば、同社広報IR部門を管轄する経営幹部たちはソロモンが楽曲を発表する際のプレスリリースに一枚かんでいる。
さらに、ソーシャルメディア担当チームは、ソロモンの音楽レーベル「ペイバック・レコーズ(Payback Records)」や、ソロモン個人のSNSアカウントを運用する「ゲット・エンゲージド・メディア(Get Engaged Media)」のスタッフらと密に連絡を取り合っている。
こうした公私混同ぶりは、ソロモンのインスタグラムを見ても確認できる。
彼のDJとしての個人アカウント(@davidsolomonmusic)にはゴールドマンのCEOであることが明記されており、一方、ゴールドマンCEOとしての公式アカウント(@davidsolomon)にもDJアカウントへのリンクが貼ってある。
ゴールドマンの株価が史上最高値の426.16ドルに向かって急上昇を続けていた2021年なら、ソロモンの行動はちょっとした気分転換ぐらいの扱いで済んだかもしれない。
しかし、株価は年初来26%下落(9月27日終値)、底入れの見通しも立たない苦境に陥ったいまとなっては、もはや大きな悩みの種でしかない。
内情に詳しい関係者によれば、デジタルオンリーの一般消費者向け金融サービス「マーカス(Marcus)」をはじめ、苦戦を強いられ重点的なケアあるいはテコ入れが必要な事業が目につく中で、経営トップが自身の虚栄心を満たすプロジェクトに(余暇とは言え)夢中になっている現状に、ゴールドマン社内で懸念が広がっているという。
CEO就任前後の揺るぎない実績
1869年創業のゴールドマン・サックスは、150年超に及ぶその歴史の大半において、企業としてあるいはその経営者として脚光を浴びることを避け、代わりに保守的な上流階級向けのサービスを顧客に提供することに専念してきた。
例えば、ソロモンが2018年にCEOに就任する以前のゴールドマンは、贅沢(ぜいたく)を象徴するような社用ジェット機には関心を示さず、せいぜいバークシャー・ハサウェイ傘下のネットジェッツ(Netjets)を通じたビジネスジェットの共同保有にとどまっていた。
ところが、2016年にハーベイ・シュワルツ(現バンク・オブ・ロンドン会長)とともにソロモンが共同社長兼最高執行責任者(COO)に就任し、いずれかを次期CEOに昇格させる方針が取締役会から示されると、ソロモンは親しみを感じさせる側面を強く押し出すようになった。
米ニューヨーク・タイムズ(2017年7月13日付)が「ゴールドマンではデービッド・ソロモン、クラブではDJ D-Sol」とその活動ぶりを報じると、ソロモンはそちらに自身のキャラを寄せ、ゴールドマンの若い従業員たちからのウケを良くするツールとしてうまく活用した。
ソロモンは、2006年から10年にわたって責任者を務めた投資銀行部門でジェンダー・ダイバーシティを改善した実績もアピールし、2018年3月にはめでたくゴールドマンの次期CEO指名を勝ち取った。
ゴールドマン・サックスの経営委員会(経営戦略策定を担うCEO直属の組織)メンバーで、アセットマネジメント部門(GSAM)元会長のティム・オニールは、公式発表時の声明でソロモンをこう評している。
「デービッド・ソロモンはゴールドマン・サックスを成功に導くことに全力を注ぎ、顧客や従業員と絶え間なく向き合ってきました。彼は厳しく透明性の高い業績目標を設定し、従業員に責任を持たせ、事業の成長と多様化に取り組んでいます。そして、その戦略が有効に機能していることは明らかです」
CEOに就任したソロモンは、同社初のインベスターデイ(機関投資家やアナリスト向けの事業説明会)導入を主導し、経営戦略のアップデートにも着手。2021年には純営業収益(売上高に相当)593億ドル、純利益216億ドルと、いずれも過去最高の数字を叩き出した。
また、ソロモンがCEOに就任した2018年10月1日以降、同社の株価は約30%上昇(9月27日終値)し、同期間に約25%上昇(同)したS&P500種株価指数のパフォーマンスを上回った。
ソロモン流のセルフブランディング
CEO就任以降、ソロモンは自身のイメージ作りに腐心してきた。
リンクトインへの投稿は日常茶飯事。インスタグラムは2つのアカウントを持ち、1つはゴールドマンCEOとして、もう1つはDJとして運用。テレビや新聞、ウェブメディアなどで自身がどう表現、評価されているかを常に気にしていると関係者は話す。
その意味で、ソロモンは近年ソーシャルメディア上で存在感を発揮し、それを通じて個人のプロフィールを充実させている経営者の1人に数えられるだろう。
例えば、ジェフリーズ・ファイナンシャル・グループ(Jefferies Financial Group)のリチャード・ハンドラーも似たような存在で、ほぼ毎週のツイッター投稿は欠かさず、インスタグラムでは家族や友人とのプライベートを公開している。
ただ、経営者としての立場や影響力と個人の活動を垣根なく組み合わせる行為には大きなリスクもある。
とりわけ、会社の資産を利用する際に公私混同する過ちを犯せば、取り返しのつかない窮地に陥ることもある。
