日本の「EV普及の遅れ」は批判されるべきか…欧州のエネルギー危機が示す現実的な視点

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トヨタが2021年末に一挙16台ものバッテリーEVを発表したことは大きな注目を集めた。ただし、環境NGOのカウント方法では、いまだ「気候変動対策で日本メーカーは下位」とランク付けされている。トヨタは世界の大手メーカー10社のなかで最下位とされた。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

世界的な環境NGOであるグリーンピースが9月8日に発表した報告書で、日系自動車メーカーを気候変動対策で下位にランク付けしたことが話題となった。

もっとも、こうしたランキングには、必ず主観的な評価が入るものだ。このグリーンピースの報告書は、電気自動車(EV)普及への取り組みを手厚く評価するものだった。

ヨーロッパ自動車工業会(ACEA)によると、EUの2022年上期の新車登録台数(乗用車)のうち、EVが占めるシェアは9.9%と2021年通年の9.1%から上昇した(図)。一方で日本自動車工業会によると、日本の2022年上期の新車登録台数(同)のうちEVが占めた割合は1.3%。グリーンピースが低いスコアをつけるわけである。

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出典:ACEA及び日本自動車工業会のデータをもとに筆者作成

EVに準じた扱いのプラグインハイブリッド(PHV)に関しても、ヨーロッパでは2022年上期の新車登録台数に占めるシェアが8.7%の一方、日本では1.7%にとどまった。

しかしハイブリッド(HV)に関しては、欧州が22.8%だった一方で、日本は47.1%だった。HVもまた気候変動対策に適う車種であるため、肯定的に評価されるべきだろう。

それにヨーロッパでは、温室効果ガスの排出が多いディーゼルが依然として多く売られており、2022年上期の登録台数に占めるシェアも17.4%だった。しかし日本の場合、ディーゼルはわずか5.6%にとどまっている。気候変動対策の観点からはディーゼルの利用を控えるべきであり、日本の低いディーゼル比率は称えられてもよいのではないか。

日本でEVの普及が遅れている理由はさまざまだろう。国内の充電ポイントの拡充が遅れていることは、特に見過ごせない理由ではないか。

しかしHVやガソリン車にも技術革新の可能性はあるし、主力輸出先である米中の二大自動車市場がそうした道(EV一辺倒ではなく、ハイブリッドも許容する道)を残している。これも、「EVだけに偏らない日系自動車メーカー」の戦略につながっていると考えられる。

ヨーロッパでも一枚岩ではない「EV義務化」

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独フォルクスワーゲンの新型EVミニバン「ID. Buzz」。乗用車のほか、商用車も用意され、EV化に向けた本格的な姿勢が垣間見える。

REUTERS/Fabian Bimmer

もう1つ重要な点がある。それは、たしかにヨーロッパではEVの普及が進んでいるが、これはあくまで官主導の流れであり、当の自動車業界は必ずしも賛成していないということだ。

ヨーロッパ連合(EU)の立法機関であるヨーロッパ議会が6月8日、2035年までに全ての乗用車とバンの新車をゼロエミッション車に限定するという提案を支持した際も、自動車業界から懸念の声が相次いだ。

この提案は、2021年7月にEUの執行機関であるヨーロッパ委員会が作成したものだ。しかしACEAや欧州自動車部品工業会(CLEPA)は、その目標が性急過ぎることや、EV以外での技術革新が阻まれること、海外市場での競争力が低下すること、また旧型自動車の生産ラインから雇用が奪われることに対して、たびたび懸念を表明してきた。

ヨーロッパ議会の最大会派である中道右派のEPP(欧州人民党グループ)もこうした声に配慮し、2035年のゼロエミッション車供給目標を90%に引き下げるとともに、100%の達成に明確な期限を定めない現実的な対案を議会に提出した。しかし環境会派である欧州緑グループ・欧州自由連盟らを中心とする反対に遭い、否決されてしまった。

