悪質な出品者に個人情報を盗まれ、身に覚えのない返品に悩まされる人が続出している。
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アンドリューは、アマゾンのEC(電子商取引)サイトで高級自動車用品の販売事業を営んでいる。外部の販売業者が出品するプラットフォーム「Amazonマーケットプレイス」では、世界中の個人や法人が商品を販売しており、アンドリューもそうした数多くの出品者の1人だ。
コロラド州の都市郊外にあるアンドリューの自宅に、最初の返品小包が届いたのは2021年3月のことだった。
最初は気にも留めていなかったが、やがて小包が次々と届くようになり、不信に思ったアンドリューが包みを開けてみると、中にはアマゾンの返品伝票とともに中国製の安い婦人服やスカーフ、下着などが入っていた。
そのうち、そうした返品小包が時に1日20個以上も届くようになった。商品はいずれもアンドリューが出品したものではない。誰かが返品先の住所を間違えているのかもしれない。
そう思ったアンドリューは、アマゾンに電話をかけた。すると、担当者は「間違いではありません」と返答した。別の出品者がアンドリューの自宅住所を返品先として登録していたため、彼の家に大量の小包が送られてきたのだ。
自宅の玄関を埋め尽くす返品の山に途方に暮れたアンドリューは、アマゾンの担当者に何とかしてほしいと頼んだ。しかし、返って来た答えは「私たちには何もできません」という素っ気ないものだった。
「アマゾンへの電話は何の解決にもなりませんでした。マニュアル通りに回答するだけで、親身に対応してくれる気配は微塵も感じられません。まさに悪夢です」
プライバシーを守るためファーストネームだけ明かすことを承諾したアンドリューは、そう言ってため息をついた。
アンドリューによれば、アマゾンの出品者用アカウントはセキュリティがなかなか厳格で、アカウント開設の際にはワンタイムパスワードがわざわざ自宅住所に郵送されてきたくらいだ。
したがって、アカウントがハッキングされたとは考えにくい。理由は分からないが、とにかく悪意のある婦人服販売業者が意図的に彼の住所を返品先として登録したとしか思えない、そうアンドリューは語った。
2021年夏、アンドリューの自宅玄関に置かれた数日分の返品小包。
Andrew [last name withheld]
実は、こうした被害を受けているのは彼だけではない。
アマゾンが出品者の本人確認を徹底していないために、アメリカからカナダまで北米のあらゆる場所で出品者アカウントに偽の住所が登録されている。
Insiderの取材チームが住所を悪用された6人の被害者に話を聞いたところ、怪しい出品者から商品を買っては返品するサイクルを繰り返すアマゾンユーザーが多数存在し、それがアンドリューのような被害者を生み出していることが分かってきた。
中古アカウントを購入して身元確認をすり抜ける
Eコマース専門調査会社マーケットパルス(Market Pulse)の試算によれば、数百万の出品者を抱えるアマゾンのマーケットプレイスは、2021年の流通取引総額(GMV)が3900億ドルに達し、アマゾン全体の流通総額(6100億ドル)の半分以上を占める。
ただし、出品者の大半は個人や中小事業者が占め、その競争は熾烈(しれつ)で儲けが少ない。
アマゾンの出品者向けに商品データベースなどのソフトウェアを提供しているジャングルスカウト(JungleScout)によれば、アマゾンへの出品を始めてからの累積利益が2万5000ドルに満たない出品者が全体の約6割を占める。
出品者の中には、ライバルを蹴落とすために虚偽の不正行為通報を行ったり、アマゾンの従業員に賄賂(わいろ)を渡して競合他社を排除したりといった悪どい手口を使う者もいるという。偽造品や粗悪品を売りつける出品者も後を絶たない。
アマゾンはそうした悪質な出品者のアカウントを停止し、事業者名や住所、IPアドレスをブラックリストに登録している。
しかし、それを回避する方法もある。
メッセージングアプリのテレグラム(Telegram)やデジタルアセット売買プラットフォームのスワップド(Swapd)、ゲームアカウント売買のプレイヤーアップ(PlayerUp)などでは、アマゾンの出品用アカウントが売買されている。
数千のブローカーが公然と販売しており、価格は新しいアカウントほど安く、何年もの履歴がある(信頼性の高い)アカウントほど高い。安いもので数百ドル、高いものは数千ドルの価格が付けられている。
