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シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今日も読者の方からいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
私は学生時代、オーストラリアに半年ほど語学留学はしたものの、ある大手人材紹介会社に新卒入社して以来、英語を使う機会は全くありませんでした。
ただ、日本の一人当たりGDPの凋落や、円安などが続いている現状を鑑みると、30代のうちに外資に転職して英語を使って働いたり、いっそ海外で働いたりする経験も必要なのかもしれないと考えています。佐藤さんはどう考えられますか?
また、そんな折にネットで、「機械翻訳できるから英語の読解力はもはや必要ない。逆に、英語で調べられる力と、英語で情報が流通する場にいられるかどうかで差が開く」という指摘を見て、気になっています。勉強の際には読み書きは捨てて、リスニングとスピーキングに特化すればいいのでしょうか?
(ジョーンズ、30代前半、会社員、男性)
※お便りが長文でしたので、記事では編集部にて要約させていただいております
凋落する日本、外資に転職すべきか?
佐藤さん:ジョーンズさんのお悩みには、いくつかの論点が混ざっているので、整理してみましょう。まずは転職の必要性についてです。
シマオ:ジョーンズさんが言うように、まさに日本はいま凋落傾向にありますよね。円安にインフレで給与が上がりにくいと言われますし、ハワイ旅行に家族4人で250万円かかるなんてニュースもありました。
佐藤さん:その傾向は今後も続くと思います。日本は成熟社会であり、ゆっくりと衰退していっています。
シマオ:やっぱりこれからは英語を使って海外で働けるようにしておくのがよいのでしょうか?
佐藤さん:ローカルで働くかグローバルで働くかは、どちらが上か下かということはありません。必要とされる能力の傾向に違いがあるだけです。外資の方が相対的に給与は高いことが多いですが、その分競争が激しく、実績を出せないと分かればすぐに退職を促されます。
シマオ:厳しいですね……。
佐藤さん:無理に外資系に転職して失敗すれば、元の給与水準を取り戻すことは困難ですから、自分がリスクをとっても生活レベルを上げたいのかどうか、よく考えてみるべきです。国内で生活している限りは一定の生活レベルはキープできるので、そこまで焦る必要はありません。生涯給与や生活スタイルを考えて、どちらが自分に合っているかを考えればいいと思いますよ。
シマオ:もしリスクをとってでも、将来的なリターンのために海外で働きたい場合はどうでしょうか?
佐藤さん:その場合はむしろ、外資の日本支社で一度働いてみるのがいいでしょう。語学に自信もなく、現地のビジネスに通じている訳でもないのなら、明らかに不利なのは間違いありません。まずは日本をベースに海外出張を繰り返し、語学や現地ビジネスへの見聞を深めてからチャレンジするべきです。
シマオ:ワンクッション挟むということですね。
佐藤さん:そうです。
高度な英語の勉強はもともと必要ない
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シマオ:英語の勉強についてはどうでしょうか。確かに、機械翻訳は読み書き共にかなり精度が上がってきていると聞いたことがあります。
佐藤さん:挙げられているネット上の指摘ですが、私は違うと思います。
シマオ:やはり英語の勉強は必要だということですか?
佐藤さん:というよりも、ここには二つの論点があります。一つは、そもそも英語を勉強する必要があるのかどうか。そしてもう一つは、もし必要なのだとしたら、英語を学ぶ上でどの技能を重視すべきかということです。
シマオ:一つ目の勉強の必要性については、スマホでリアルタイム通訳が使えるようになれば楽なんだけどなぁ……。
佐藤さん:いや、そもそも機械翻訳ができる前から、多くの人にとって一定程度以上の英語を勉強する必要なんてないんですよ。
シマオ:えっ、どうしてですか!?
佐藤さん:アラビア語圏で仕事をするのでもない限り、アラビア語を習得する必要はありませんよね。それと同じで、英語圏をはじめとするグローバルな仕事をするのでもない限り、英語を身に付けなければいけない理由はないんです。
シマオ:でも、世界の最新情報は英語じゃないと得られないとか言いませんか?
佐藤さん:ほとんどの情報はメディアが日本語に訳してくれています。それ以上の最新情報を得ないといけない仕事というのはほんの一握りですよ。
シマオ:ちょっと安心しました。
佐藤さん:確かに、今はDeepLなどの機械翻訳サービスを使えば、英検準1級レベルの高度な英語をほぼ意味の通る日本語に変換してくれます。逆に言えば、英語を使って仕事をするには、それ以上の英語力を身に付けなければ意味がないということです。
シマオ:なるほど。より高度な英語力じゃないと実用的じゃないと。ここで二つ目の論点である、だとしたらどの技能を重視すべきかという話になってくる訳ですね。
何よりもまず「読む力」
佐藤さん:ネット上のこの指摘に違和感を覚えるのは、まさにその点です。英語を読むことは機械翻訳に任せるのに、英語で調べる力は必要だと言う。ちょっと考えてみれば分かりますが、そんなことは不可能です。
シマオ:英語が読めないのに、英語で調べる……。確かにそうですね。
佐藤さん:語学には、読む力・聞く力・書く力・話す力の4技能が求められます。その中で、外国語能力の天井を決めるのは、読む力なんです。読む力を超えては、話すことも聞くことも書くこともできません。
シマオ:つまり、この指摘自体が矛盾している訳ですね。
佐藤さん:そうです。こうしたネット上のいい加減な言説に惑わされてはいけません。例えば、シマオ君は数学の専門書を読んで、分からないことを自分で調べて解決することができますか?