例えば、米ウォール・ストリート・ジャーナル(6月2日)によると、フェイスブックを運営するメタ・プラットフォームズ(Meta Platforms)は、9月末で退社するシェリル・サンドバーグ前最高執行責任者(COO)が、自身の設立した財団への支援、2冊目の自著執筆および宣伝、さらには自身の結婚式の準備などのために会社のリソースを流用した疑いがあるとして調査を行っている。
なお、サンドバーグは6月にCOO退任を発表した際、その理由を「一身上の都合」としており、上記の流用疑惑との関係性は不明のままだ。
そうした事例もあるからこそ、ソロモンのここ数カ月の(音楽フェス参加などの)振る舞いはなおさら目立つ。
その前段にあるのが、ゴールドマンの従業員や経営幹部らに警戒心を抱かれることになった、幹部級2人の採用とその経緯だ。
フィオナ・カーターは2020年9月、ゴールドマン初の最高マーケティング責任者(CMO)として、アンドレア・ウィリアムズは翌21年5月、メディアリレーション担当のマネージングディレクターとしてそれぞれゴールドマンに入社した。
2人が目指したのは、ソロモンのブランディングを強化することだった。
ウィリアムズは入社後の自己紹介に際して、ソロモンのブランドを確立することが自分の仕事だと話していたことを、複数の従業員が記憶している。
彼女は前職の米資産運用大手オークツリー・キャピタル・マネジメント(Oaktree Capital Management)で、投資界の重鎮としてのハワード・マークス共同創業者兼会長のイメージ戦略に大きな役割を果たした実績があり、そのスキルをゴールドマンで活かしたいと自ら語っていたという。
また、ソロモンが確立すべきブランドは、分かりやすい内容で多くのファンを生み出した顧客向けレターで知名度を上げたマークスのブランドとはまた違うものになると、ウィリアムズが話していたとの証言もある。
こうした事実について、ゴールドマンにコメントを求めたところ、担当者はウィリアムズが前職オークツリーと比較する形で(ゴールドマンでの)新たな任務を社内に説明していたとの事実を否定した。
しかし、Insiderの取材に応じた別の関係者は、ウィリアムズがまとめたパワーポイント資料が存在し、そこにソロモンのブランディングに関する具体的な要点を含めたゴールドマンのメディアリレーション運営に関する戦略的計画が詳述されていることを明かした。
ウィリアムズがこの資料を、ソロモンはじめ36人超の経営幹部が採用すべき新たなコミュニケーション戦略の一部として取締役会に提案したのは、2021年10月のことだった。
同関係者は、ビジネスリーダーあるいは金融界の重鎮としてのソロモン、また同時に慈善家としてのソロモンのイメージを定着させることがウィリアムズの目指すところと感じたという。
ところが、前出のゴールドマンの担当者はこうした指摘にも異議を唱える。
ウィリアムズがまとめたメディアリレーション戦略は、顧客や企業文化、業績に対する考え方に重点が置かれており、ソロモンのイメージに関しては、DJ活動についてのツイートにさらりと言及があるに過ぎないと説明。ソロモンがDJ活動を通じて得られた収益をすべて慈善団体に寄付していると強調した。
だが、そのようなゴールドマン担当者の説明は現実と合致しないように見える。
ウィリアムズがマネージングディレクターに着任してから1カ月も経たないうちに、ソロモンのDJアカウントにははっきりと変化が表れた。
従来の楽曲ジャケットやコンサートポスターにとどまらず、前出の音楽レーベル「ペイバック・レコーズ」を通じた慈善活動に関係する投稿が散見されるようになったのだ。
例えば、本記事冒頭で触れたライアン・テダーとのコラボシングルのリリースに合わせて、ソロモンのDJアカウントは、ペイバック・レコーズがコロナ禍に際して依存症対策を支援してきた経緯を紹介するテキスト画像を投稿した(2021年10月22日付)。
さらに、同じようなテキスト画像の投稿が、その後1年間で6件以上確認されている。
社外向けメッセージの管理強化
ソロモンは、ゴールドマンにおける第一の発信者としてのポジションを確立するため、他の手段も講じている。
彼はあるとき、テレビに出演して発言することを許可されているパートナー(正式名称はパーティシペイティングマネージングディレクター)の数が多すぎるとの不満を漏らし、会社の方針や戦略、考え方について外部に何か発言する必要があるなら、それは自分の役割であるべきだと主張した。
実際、ソロモンがそうした意見を主張して以降、テレビに出る機会が減ったパートナーもいる。
この問題についても、ゴールドマンの担当者は事実と異なると反論。経営幹部のテレビ出演回数はむしろ過去1年で倍以上に増えたと説明した。ただし、経営幹部のテレビ出演回数の中にソロモンが占める割合について尋ねたところ、内訳については回答できないとのことだった。
社外向けの対話や露出の「蛇口」をしぼった具体例は他にもある。