なお、アマゾンの利用規約は、出品者が(書面による事前の同意を得ずに)アカウントを譲渡することを認めていない。
ただし、すべての中古アカウントが詐欺的行為のために売買されているわけではない。例えば、販売業者が事業そのものを売却する際に、出品アカウントの譲渡を伴うケースもある。
とは言え、アマゾンによる本人確認を逃れる目的で中古アカウントを購入する悪質業者が、実際に存在していることは間違いない。
アマゾンは新規の出品アカウント登録者に対して、ビデオ通話による本人確認などを行っているものの、そんな関門も本人確認済みの中古アカウントを購入することで回避できてしまう。
アマゾンでマーケットプレイスの不正調査を担当していた元従業員のマイケル・ジャクベックは「詐欺師たちは本人確認済みのアカウントを何年も前に購入して、アマゾン側のチェックをすり抜けてきたのです」と指摘する。
ブローカーの中には、販売する出品アカウントが本人確認済みであることを保証し、購入後2週間以内にアマゾンからアカウント停止処分を受けた場合には返金に応じるなどの対応をする業者もある。そのくらいアマゾンの監視の目をくぐり抜ける手法に自信があるということだろう。
また、出品アカウントの登録住所を偽装できるような仮想プライベートネットワーク(VPN)を提供する業者もいる。
中古アカウント購入者の中には、元の所有者の名前と住所をそのまま流用する者もいる。また、中古アカウントを複数購入して、一方のアカウントから事業者名、もう一方のアカウントから住所を取り出して組み合わせるなど、継ぎ接ぎにして使用するケースもある。
メッセージングアプリのテレグラム(Telegram)上では、アマゾンの中古アカウントが売買されている。アマゾンによる本人確認済みアカウントであることも公然と記されている。
Insider
アカウント販売サイト「Amaz.markets」を運営するマックスはInsiderの取材に対し、「長期間にわたって利用されているアカウントについては、登録情報の実態に変化がないかアマゾンがあらためて本人確認をすることはないはずです」と語った(マックスはウクライナ在住、身の危険があるとしてファーストネームだけ明かした)。
また、マックスのサイトでアカウントを売ったことがある2人は、「不正利用がばれるとアカウントを停止されるため、そのたび買い直したり、あらかじめまとめて購入したりする人も少なくありません」と生々しい証言を口にした。
マックスは、購入者が自分で買った中古アカウントをどう使おうが、そこに「責任は感じない」と最後に語った。
玩具販売業者が偽造本販売業者にすり替わって…
アマゾンのマーケットプレイスで個人情報を不正利用された被害の実態は実にさまざまだ。
カナダ・バンクーバーの慈善団体幹部は、自分の住所を激安衣料品販売業者の返品先として不正利用された。
また、フロリダ州のあるネイルサロンは、なぜか学術書の販売業者リストにその名前が表示される。
バンクーバー郊外の高級住宅地にある戸建住宅を住所登録している「ユア・トイ・マート(Your Toy Mart)」という出品者は、屋号にあるような玩具(トイ)の販売業者ではなく、人工知能(AI)研究者でグーグルの現役エンジニアでもあるフランソワ・ショレの著作など違法複製した書籍を扱っている。
Insiderがバンクーバーの住所を訪ねると、そこで暮らすシェリー・クオールズは「アマゾンで何かを販売したことは一度もありません、ましてや偽造本なんて」と驚いた様子だった。
誰かが彼女の住所を盗んだのだ。
会計学の教授であるクオールズは、偽造本を買わされるリスクがあるので、学生には教科書をオンラインで購入しないよう常々注意を促しているという。
詳しく取材してみると、かつてユア・トイ・マートを運営していたエリザベス・クオールズ(現在登録住所に暮らす前出のシェリー・クオールズとは無関係)は、マーケットプレイスのアカウント売買を仲介する業者から郵送されてきたダイレクトメールを読み、それに応じて2022年初頭にアカウントを売却していたのだった。
さらに時間をさかのぼると、ユア・トイ・マートの出品アカウントはエリザベスが家事に専念するために事業を停止し、2019年以降は休眠状態になっていた。それ以前は看板通りおもちゃ(組み立てキット)を販売していたことも分かった。