EUは域内に所得格差を抱えており、車両単価が高いEVやFCV(燃料電池車)に新車供給が限定された場合、所得が低い南欧や東欧の諸国がその変化に対応できるか定かではない。

充電ポイントの建設に関しても、各国の財力にバラツキがあるため、一様には進まない。そうした点について、EUは回答を示さないまま、EV化を進めている。

エネルギー危機という新たなハードル

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米自動車メーカーのテスラが着々とEVメーカーとしての地位を固めるなかで、欧州メーカーも対抗策を進める。ただ、エネルギー危機は、現実的にEV普及のブレーキになる可能性は高い。

Patrick Pleul/Pool via REUTERS

さらにヨーロッパのEV化は、ここにきてエネルギー危機という新たなハードルを迎えている。

再生可能エネルギーが天候不良で不調になっていることに加えて、ロシアからの天然ガスの供給が削減されたことで、ヨーロッパのエネルギー、特に電力の価格は今年に入って跳ね上がっている。これはEVの普及にとって、強い向かい風だ。

当然だが、EVにとって電気代が安いに越したことはない。しかし今、ヨーロッパの電力価格の高騰は歴史的なレベルだ。ヨーロッパ委員会のフォン・デア・ライエン委員長は9月14日に議会で施政方針演説を行い、エネルギー対策を発表したが、エネルギー不足の改善につながるものではない。

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9月14日、施政方針演説を行うヨーロッパ委員会のフォン・デア・ライエン委員長。

REUTERS/Yves Herman

8月末から、ロシアとドイツを結ぶガスパイプライン、ノルドストリームの稼働は停止しており、再開の見込みも立たない。ヨーロッパでは今冬の天然ガスの枯渇が現実味を帯びている。

頼みの綱であったフランスの原発も、施設の老朽化や水不足などで不調が続く。2022年の冬が厳冬であればヨーロッパの多くの国で計画停電が行われることになる。

他方で、ロシアのウクライナ進行で急騰したドル建ての国際原油価格は、すでに進行前の水準まで下落している。この間にドル高が進んだため、各国のガソリン高がすぐに落ち着くわけではない。ただ、高値が続くエネルギーの中では、安定が見込まれる数少ない燃料がガソリンだという現実もある。

こうした状況に鑑みれば、短期的にはEVより、ガソリンが使えるHV(ハイブリッド)のほうが利があるとの見方もありうる。

EV普及に一度ブレーキがかかる見通し

さらにヨーロッパではEVに対する補助金も削減の方向にある。

ドイツ政府はEV購入に際して適用される補助金を2023年以降減額し、予算が枯渇した段階で打ち切る方針だ。この決定には連立政権の一角をなすタカ派の自由民主党(FDP)の意向が強く反映されている。確かに現在のヨーロッパの経済環境を考えた場合、妥当な判断だろう。

繰り返しとなるが、ヨーロッパは今、エネルギー高を主因とする高インフレに苦しんでいる。こうした状況の下でEVの購入支援策という需要喚起策を続けることは、インフレ安定化の観点からはご法度だ。購入支援策の後退はEVの普及に対して逆風となるが、生活の安定を脅かすインフレを退治することのほうが、本来なら優先されるべきだ。

車載用バッテリーのギガファクトリーが相次いで設立されるなど、これまでは順調に進んできたヨーロッパのEV普及。しかし、エネルギー高、特に電力高と、それに伴う物価高という逆風にさらされ、その動きにはいったんブレーキがかかるのではないか。

一連の状況に鑑みれば、HVの道を残している日米中のほうが、脱炭素化についても、実は現実的な路線を歩んでいると評価できると筆者は考える。

(文・土田陽介


土田陽介:2005年一橋大経卒、06年同修士課程修了。エコノミストとして欧州を中心にロシア、トルコ、新興国のマクロ経済、経済政策、政治情勢などについて調査・研究を行う。主要経済誌への寄稿(含むオンライン)、近著に『ドル化とは何か‐日本で米ドルが使われる日』(ちくま新書)。

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