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クラウスとセリーヌのランガー夫妻の息子は車が大好きだった。だが息子の塗り絵ブックに出てくる車はどれも子どもじみた漫画タッチのものばかり。そこで夫妻はグラフィックデザイナーに依頼し、優美なポルシェ911や巨大なトラック、クラシカルでパワフルなアメ車といったオリジナルの塗り絵ブックを作ることにした。
2019年に2人はショッピングサイトのショッピファイ(Shopify)で世界に向けてこの塗り絵の販売を開始した。購入者はダウンロードして自宅でプリントアウトできる。
カラー・クラッシュ・ブックスのメンバー。左からセリーヌ・ランガー、クラウス・ランガー、エマ・クロンショー・ハント。
Color Crush Books
新型コロナウイルスのパンデミックの間、事業は拡大。2人はフランスでカラー・クラッシュ・ブックス(Color Crush Books)を創業し、FacebookやInstagramに新たな顧客獲得のための広告を出稿した。その費用は1日あたり500ユーロ(約7万円、1ユーロ=142円換算)にのぼった。
だが2022年9月の初め、“事件”は起きた。同社がFacebookに出稿していた広告が突然止められたのだ。売上の約90%、金額にして約1万ユーロ(約140万円)が吹っ飛んだ。
FacebookとInstagramを運営するメタ(Meta)の担当者からは当初、アカウントが誤って一時停止されたと説明を受けたものの、それ以降メタ側とは連絡が取れずにいるそうだ。
「売っているのは子ども向けの絵本ですし、(広告の)品質スコアは完璧で、過去3年間広告が停止されたことは一度もなかったのに。もうむちゃくちゃですよ」(クラウス)
Facebookの広告アカウントに関するトラブルを受け、カラー・クラッシュ・ブックスはインターネット専業のビジネスモデルからの脱却を考えているという。
Color Crush Books
今後は広告予算をつぎ込む先をTikTokなどどこか別の場所に変えることも視野に入れていると夫妻は言う。デジタルマーケティングほどあてにはならないものの、紙の本を作って従来型の販売モデルにシフトすることも視野に入れているという。
なお、Insiderがメタにコメントを求めた数日後、カラー・クラッシュ・ブックスの広告アカウントは復旧した。
メタは「技術的な問題」認めるも連絡つかず
カラー・クラッシュ・ブックスだけではない。メタに広告を出稿している事業者は、広告アカウントや企業ページが停止されるケースが増えていること、復旧を求めようにもメタの担当者となかなか連絡がつかないことに気づいている。
メタは8月、「一部の広告主が特定の機能にアクセスできなくなる」技術的な問題が見つかったと明らかにしたが、問題は今も解決しておらず、改修に向けた予定も補償の可能性についても公表されていない。
年末商戦を控えた時期ということもあり、FacebookやInstagramの広告に売上を大きく依存している小規模事業者にとっては、広告の停止は非常に深刻な問題だ。
トロントの広告代理店シューレース(Shoelace)の最高戦略責任者、コリー・ドビン(Cory Dobbin)によれば、メタの担当者から先ごろ、技術的エラーにより広告アカウントやページの問題が起きていることを認めるメールが送られてきたという。
メタの広報担当者は、同社は小規模事業者の成長を助けるツールを提供するとともに、悪用を防ぐためのシステムも運用していると述べ、次のように続ける。
「当社は常に経営者の皆様への支援を改善するよう努めています。当社のポリシー実施行動についてより分かりやすく説明することもそうですし、技術的問題が起きた場合に当社のプラットフォームを利用している企業への影響を軽減するよう改修することもそうです」
メタは以前、いわゆるメタバースまわりの事業の再編に合わせて混乱が起きる可能性や、TikTokに対抗しようと力を入れている動画機能「リール」に他のリソースを回す可能性について注意喚起を行っていた。
メタは広告インフラも見直し中だ。これはアップルがプライバシー保護のルールを変えたせいで広告のターゲティングや効果測定の能力が損なわれたためだ。
売上激減、スタッフ解雇も
ストーリーズ・アンド・インクもFacebook広告の“被害者”だ。
Stories and Ink
イギリスのジ・アザーズ・ビューティー(The Others Beauty)は、特定のニーズを持つ顧客に向けた製品をD2C(ダイレクト販売)で提供する企業だ。最初に立ち上げた「ストーリーズ・アンド・インク(Stories and Ink)」というタトゥーのある人向けのスキンケア製品のブランドは、同社の旗艦ブランドでもある。
多くのD2Cスキンケアブランド同様、同社も顧客獲得をメタに大きく依存していた。1カ月の広告料は3万ポンド(約470万円、1ポンド=157円換算)にも及んだ。
ストーリーズ・アンド・インクの広告アカウントは9月半ばに停止され、売上は35%減少したとジ・アザーズ・ビューティーの創業者ストゥ・ジョリー(Stu Jolley)は言う。せっかくアメリカ進出を計画していたのに、メタのカスタマーサービスへの問い合わせで時間を浪費するはめになった、と。何十ものサポートチケットを使って問い合わせをしたが、解決策は得られなかったという。
「中小企業にとって時間は何より大切なのに」(ジョリー)
イギリスのフィンテック企業シルバーバード(Silverbird)の業績・成長担当責任者であるマイケル・ロレンゾス(Michael Lorenzos)によれば、同社は過去6年にわたってFacebookに広告を出稿してきた。一部の広告が承認されなかったことはあるが、「こんなに徹底的に制限されるのは初めて」だという。
シルバーバードの広告アカウントは8月半ばに停止され、ロレンゾスは広告予算の一部を検索やオフライン広告に振り向けたという。
自社のページでは広告を表示できなくなったというのに、ロレンゾスの知る他社の広告主のところには、Facebookが外注したマーケティングサポートの専門家から広告アカウントの効果向上策を提案するメールが「殺到した」という。たしかにInsiderが取材したところ、Facebookに広告を出稿している他の企業者もメタから同じような働きかけを受けたと語っていた。
メタは2022年夏、小規模事業者にリアルタイムでサポートや助言を行う「メタ・プロチーム」を立ち上げた。
メタがこのチームにつぎ込んでいるリソースを、広告アカウントをもっと早く復旧できるサポート体制作りに回したほうがよっぽど役に立つのに、とロレンゾスは言う。
近ごろでは広告代理店やコンサルタント数社も、アカウント停止や広告が承認されない、広告枠の上限を課されるといった問題に直面しているという。
カナダの広告代理店ホップ・スキップ・メディア(Hop Skip Media)のアミート・カブラ(Ameet Khabra)は、Facebookの広告アカウント問題のせいで6月以降売上が40〜45%減少したと見ている。
アカウントの一部は復旧したものの、「その時点で当社に対するクライアントの信頼という点で大きなダメージを被った」とカブラは言う。
そればかりか一部のスタッフを解雇せざるを得ない状況に追い込まれ、10人いたカブラのチームは6人に縮小されたという。
「痛手を受けるのはもうたくさんです」(カブラ)
(編集・常盤亜由子)