2022年のDreamforceの基調講演でSlackの新機能を発表するSlackのCPOであるTamar Yehoshua氏。
撮影:小林優多郎
Salesforceが9月20日〜22日(現地時間)に開催した年次イベント「Dreamforce」で、2021年に同社に買収されたSlackが2つの新機能を発表した。
1つは2023年に一般公開予定のドキュメンテーション機能「Slack Canvas」。もう1つは既に予告していた「Slackハドル」のビデオ会議対応の正式リリースだ。
SlackのCPO(最高製品責任者)であるTamar Yehoshua(タマル・イェホシュア)氏への単独インタビューと、Dreamforceの各セッションや展示内容から、新機能2つの詳細とSalesforceの戦略について解説しよう。
Notionなど既存ツールの代替ではない「Slack Canvas」
2023年に登場予定の「Slack Canvas」。
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まずは、Slack Canvasの特徴をおさらいしよう。
Slack CanvasはSlack内で使える情報集約ツールで、テキストや画像、動画などを1つのドキュメントとしてまとめられる。
Slack内での共有や共同編集にも対応。チャンネルやユーザー単位で共有し、任意の場所にスレッド形式でコメントすることも可能だ。
これは、Slackユーザーの共通の悩みとも言える「チャットの内容が流れてしまう」問題を解決する。
Slack Canvasは共同編集できるWikiのような機能を備えている。
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これは、ディスカッションが白熱したり、そもそも参加者が多い時に「あの時話したアレってなんだっけ…?」となったり、後から参加した人がログを追うのが大変だったり、というビジネスチャットならではの現象だ。
そのため、多くのユーザーはGoogleドキュメントやマイクロソフトのOneNote、Notion、社内Wikiなど、外部のドキュメンテーションサービスを活用して、情報集約している。
主要な外部サービスも既にSlackと連携するためのインテグレーション(統合化)機能を提供しているものが多いが、Slack Canvasの利点はSlackから離れずに済む、という点がまず大きい。
Canvasは特定のチャンネルに紐付けておくこともできる。
撮影:小林優多郎
Slack Canvasは単一の投稿に付与することも、チャンネルに関連づけることもできる。Slackの検索機能で投稿だけでなく、Canvasの内容も横断して検索できる点も便利なところだ。
Slack Canvasは、Slackのトップにある検索窓から、投稿やファイルなどを横断して検索できる。
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Canvas専用のメニューが左のメニュバーに追加される予定。
撮影:小林優多郎
外部のドキュメンテーションサービスとCanvasとの違いについて、イェホシュア氏はSlack本体同様の連携機能を挙げる。
Slack Canvasではチームメンバーのコンタクト情報やワークフロー、また連携していればSalesforceの各クラウドサービスで得られた常に最新の情報(Tableauで分析したグラフなど)を埋め込める。
Tableauのグラフを埋め込んでいるところ。画像で埋め込んでいるわけではなく、常に最新の情報を参照する。
撮影:小林優多郎
例えば、入社直後の社員向けに社内情報をまとめる、といったユースケースがわかりやすい。
社内の規則やオフィスの利用方法などをテキストや画像などでまとめ、さらに社用の携帯電話の利用手続きなどは定型(ワークフロー)化しておき、数クリックで申請できるように整備できる。
ワークフローを埋め込むことで、Canvasを見た人がその場で所定のワークフローを開始できる。
撮影:小林優多郎
この「ワークフロー」の機能は、現在も「ワークフロービルダー」によって、さまざまな手続きをノーコードで作成できるようになっている。
また、外部アプリのデータの参照や、今後は簡易的なコーディング機能のサポートや、一定のアクションやデータの組み合わせのテンプレート化をサポートする予定だ。
イェホシュア氏はそれらの機能(New Slack Platform)とCanvasを組み合わせれば、「どんなサードパーティ(のサービス)とも統合できる」と語る。
「どんなタイプの文書管理システムであっても、シームレスにできるのです。ですから、(ユーザーは)使いたいものを選べばいいのです。私たちは(既存の)文書管理システムに取って代わろうとしているわけではありません」(イェホシュア氏)
SalesforceのSlack買収のきっかけに
DreamforceのSlack Keynoteに登壇したSlack共同創業者のStewart Butterfield(スチュワート・バターフィールド)CEO。
