ジョブ型雇用の導入が増えているが、徐々に日本での実態も見えてきた(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
担当する仕事と賃金を明確にしたジョブ型人事制度が流行している。
岸田文雄首相もニューヨーク証券取引所の9月23日の講演で「ジョブ型への移行を促すため、来春までに官民で指針をつくることをめざす」と表明。実際に導入企業が2020年以降、徐々に増えている。
パーソル総合研究所が2021年6月に実施した調査によると、ジョブ型導入企業は18.0%、導入検討企業は39.6%だった(ジョブ型人事制度に関する企業実態調査)。
サンプル数は違うが、大手企業の人事部長、人事担当役員クラスで構成する日本CHO協会の2022年8月の調査では日本のメンバーシップ型の併用を含めたジョブ型導入企業は24%と増加している。
しかしその一方で「制度のほころび」も見え始めている。
「導入してもうまくいくとは思えない」
ある人事担当者は「ゼネラリスト志向の風土が根強い」と話す(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
「経営陣の意向でジョブ型の導入を進めているが、社内には人事異動による人材育成の重視やゼネラリスト志向の風土が色濃く残っている。
業績評価や能力評価ではなく、義理人情や年功による昇進昇格もまだある中でジョブ型を導入してもうまくいくとは思えない」
こう吐露(とろ)するのはある製造業の人事担当者だ。
従来の日本の人事制度は本人の経験や能力を見て仕事を当てはめる“人”基準だった。しかし「能力」を計る客観的指標がなく、結果的に仕事の経験年数を重視する年功的運用になりがちだ。
ジョブ型人事制度とは、ビジネスで必要とする職務に人を当てはめる“仕事”基準という大きな違いがある。ジョブ型では、職務や役割の内容を定義した職務記述書(役割記述書)に基づいて業務を遂行する。
また職務の重さや大きさなど難易度を格付けした職務等級(役割等級)を設定し、賃金は等級(職務グレード)ごとに決まる。これを職務給(役割給)と呼ぶ。
職務をこなせるスキルだけが重視され、したがって年齢や経験年数は加味されないので「脱年功」制度と呼ばれている。
ジョブ型なのに「異動」も会社が決める違和感
ジョブ型の雇用では、本来「職務記述書」で職務内容が固定されるが……。
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本来のジョブ型は雇用契約時で結んだ職務は固定され、賃金も原則として変わらない。職務変更や配属先の異動・転勤は本人の同意を必要とするなど会社の人事権を大幅に制限する。
しかし日本企業のジョブ型の多くは会社が異動・配置の人事権を捨ててはいない。
また人事評価制度を導入し、成果を出し評価が高いと上位の等級に昇級できるが、逆に評価が低いと職責を果たしていないと見なされ降級(降格)も発生する仕組みだ。
このように人事権を保ちつつ、脱年功を進めるのは企業にとって魅力的に見える。
必要なスキルを持つ外部人材を市場価格で調達できるメリットに加え、異動させることで幅広いビジネス分野で活用できるからだ。
成果評価による昇進と降格、それに伴う賃金の増減で人件費を固定費から変動費化できるメリットもある。
なおかつ上位の職務・等級を目指さないと給与が上がらないため、社員を職務スキル向上など「キャリア自律」へと駆り立てる効果もある。
一見、ジョブ型とメンバーシップ型のいいとこ取りの制度に思える。
ジョブ型導入、企業の「3つの思惑」
撮影:今村拓馬
実際に企業の狙いもそこにある。前出のパーソル総合研究所調査のジョブ型導入の目的で最も多かったのは以下の3つだ。
- 従業員の成果に合わせて処遇に差をつけたい
- 戦略的な人材ポジションの採用力を強化したい
- 従業員のスキル・能力の専門性を高めたい
日本CHO協会の調査でも「年功的処遇から脱却」「成果に応じた処遇の実現」「適所適材の要員配置の実現」の3つだ。
いずれも本来のジョブ型志向というより、メンバーシップ型で浮かび上がったマイナス要素を払拭したいとの思いがにじむ。
「ポスト管理できない」と言う現実
【図1】ジョブ型を採用した際の課題について聞いたアンケート調査。
出典:CHO協会リリース
しかし実際に思惑通りの効果が本当に挙がっているのか。
大手企業の人事部長などで構成する日本CHO協会の調査によるとジョブ型を導入済みの企業の25%が、2019年以前に導入しており、実際に数年間運用して感じる課題が浮かび上がっていると言えそうだ。
日本CHO協会が調査したジョブ型の課題【図1】を見ていただきたい。