シマオ:いやいや、無理ですよ。そもそも何が分からないのかすら分かりませんから……。
佐藤さん:それは高度な数式を読む力が欠けているからです。その状態で分からないことを調べたり、有益な情報を見分けたりすることなどできないのです。
シマオ:英語でも同じことだと。
佐藤さん:その通りです。本当に英語力を身に付けたければ、文法や語彙など基礎的なことを叩き込み、読解力を上げることが必要です。
シマオ:なるほど……。ちなみに、高度な英語力を身に付ける上ではどんな方法がおすすめですか?
佐藤さん:まず前提として、語学を身に付けるには相応の時間と集中が必要です。どんな勉強でもそうですが、学習効果を上げるコツは、「合理的計画×学習時間×集中力」で決まります。中でも語学は集中力が非常に求められる分野なんです。
シマオ:英語漬けにならないといけないということでしょうか。
佐藤さん:はい。その意味で「いつか使うかもしれない」と思って学ぶ語学には、あまり意味がないと言えます。むしろ、身に付かない語学に費やす時間は無駄だと言ってもいい。
シマオ:時間の無駄……。
佐藤さん:つまり、語学は必要に迫られてから勉強するに限るということです。その上で必要になったら、まず「読む」こと、そして「聞く」ことの勉強から始めてください。「書く」「話す」学習については、必ずネイティブチェックが必要になります。
シマオ:やっぱり留学とかが必要なんですか?
佐藤さん:高度な英語を身に付けるためには、3〜4カ月間、英語だけの空間に投げ込まれることが必要です。今はコロナで厳しいですが、以前はフィリピンのセブ島へ3カ月間留学し、朝6時から夜8時まで英語の授業があるようなプログラムがありました。
シマオ:それはキツそう……。まさに英語漬けですね。でも、それくらいしないといけないということか。
佐藤さん:はい。最近は、オンライン留学もありますが、できれば一度はリアルな空間に身を置くことをおすすめします。
国内ビジネスパーソンは中学3年レベルの英語で十分
シマオ:ちなみに、ドメスティックな業界にいる人は英語の勉強をどうすればよいでしょうか? 僕も昇進の際に必要なのでTOEICの勉強はしていますが、別に将来英語を使う機会はなさそうですし、あまり身が入らないんですよね。
佐藤さん:繰り返しになりますが、まず自分がローカルで働くのか、それともグローバルで仕事をするのかを見定めることです。
シマオ:僕はローカルかなぁ。その場合、英語は勉強しなくていいんですか?
佐藤さん:ドメスティックな企業に勤める場合でも、外国からお客さんが来た時のために、自分の会社について説明したり、地元の観光案内をしたりできるくらいの英語力は身に付けておくとよいでしょう。やはり信頼関係を結ぶ上でダイレクトに話ができることは効果的です。その上で、仕事に関しては通訳を入れればいいのです。
シマオ:となると、やっぱり英語の勉強自体は必要なのかぁ……。
佐藤さん:ただ、それくらいなら必要な英語力は中学3年生レベルで十分です。単語数にして1500語くらい。そのレベルの英語で読む・書く・話す・聞くがしっかりとできることを目指してください。
シマオ:それくらいのレベルまでで、おすすめの勉強法を教えてください!
佐藤さん:かなり古い本ですが『英語4週間』という本があります。これは昭和5年(1930年)に出た本で、戦前の小学校を出た人向けの入門書です。英語を全く勉強してこなかった人には、今でも役に立つはずです。
シマオ:せ、戦前の参考書ですか!? もうちょっと最近のものはないんでしょうか……。
佐藤さん:現代の参考書なら、『ニューエクスプレスプラス イギリス英語』がおすすめです。現代のアメリカ英語は多様な要素が混ざっていますので、イギリス英語の基礎がコンパクトにまとまっている本の方が、全体をおさらいするのにちょうどよいと思います。それから、英語学習で一番いいのは、ディクテーションをすることです。
シマオ:「英語を聞いて書き取る」ってやつですよね。
佐藤さん:はい。少し大変ですが、『究極の英語ディクテーション』という2巻本をこなせば、聞き取る力だけでなく文法や書く力も格段にアップするはずです。
シマオ:なるほど、試してみます! ジョーンズさん、ご参考になりましたでしょうか?
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。