Reuters
中国の通信機器大手ファーウェイ(華為技術)が9月19~21日、ICT業界向けにビジョンや取り組みを紹介する年次イベント「HUAWEI CONNECT 2022」をタイ・バンコクで開催した。同イベントは2019年までファーウェイが本社を置く中国・深セン市で開かれていたが、コロナ禍のため2020、2021年はオンライン開催。そして今年はタイ、ドバイ、フランスの3カ国で開催されることになった。
2019年にアメリカから制裁を受けた同社は、日本市場で通信基地局市場から排除され、スマートフォンも販売できなくなった。一方、バンコクのイベントにはASEANの国々の閣僚が駆けつけ、ファーウェイとの連携に期待や感謝を表明した。世界経済がアメリカ陣営と中国陣営の2つに分かれる未来が現実的に感じられる光景だった。
タイ、ドバイ、フランスを選んだ理由
中国はゼロコロナ政策で入国者にホテルでの10日間の隔離を義務付けていることから、胡厚崑(ケン・フー)輪番会長ら本社の幹部はオンラインで参加した。
ファーウェイ提供
印象深いイベントだった。理由はいくつもある。
HUAWEI CONNECTはビジネスリーダー、研究者、技術者、メディアなど1万人以上が参加する一大イベントだ。安全保障上のリスクがあるとして西側から「排除」の動きが強まった2019年以降は、ファーウェイが「透明性」「人類社会への貢献」をアピールする舞台にもなっている。
2020年と2021年はオンラインで開催された。2022年の世界経済は正常化に向かっているが、中国だけはゼロコロナにこだわり、大規模イベントを開くことが困難なため、ファーウェイはタイ、ドバイ、フランスで順次開催することにした。タイは入国規制が比較的緩く、ファーウェイとのビジネスの結びつきが強い。ドバイ、フランスも同様の事情があるのだろう。
ファーウェイのイベントにもかかわらず、胡厚崑(ケン・フー)輪番会長ら本社の幹部は、出入国が難しいために深センからオンラインで参加した。
筆者はグローバル規模のプレスツアーに何度か参加したことがあるが、一緒になるのは欧米・韓国などいわゆる先進国、あるいは中国、ロシアの大国のメディアが中心だった。しかし今回はカンボジア、ネパール、バングラデシュなど途上国のメディアの記者が多かった。故に、アメリカの同盟国である日本から見るファーウェイと、東南アジアから見えるファーウェイの姿の違いがよく分かった。
また、筆者を含めてタイ以外からの参加者のほとんどは、コロナ後初の海外渡航だった。「日本企業のDXが進んでいないことがコロナ禍で浮き彫りになった」とよく言われるが、他国のDXがどのくらい進展しているのか確認することはできなかった。数日のイベントでコロナ禍の2年半の空白を埋められるはずもないが、発展途上国と呼ばれる国々が先進国との差を一気に詰めるために「デジタル革命」を利用しようと意気込んでいることがひしひしと伝わってきた。
DXで先進国の仲間入りを果たしたい
フィリピンのデビッド・アルミロル情報通信技術省電子政府次官は今年6月にテクノロジー企業のCEOから転身した。
撮影:浦上早苗
バングラデシュのムハンマド・アブドゥル・マンナン計画大臣は、「これだけ大勢の前で講演をするのは初めてです」と語りかけ、大きな拍手を浴びた。
自国を「遅れている、収入の低い、最も発展していない国の一つ」で、「長い間、戦争で疲弊した国土の回復に追われてきたが、ようやく人口の98%が電気を利用できるまでになった」と紹介したムハンマド氏は、政府の会議をリモートで実施したり5Gの導入を計画するなど国を挙げてDXの振興に取り組んでいると語り、「信頼できるパートナー」であるファーウェイに謝意と期待を述べた。
バングラデシュの最大の課題は貧困からの脱出で、海外からの投資を受けながら、道路や橋、トンネル、原子力発電所、電気といった基本的なインフラを整備している。同氏はさらに「我々はDXによってテクノロジーや教育などで他国に追いつき、先進国の仲間入りをしたい」とも述べた。
基本インフラの整備は国民の生活水準を上げる必要条件だが、道路や橋を国に張り巡らすには長い時間がかかるし、それで先進国になれるわけでもない。中国もかつては「遅れた国」で今も深刻な格差を抱えているが、デジタル時代の波に乗ってアメリカのGAFAと肩を並べる企業が出てきている。バングラデシュにとってDXは自国の成長を早送りする鍵であり、ファーウェイはデジタル革命を先導してくれるお手本に見えるのかもしれない。