「現場(特に管理職)の理解不足」や「未だメンバーシップ型の配置や登用」などは制度ができても年功的風土から脱却できず、ジョブ型への転換がいかに難しいかを物語っている。
「経営者の理解不足」も興味深い。ジョブ型を理解しないで世間の流行やうわべのメリットだけに引きずられて導入を指示した様子が思い浮かぶ。
その中でも最も多かった「ポスト管理の不徹底」は、ジョブ型の導入や運用で致命的な欠陥といえる。
ジョブ型の根幹は、前述したように職務と値札(賃金)が付いたポストに適正な人材を貼り付けることにある。その管理ができていないことは、もはやジョブ型が機能しているとは言えないだろう。
「ジョブ型が機能していない」ある企業
あるメーカーの人事担当者は、「ジョブグレードが形骸化している」と明かす(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
こうした実態について精密機器メーカーの人事課長はこう語る。
「当社のジョブグレード(職務等級)制は、まず仕事を決め、その要件に合う人を任用し、その箱はいくらですというシステム。
箱のジョブグレードは8つあり、例えば海外ポストに空きが発生し、適当な人が見当たらずグレード7の部長をそこに異動させようとする。しかし前任者の部長ポストはグレード6の仕事だった。そこでどうするかといえば前任者とまったく同じ仕事なのにグレード7に変えてしまう。
似たようなケースはほかにもあるが、これではジョブグレードが何の意味も持たなくなってしまう」
本当ならグレード7から6にダウンすれば給与が下がる。それを避けるためにあえて7に格上げしたわけであるが、ジョブの定義と賃金の仕組みそのものが根底から崩れる。
異動権限によって人材をフルに活用したい会社の思惑とジョブ型の矛盾が露呈した形だ。
その矛盾はいつまでも放置できない。したがって矛盾を解消ため、課題の1つに挙がる「頻繁な組織変更」が発生することになる。
ところでジョブ型の導入は社員にとって幸せな制度なのか。
人事コンサルティング会社のフォー・ノーツが興味深い調査を実施している(「年功序列をはじめとする人事評価制度に関する意識調査」2022年9月6日)。
調査対象者を自社が「年功序列である」「やや年功序列である」「年功序列ではない」という3つグループに分けて質問をしている。その打ち分けは「年功序列」が17.8%、「やや年功序列」が54.0%、「年功序列なし」が28.3%。
これでもわかるように、日本企業は2000年以降、成果主義評価を取り入れており、完全な年功序列の会社は2割以下と少数派になっている。
多くの企業は経験・能力に基づく賃金等級制度と成果評価による賞与で構成されているのが一般的だ。
日本はジョブ型でもスキル獲得は進まない?
ジョブ型雇用では「スキル習得」が進むと期待されたが、現実は……。
出典:フォー・ノーツのリリース
日本で一般的なメンバーシップ型を「やや年功序列」に見立て、あえて「年功序列なし」をジョブ型と見なして考えてみたい。
「あなたの会社には、心身共に健康に働ける環境がありますか」の質問では、「十分に健康に働ける環境がある」「まあまあ健康に働ける環境がある」の合計は、「やや年功序列」は89.2%、「年功序列なし」が78.8%と、年功序列派が10ポイント上回る。
次に「あなたの会社には、やりがいを持って働ける環境がありますか」の質問では、「すごくあると思う」「まあまああると思う」の合計は「やや年功序列」が60.2%、「年功序列なし」が57.6%。両者あまり大差はない。
さらにジョブ型導入企業が期待する「新しいスキルや知識を身につけるための行動をしていますか」の質問では、「積極的にしている」「機会があればしている」の合計は、「やや年功序列」が57.0%、「年功序列なし」が56.6%。両者ほとんど変わらない。
これらのアンケート結果から考えると、「働く側」にとってジョブ型は、期待された効果を発揮できているとは言えないだろう。
ジョブ型ブームに惑わされてはいけない
この結果について、フォー・ノーツの西尾太社長は次のように指摘している(同調査より)。
「一概に年功序列という仕組み自体が悪という訳ではなく、年功序列的な要素を『ちょうどよい塩梅で』取り入れることで、社員が安心して高いパフォーマンスを発揮できる組織をつくることができるかもしれない」
ジョブ型企業に就職すれば「やりたい仕事でキャリアを磨き、自己成長できます」というのはあくまでうたい文句にすぎない。
これまで述べてきたように、日本のジョブ型導入企業が今後どうなっていくのか、その成否は未知数だ。
これから就職・転職する人たちは、世の中のジョブ型ブームに惑わされることなく、しっかりと企業選びをしてほしい。
(文・溝上憲文)