愛知県にある側島製罐の外観。創業116年の老舗缶メーカーだ。
写真提供:側島製罐
大企業を中心に、日本でも働き方改革をはじめとした「企業改革」が進んでいる。
とは言っても、依然として古い体質の企業もある。そんな中、「1on1」や「ミッション・ビジョン・バリューの策定」など、まるでスタートアップのような取り組みで企業改革を目指している地方の老舗企業がある。
「社内に怒号が飛び交い、挨拶も無視されてしまうような状況でした」
愛知県にある創業116年になる製缶メーカー「側島製罐」の6代目(予定)、石川貴也さん(35)は、2020年に日本政策金融公庫を退職し、家業に戻ってきた当時をこう振り返る。
そんな状況から始まった、石川さんと側島製罐の社員による企業改革。ただ、20年連続で下がり続けていた売り上げは1年で歯止めがかかりそうだ、と貴也さんは言う。
2020年、約4.8億円まで落ち込んだ売り上げは、2021年に20年で初めて上昇に転じた。
「(グラフの上昇率は)小文字の“v”ぐらいですけど、売り上げも回復し、利益もちゃんと確保できました」(貴也さん)
2022年度はここ5年で有数の業績になりそうな見通しがあるという。
直近4年の売り上げ推移。20年連続で下がり続けていた下降は2021年から回復基調にあるという。
データ提供:側島製罐
「早く辞めよう」と若手社員が思っていた会社
愛知県にある社員数35人ほどの製缶メーカーである側島製罐は、1906年、明治時代に創業した老舗企業だ。
前職の日本政策金融公庫では中小企業を支援する仕事をしていた貴也さんだが、現在社長を務める父親の石川浩章さんが体調を崩したことをきっかけに、愛知に戻り会社を継ぐことを決めた。
愛知県の本社にてオンラインで取材を受ける石川貴也さん。
取材中の様子を筆者キャプチャー
だが、入社した貴也さんを待っていたのは、衰退の一途を辿る苦しい経営状況に加え、決して良いとは言えない社内環境だった。
業績悪化で給料が上がらないことへの不満や、「社長が怒鳴っているから(仕方なく)やらなきゃ」と、顔色を伺って仕事をするような悪いトップダウン経営の雰囲気も広がっていた。
側島製罐の営業部社員、古田さん(30代女性)は当時をこう振り返る。
「(社内は)すごい雰囲気悪いなとずっと思っていて。早く辞めた方がいいよ、と言ってくる人もいました。私自身も早く辞めようと思っていました」(古田さん)
社内のコミュニケーションもアナログが中心だった。
社歴30年超えのベテランである配送部門の係長・安井さん(50代男性)は、社内の情報伝達が口頭や手書きのメモが多かったことで、他部署との円滑なコミュニケーションを難しくしていたと、当時を振り返る。
「そのせいで『言った、言わない』などの揉め事は結構あったと思います」(安井さん)
取材に応じる中途入社4年目の営業古田さん(画面左)と、社歴30年超えの安井さん(画面右)。中央は広報社員。
取材中の様子を筆者キャプチャー
「納得いかない人がいたら帰ってください」に反発
入れ違いで退職した社員に代わり人事総務を担うことになった貴也さんは、少しずつ社内改革に向けて行動を始める。
最初の大きな取り組みは、2021年初めの全社会議でこう突きつけることだった。
「このまま目の前の仕事をただやっても、一生変わらない」
「ある日いきなりスーパーマンが来て変えてくれる日なんて来ない」
東京からやってきた若手の、しかも次期社長という立場からの強い言葉に、現場からの反発もあれば、圧迫感を感じる社員もいた。
信頼関係が十分に構築できていない中で進めなければならなかった社内改革。だからこそ貴也さんは、強い言葉で社員を焚きつける一方で、社員一人ひとりに配慮するために対話する時間を持つことを意識していた。
「人も入れ替わるし、会社の理念も決める時だったし、デジタルツールもガンガン入ってくるし。めまぐるしく会社が変化する時期だったので、(社員たちの)心理的な配慮はしたいなと思っていました」(貴也さん)
現在は、30人以上いる従業員に対して定期的に1on1を実施しているという。
「休めるときは休んでほしいな、と思うくらい貴也さんは忙しいんですけど、そういう中でも一人ひとりに時間を取ってくれるのは単純にすごいなと思っています」(古田さん)
この積み重ねによって、だんだんと「ものを言いやすくなって、信頼できるようになっていった」(古田さん)という。