ゴールドマンは2020年8月、自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)とクレジットカード事業で提携を目指していると報じられた後、10月にはGMの同事業を25億ドルで買収するとの続報が出た(いずれもウォール・ストリート・ジャーナルの報道)。
提携から買収判断に至る交渉をよく知る匿名の関係者によれば、GMのメアリー・バーラCEOとの太いパイプを持つのはゴールドマンのナンバー2、ジョン・ウォルドロン社長兼COOだったが、それでもソロモンは自らバーラCEOと交渉すると主張したという。
ソロモンがそうした(派手な)対外関係を自身が直接コントロールしたがることを知っているので、ウォルドロンはワシントンDCの政治家たちと面会するのも手控えていると、同関係者は語る。
公私混同は際限なく……
ゴールドマンの経営幹部らは、ソロモンのDJ活動について、CEOとしての任務とは無関係であくまで余暇の趣味と説明しているものの、実際にはその垣根が取り払われたりして問題になるケースが幾度も発生している。
2021年5月に前出のウィリアムズが入社して間もなく、ソロモンは自身の最新シングルのプレスリリースをチェックしてくれと頼んだようで、Insiderの取材に応じた匿名の関係者は、ウィリアムズが不満を漏らすのを直接聞いたという。
なお、ウィリアムズはソロモンからの依頼にすぐに応じず放っておき、その後ソロモンから叱責を受けた模様だ。
また、ゴールドマンのソーシャルメディア担当チームの一部は、ソロモンがリンクトインやインスタグラムで発信する内容を考案する役割を担っており、前出のペイパック・レコーズの担当者とソロモンのスケジュールや楽曲リリースに関する調整を頻繁(ひんぱん)に行っている。
関係者によれば、具体的な調整内容としては、インスタグラムの個人アカウント投稿を公開前に確認し、CEOとして適切な表現かどうかチェックする作業などが含まれる。
過去に何度もあったわけではないものの、いったん投稿してから、ソーシャルメディア担当チームが言葉づかいを修正したケースもあったという。
ゴールドマンの担当者によると、ペイバック・レコーズはソロモンが設立したレーベルながら音楽業界のコンサルに運営を委託しており、そこにはゴールドマンの会社資産は一切使われていない。
なお、ソーシャルメディア担当チームは、入社時に「従業員や経営幹部らに警戒心を抱かれることになった」前出のフィオナ・カーター最高マーケティング責任者(CMO)の直属。
カーターの前職は、通信大手AT&Tの最高ブランド責任者(CBO)で、ゴールドマン入社後もブランディング戦略の見直しと強化に関する議論をリードする存在だ。
2020年7月、ゴールドマンはデジタルオンリーの個人消費者向け金融サービス「マーカス(Marcus)」は、2020〜21年シーズン王者でPGAツアー最優秀選手に輝いた世界的プロゴルファーのパトリック・カントレーとパートナーシップ契約を結んだ(ブランド初のスポークスパーソンに就任)。
情報筋によれば、偶然にもソロモンは近年ゴルフに取り組んでおり、カントレーとの契約当時は国内有数のゴルフクラブやコースの会員権を物色している最中だった。
その後ソロモンがめでたく落ち着いた先は、ニューヨーク・タイムズ(2006年7月30日付)が過去に「きわめて斬新なガラス張りで」「ベルリンの現代美術館のような」クラブハウスを擁すると評した、サンフランシスコ近郊のゴルフクラブ「ブリッジ(The Bridge)」だった。
ちなみに、カントレーは最近、スポークスパーソンを務めるマーカスのブランドロゴではなく、ゴールドマン・サックスのロゴ入りキャップを付けてプレーしている。
また、ゴールドマンは6月、F1チームのマクラーレン・レーシングとオフィシャルパートナー契約を結んだ。マクラーレンが掲げる温室効果ガス排出量実質ゼロという「大胆な長期目標の達成」(ザク・ブラウンCEO)を支援するのが目的と位置づけられた。
しかし、Insiderの取材に応じた匿名関係者は、化石燃料関連の投融資に厳しい視線が向けられるこの時代に、ガソリンあってこそ成り立つ自動車レース産業を支援することの見識を疑わざるを得ないと批判する。
いずれにしても、ここまで挙げてきたようなブランディングあるいはマーケティング強化の取り組みは、経営トップには株価回復にこそ専念してほしいと考える経営幹部や従業員たちを強くいら立たせる結果となっている。
また、ゴルフやFIレースのようなスポーツ競技関連のスポンサー活動はソロモンが新たな収益源の創出に向けて強力に後押ししてきた一般消費者向けサービス(のプロモーション)に関連するものが多いが、累計50億ドル超に及ぶ巨額投資を続けてきたにもかかわらず、一向に利益が上がらないことも社内の不満や懸念の種になっている。
Insiderの取材に応じたある関係者は、歯に衣着せずこうぶちまけた。
「DJ活動やらマクラーレンのスポンサーやら、ソロモン体制の取り組みはどれもこれも見かけ倒し。それで会社の業績が伸びているなら問題ないけれども、資産は全然増えていないし、株価も低迷が続いているじゃないですか」
(編集:川村力)