自分が売却したアカウントが悪質な業者に利用されていることを知ったエリザベスは、こう語った。
「アマゾンは社内ルールに従って業務を処理しているだけで、実際に誰がアカウントを利用しているのか、知ろうとは思わないのでしょう。それを考えると、ちょっと怖いですね」
エリザベスが運営していた頃、ユア・トイ・マートは10年にわたって好意的なカスタマーレビューを得ていた。そのため、出品アカウントを売却した時も3000ドルという高値が付いた。
当時、購入者からの依頼で、彼女はアカウントに登録した銀行口座や住所を変更しているが、アマゾンからは特段警告などは受けなかった。
エリザベスはInsiderの取材チームからその事実を知らされるまで、偽造本の販売業者にアカウントを売ったことに気づかなかった。事実を知った彼女は頭を抱えた。実は、彼女のパートナーは作家なのだ。
「私のパートナーは本を3冊も書いています。仮に誰かが彼の本を不正コピーして販売したら、私は絶対に許しません」
バンクーバーに拠点を置く慈善団体の幹部、ケビン・マコートは2017年に住所を不正利用され、何着もの婦人服の返品が自宅に届いた(画像は当時の現物)。
Kevin McCort
ユア・トイ・マートでは現在、主に学術書の偽造本が販売されている。学術書は定価が高いわりには印刷コストがかからないため、偽造品業者にとって魅力的な商品だ。
偽造本に限らず、アマゾンにはさまざまな偽物が出回っており、ナイキ(Nike)やビルケンシュトック(Birkenstock)などの大手ブランドは、偽造の懸念からマーケットプレイスを通じた商品の販売を一部取りやめた。
米国土安全保障省も、アマゾンのようなECサイトで模倣品や海賊版を買わされる危険性があるとして、消費者に警告を発している。
アマゾン広報担当のニコール・パンペはInsiderの取材に対し、ECプラットフォーム上での詐欺行為を積極的に取り締まっていることを強調した。
同社は2021年、「偽造品、詐欺、その他の不正行為から顧客、ブランド、販売パートナー、当社のストアを守ることに注力する」ため、9億ドル以上を投じるとともに1万2000人以上を採用し、「先進的なツールを使って出品者の本人確認を行い、偽造品が出品されないよう徹底して取り組んでいます」という。
そうした徹底した取り組みにもかかわらず、アマゾンには悪質業者がセキュリティチェックを回避して利益を上げている現状を見逃す強力なインセンティブが存在すると、一部の専門家は指摘する。
元サイバー犯罪捜査官で、ネット詐欺師を追跡する会社に勤務した経験もあるブルース・アンダーソンは言う。
「言ってみれば、アマゾンはATM(現金自動預払機)のようなもの。アマゾンもマーケットプレイスの出品者も、カネが滞りなく回り続けることにしか関心がないのです」
社名と自宅住所を不正利用されたインフルエンサー
2022年7月、ファッション系インフルエンサーのサリー・アシュールが経営するジュエリー販売会社「サリー・デ・ラ・ローズ」宛てに教科書の返品が届き始めた。
彼女がSNSで宣伝してくれることを期待して、いろいろな会社から事前連絡もなく商品が送られてくることには慣れていた。しかし、ファッションとは何の関係もない精神医学や経営学の教科書が何十冊も送られてくるに至って、彼女は困惑した。
アシュールはアマゾンの出品者用アカウントを作ったことがなく、自社のウェブサイトで直接ジュエリーを販売していた。ところが、アマゾンに電話してみると、担当者は「あなたの住所と法人名を使用したアカウントで、アマゾンに商品が出品されています」と回答した。
「誰かが盗んだ住所と法人名を何の確認もなく使用させるなんて、正気の沙汰とは思えません」(アシュール)
アマゾンがアカウントの停止を拒否したため、アシュールは米内国歳入庁(日本の国税庁に相当、税金に関連する個人情報窃盗にも対応)にコンタクトを試みたが、それもうまくいかなかった。
結局、彼女はアカウントを不正利用して出品している業者に直接メッセージを送り、「あなたは私の自宅住所を公開し、私とその家族を危険にさらしている」と警告、法的措置を取ると伝えた。
返信こそなかったものの、マーケットプレイスから商品は消えた。返品小包で自宅に届いた大量の教科書は、地元の大学に寄付したという。
アマゾンの広報担当にコメントを求めたが、アシュールのような被害者の存在には直接触れず、「アマゾンのサイト内での不審な行動に関する情報をお持ちの方は、当社にご連絡ください」とだけ回答した。