撮影:小林優多郎
「Slackに情報をまとめておく場所がSlackの中にない」というこの既存の問題は、Slack内でも長年検討を重ねてきた問題だったようだ。
Slackは2014年9月に文章共同編集ツールの「Spaces」を買収している。しかし、イェホシュア氏は「入社前の出来事」としながらも、「(Spacesの統合は)うまくいかなかった」とする。
そして時は流れ、パンデミック直後の2020年3月、Slack共同創業者のStewart Butterfield(スチュワート・バターフィールド)CEOは、SalesforceのBret Taylor(ブレット・テイラー)共同CEOに、Salesforce傘下のドキュメンテーションツール「Quip(クイップ)」の買収を提案する。
SalesforceのBret Taylor(ブレット・テイラー)共同CEO。Canvasの元となったQuipの創業者でもある。
撮影:小林優多郎
しかし、同年8月はテイラー氏はバターフィールド氏に対して、逆にSalesforceによるSlack買収を提案。その後、同年12月に買収計画を発表、2021年7月に買収を完了している。
そして今回、そのQuipの技術とエンジニアがSlackに合流し、生まれたのがSlack Canvasとなる。
ちなみに、Quip自体も2016年にSalesforceが買収したものであり、先述のテイラー氏が設立したサービスだ。
ハドルのビデオ対応は「選択肢」の提供
ビデオ会議をサポートしたSlack ハドル。画面の共有やその画面に書き込みをすることもできる。
撮影:小林優多郎
デモを見てCanvasとさらに相性が良いと個人的に感じた機能が、今回のDreamforceで一般公開された「Slack ハドル」のビデオ通話対応だ。
これに関しては2022年6月に予告された機能で、従来はチャンネルやユーザーごとの「おしゃべり」、つまり音声と画面共有だけに絞ったコミュニケーションツールだった。
筆者が「相性がいい」と感じた理由は、例えば、先述の新入社員向けにチームやオフィスの仕組みを遠隔で説明したい時、顔を合わせて認識を擦り合わせる、そんなコミュニケーションの密度が可能になると思ったからだ。
Canvasを開きながらハドルをしている様子。
撮影:小林優多郎
実際、予告されているSlack Canvasの画面には右上に大きくハドルの開始ボタンがあり、デモも披露された(一般公開時のUIや機能は今後変更される可能性もある)。
一方で、ハドルはその音声に絞った機能が好評を得ているところもある。特に日本の場合、その国民性もあってか、ハドルの利用時間は世界平均の2倍となる「平均20分」を記録しているという。
SlackのCPO(最高製品責任者)であるTamar Yehoshua(タマル・イェホシュア)氏。
撮影:小林優多郎
あくまで個人の観測範囲だが、筆者自身やSlackを使っている知人の声を聞いていると「ビデオが使えない=音声ファーストな体験」がハドルの長所とも思える。
これに対し、イェホシュア氏は「多くの人が多くのビデオ通話に疲れている」と認めつつも、「多くのユーザーがビデオ機能を希望した」と背景を話し、また自身の体験も語った。
「私が(パンデミックで)1対1の対話をすべてハドルに移行したとき、私に『あなたの顔が見たいから、ハドルは使いたくない』と報告してきた人がいました。
これ(ビデオが有効か否か)は個人的な好みであり、私たちは、ユーザーがどのように働きたいかに関わらず、製品が機能するようにしたいと考えています」(イェホシュア氏)
Slack史上初の“値上げ”は「非常にスムーズ」
SlackのSalesforceの連携は今後も強化されていく。
撮影:小林優多郎
Slackは今後もCanvasの一般公開や、Salesforceとのさらに緊密な連携など、Slackが「デジタル本社(Digital HQ、デジタル上で本社機能が利用できること)」を目指す機能開発を進めていく。
一方で、そうした機能追加による価値向上を理由に、9月1日からは中小企業向けの「プロプラン」を月額1050円/年額1万1100円に、同社史上初めて値上げを実施した。
また、無料プランに関しても、データ保持期間を「最新メッセージ1万件/ストレージ容量5GB」から「最大90日間(ストレージ容量は無制限)」に9月1日から変更している。
まだ変更から時間はさほど経っていないが、イェホシュア氏は「(新プランへの移行は)非常にスムーズに進んでいる」としている(年間契約のユーザーは次の更新タイミングまで値段は据え置き)。
一方で、フリープランに関しても、「私たちは、(無料で利用するコミュニティーが)がうまく機能するように、多くの注意を払った」と説明。
既存のプランだと「大きなコミュニティーがあると、すぐに上限に達してしまう」という「大きな課題」(いずれもイェホシュア氏)があったと指摘していた。
(文、撮影・小林優多郎、取材協力・Salesforce)