また、社員には「貴也さん」と名前で呼んでもらうなど、同じ視点に立つことも意識している。貴也さん自身、それはこの先社長になったとしても続けていきたいという。
改革する上で、決まった役職名を持たないことにもこだわった。
「(それ以前が)ゴリゴリのトップダウンによる恐怖政治文化だったので、それを払拭したいという思いがありました。跡継ぎという特権があるとはいえ、上司ではない人が(社内改革を)やっていることに価値があると思っています」(貴也さん)
社員たちと話す貴也さん(写真一番右) 。
提供:側島製罐
会社の理念をみんなで決める
貴也さんは、会社の風土改善と同時に、業績の立て直しにも取り掛かった。
側島製罐には設立以来、「企業理念」のようなものはなかった。
しかし、前職の経験から経営判断には経営理念が必要だと強く感じていた貴也さんは、「会社の明確なビジョンの提示」と「従業員の意識の変革」をするために、「Mission Vision Value(MVV)」の考え方を取り入れたという。
貴也さんはまず、2020年の年末から半年以上かけて、MVVの「Mission」「Vision」の構築を進めてきた。
その後、「Value(価値観)」は社員たちの意見をもとにつくろうと、年始会議の約半年後にプロジェクトメンバーを募った。この際、社員の約半数が集まったことには、貴也さん自身も驚いたという。
ただ、MVVはスタートアップ企業などで導入されていることはあっても、老舗企業である側島製罐では初めて聞く人も少なくない考え方だ。そもそも「MVVとは何か」を理解するところから始まった。
社員からは当初、「うちの会社で取り入れる意義が分からない」という意見もあったという。
そこで貴也さんは、例えば「今の会社の嫌なところ」など、より自分たちにとって身近なことに対する意見を集め、それを改善するための方法を考えてもらったという。
「コミュニケーションをもっと増やした方がいいと思う」
「挨拶を互いにもっとしよう」
一つひとつは小さなことかもしれない。ただ、社員から上がってきた意見をもとに行動指針を考え、落とし込む過程を共有したことで、MVVの策定が会社の問題解決につながると、少しずつ社員に伝わっていった。
MVVミーティングの様子
写真提供:側島製罐
「自分たちが会社を引っ張っていく」という意識の芽生え
貴也さんは、MVV策定を社員と共に進めてこれたことの意義をこう語る。
「誰が言ったかでなく、何を言っているのかが大事。強い上下関係は不利益につながる。
必ずしも上司が言っていることが正しいわけではもちろんないし、間違っていたらそれを正すことに価値があるよね、という考え方を共有できました」
心理的安全性が向上したからこそ、業務時間の効率も上がってきた。
「『どうしよう、話しかけようかな、でも今機嫌悪いからな』みたいな迷う時間が減りますよね。そういう時間が減れば、仕事も早く終わるはずです」(貴也さん)
MVVの策定で社員の意識を統一できたことは、こういった日々の仕事の効率化だけでなく、営業面にも良い影響を生んでいった。
以前は経営理念が定まっていなかったことから、営業目標もなく、売値仕入れ値は営業担当者ごとに自由に設定、見積もりの計算方法も人によって異なっていた。
「自動計算ツールを取り入れて、利益率もこれぐらい取らなきゃだめだよ、ということを決めました。
(MVVの策定によって)自分たちの価値について(社員全員が)分かるようになり、お客さんにも『こういう缶なのでこれくらいの費用はかかるんです』と明確に伝えられるようになりました」(貴也さん)
社内の空気も確実に前向きなものへと変わってきている。
各社員も自分がこの会社で何をやりたいのか思い描けるようになっていったという。
「MVVを策定したメンバーの立場として、もっと会社を進化させていかなきゃなというプレッシャーがありますし、社内に(貴也さんだけではなく)みんなで会社を引っ張っていかなきゃいけないという雰囲気があります」(古田さん)
貴也さんは、社内の変化をこう話す。
「『自分なんかこんなのできません』と言っていた社員が、やる気を出してプロジェクトのリーダーとしてみんなに声かけてやってくれている。それが一番嬉しいことかもしれないですね」(貴也さん)
(文・伊東早紀)