フィリピンのデビッド・アルミロル情報通信技術省電子政府次官は、「私は政治家ではなく技術者です」と強調した。「政府のスピードは遅い」「政府には部門の壁があるがファーウェイと協業して乗り越えたい」との発言が気になり、アルミロル氏の経歴を調べたところ、彼はフィリピンで大成功した起業家で、今年6月にIT企業のCEOからE政府を主導する現職に転じた。日本でいうデジタル庁のようなものだろう。
アルミロル氏によるとフィリピンは7000の島から構成され、DX実現のためには接続が大きな課題になっている。また、成人の40%が銀行口座を持っておらず、デジタル銀行・口座を構築しようとしているが、そこにも接続の問題が立ちはだかっている。だからこそ、優れた通信技術を持つファーウェイとの協業に大きな期待をかけている。
フィリピンはイーロン・マスク氏が創業した航空宇宙企業「スペースX」とも衛生通信サービス「スターリンク」の契約を交わし、2022年末までに地理的に孤立した地域に居住する人が無料で高速インターネットを利用できる事業を始める計画も立てている。
アメリカ中心の経済との距離感
観光大国のバンコクはコロナ禍で大きな打撃を受けたが、徐々に経済が回復している。
撮影:浦上早苗
各国の閣僚の話からは、DXを推進する上でのそれぞれの課題がうかがえた。ファーウェイがまとめた「デジタル・ファースト・エコノミーの進展度指数」によると、日本はアメリカやオーストラリアには劣るものの、カナダ、中国、韓国より先行し、かなり上位に位置していた。国土の隅々にまで高速インターネットが敷かれている環境はグローバルでみると相当恵まれているという。
にもかかわらず、日本がコロナ禍をきっかけとしたDXの局面で「危機感」「焦燥感」を強く感じているのに対し、ASEANの国々が「チャンス」と捉えているのは、それが世界経済の勢力図を塗り替える可能性があるからだろう。
イベントに登壇したタイの副首相は「豊かになりたいなら道路を造れということわざがある」「コロナ禍は世界のデジタル化を7年、アジアでは10年前倒しで進めた」と語った。
バングラデシュのムハンマド氏は、「バングラデシュは経済が遅れており、物理的なインフラとして数百の橋、道路を建設しています」とも述べた。
日本は発展途上国のインフラ建設や医療支援を長年にわたって続けてきた。2021年の政府開発援助(ODA)の金額は前年比19.3%増の162億ドル(約2兆3200億円)で、統計の公表を始めた1960年以降で最高だった。外務省のサイトでバングラデシュは「経済協力関係を中心に友好関係が発展。極めて親日的な国民性」と説明されている。
とすると、通信ネットワークは21世紀の「道路」「橋」なのだろう。ネットワークが整備されれば学校やATMを建設することなく、辺境地域に住む人が教育や金融にアクセスできるようになる。中国で固定電話やデパートが広がる前に携帯電話、ECが普及して人々の生活を変えたように、デジタルの進展は国民をより速く豊かにできる可能性がある。
アメリカ政府はファーウェイが中国の通信機器メーカーであることから安全保障上のリスクを強調し、国際社会に連携を求めている。日本では着実にファーウェイ排除が進み、「危険な企業」のイメージも定着した。
だが、経済成長のステージが違うASEANの国々は、ファーウェイを「インフラ建設を支援してくれる企業」と見ている。バングラデシュのムハンマド氏が「アジアのトランスフォーメーションに我が国もぜひ参加したい。オリエンタルな世界が立ち上がるその日を待ちわびています」と述べたように、アメリカ中心の国際社会に変革をもたらしたいという思いも伝わってきた。
ランチを共にした若いタイ人記者に「タイって以前は親日でしたよね。でも久しぶりに来たら空港も飲食店もホテルも中国語の案内ばかりで、かなり親中になっていると感じました。国民は中国と日本、どちらにより親近感を感じているのでしょうか」と聞くと、「同じくらいです」と返ってきた。
10年後はどうなっているのだろうか。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。