ファッション系インフルエンサーのサリー・アシュールの住所と彼女の運営する会社名を何者かがマーケットプレイスで悪用した結果、アシュールの自宅に返品として送られてきた教科書。
Sally Ashour
偽造本を販売された著者の訴えを4カ月も無視
本を偽造された著者でさえ、アマゾンに行動を起こさせるのは容易ではない。
前出のユア・トイ・マートを含む複数の悪質な出品者が、自身の著作の偽造本を販売していることに気づいた(AI研究者でグーグルエンジニアの)ショレは、アマゾンにそれらの出品者のアカウントを停止するよう4カ月間にわたって交渉した。
だが、彼の訴えは無視された。
「詐欺業者がひとたび出品を開始してしまったら、アマゾンは購入者からであれ著者からであれ、不正行為の通報には耳を貸しません。
実際、アマゾンは私がいくら訴えても、偽造本の在庫を倉庫に保管し、注文が入ればそれを発送し続けました。そればかりではなく、不正行為に関する批判的なレビューを削除したのです」
怒りが収まらないショレは2022年7月、アマゾンで偽造本が販売されている問題をツイッターに投稿。そのツイートが次々と拡散されていることに気づいたアマゾンは、ユア・トイ・マートなどの悪質な出品者のアカウントをようやく停止したのだった。
しかし、そうした対応は一時的なもので、現在も他の疑わしいアカウントから偽造本の出品が断続的に行われ、それらは放置されたままだという。
「現時点では、アマゾンで販売されている私の著作は、おそらくアマゾンが直接取り扱っている本物だけだと思います。でも、明日もそうであるかどうかは誰にも分かりません」(ショレ)
アマゾンは2020年に100億件の不正出品を特定・削除。広報担当によれば、新規アカウントの本人確認も極めて厳格に実施しており、同年認証された出品者はわずか6%だったという。
「我々は常に権利侵害の可能性を監視しています」
引っ越しを余儀なくされた被害者
悪質な出品者に対するアマゾンの対応は不十分だという批判はいまだに後を絶たない。
アマゾンの出品者向けコンサルタントであるジェイソン・ボイスの表現を借りれば、アマゾンは「居眠り運転中」だそうだ。
「アマゾンが強調するのは、自分たちが偽造品対策にどれだけコストを費やしているか、その一点です。しかし、そのコストは所詮マーケットプレイスからアマゾンが稼ぎ出している利益のほんの、ほんのわずかな一部に過ぎないのです」
AI研究者でグーグルの現役エンジニアでもあるフランソワ・ショレは、不正アカウントを通じて自著の偽造本を販売され、大きな被害をこうむった。左が本物、右が偽造本。
François Chollet
冒頭で紹介した自動車部品販売業者のアンドリューは、結局引っ越しせざるを得なかった。彼の住所を不正利用した婦人服販売業者への返品は、その後も容赦なく自宅に届き続けたからだ。
アンドリューは送られてきた返品小包に「差出人へ返送」のラベルを貼って送り返したが、それだけで他の仕事が何もできなくなるほど時間を取られた。さばき切れない荷物はごみ箱に捨てた。ごみ箱はすぐにいっぱいになり、多い週では14キロにもなった。
それでもアマゾンは、アンドリューを救おうとはしなかった。
彼は何度もアマゾンに電話をかけた。しかし、「何が起こっているのか、誰も理解しようとしてくれませんでした」とアンドリューは言う。
ある担当者が、アンドリューの住所を悪用している出品者のレビューは低く、返品率が異常に高いとの情報を提供してくれたが、それは何の慰めにもならず、返品小包は届き続けた。
アンドリューの自宅に山積みになった婦人服の返品に同情した物流大手ユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)の配送ドライバーが上司に掛け合ってくれたおかげで、同社だけはアンドリュー宛ての婦人服の返品を機械的に差し止めるようになった。
それによって返品はかなり減ったが、USPS(アメリカ郵便公社)が配送する返品のほうは相変わらず止まらなかった。
引っ越しを決めたアンドリューは、アマゾンの出品者用アカウントの住所変更の手続きを行った。そして2022年夏、アンドリューは新居に移った。登録情報を変更するためのワンタイムパスワードは新しい住所に送られてきた。それ以来、婦人服の返品は一度も届いていない。
(翻訳・情報補足:田原寛、編集:川村力)