「The Moon」ことカール・ルーンフェルトは、YouTubeで最も人気のある仮想通貨インフルエンサーの1人だ。
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2021年12月、56万人のチャンネル登録者数がいるYouTuber、「The Moon」ことカール・ルーンフェルト(Carl Runefelt)は、フォックス・ビジネス(Fox Business)に出演し、ある高尚な予言を披露した。
ビットコインは1年後の2022年末には30万ドルという驚異的な値をつけるだろう——。
番組出演後、彼は自身のYouTubeチャンネルで「主流メディアで仮想通貨について話すことができて、とても感謝しています。仮想通貨を広く普及させたい私としては、めちゃめちゃクールな体験でした」と述べた。
しかし春になるとビットコインは2万ドル以下にまで急落し、いまだにその水準で停滞している。これは2021年後半のピーク時の3分の1以下である。
そもそもルーンフェルトは元スーパー店員から仮想通貨のインフルエンサーになり、何らかの金融系バックグラウンドがあった訳でもない。
仮想通貨市場の急落にもかかわらず、仮想通貨のインフルエンサーの勢いは衰える気配を見せない。規制当局の監視がほとんどないため、型破りな伝道師たちは、ソーシャルメディアや従来のメディアを通じて、何百万人もの人々に怪しげなアドバイスを売り込んでいる。
そんな彼らの利益は、仮想通貨投資の収益やYouTube動画の広告収益だけで成り立っている訳ではない。事業を多角化させているため、仮想通貨が暴落しようとも相当な利益を得られるのだ。
以下では、実際の仮想通貨インフルエンサーを例に取りながら、その経歴や、倫理的な一線を越えかねないビジネスモデルについて解説する。
異端な経歴、的外れな予測
ジョン・バスケスのYouTubeチャンネルでは、暗号通貨について野心的な予測をしている。しかし、彼のお気に入りのコインは大失敗している。
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「私の言うことを信じてはいけない」
元ウェルズ・ファーゴ(Wells Fargo)支店長であり、現在はインフルエンサーとなった48歳のジョン・バスケス(John Vasquez)は、この春に投稿した動画で110万人のTikTokフォロワーにそう告げた。
「あなたの中に生まれる感覚と感情を信じるんだ」
バスケスの予測は外れた。2021年11月に彼がInsiderの読者に推奨した6つの仮想通貨は、平均で73%下落している。別のアルトコイン(ビットコイン以外の仮想通貨)、リップル(ripple)についても、同氏は2022年2月、フォロワーに押し目買いを勧め、それを「犬のダニのように」持ち続けるよう伝えた。
しかし、リップルはそれ以来、0.84ドルから0.32ドルに下落している。バスケスはInsiderの取材に対し、「(私の)コンテンツは常に市場の長期的な視点に基づいており、一攫千金を狙うものではない」とメールで回答した。
バスケスはリテールバンキングでの経験からある程度の金融に関するバックグラウンドを持っているが、彼の同業者の多くは何の経験も持ち合わせていない。公認ファイナンシャルプランナーや調査アナリストなどの金融専門家と異なり、ほとんどの仮想通貨アナリストは資格も持っていなければ金融トレーニングも受けていない。
前出のルーンフェルトは、仮想通貨YouTuberとして大成功を収めてドバイに移住する以前は食料品店のレジ係として働いていた。
140万人以上のフォロワーを持つ仮想通貨インフルエンサー、ベン・アームストロング(Ben Armstrong/@BitBoy_Crypto)は、以前米ジョージア州で信仰に基づく青少年リハビリ施設を運営していたが、さまざまな規制基準を満たしていないとして州から批判を受けた。彼は高利回り貯蓄型暗号プラットフォームであるセルシウス(Celsius)を勧めていたが、同取引所は2022年初めに倒産した。
「MMCrypto」ことジャジンスキーは、ビットコインについていくつか突飛な予測を立てているが、今のところ当たったものはない。
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「MM Crypto」として知られるクリストファー・ジャジンスキー(Christopher Jaszczynski)は、仮想通貨にピボットする前はタクシー運転手だった。フォーブスやCNBCといったニュースメディアで「ビットコインは30万ドルに達する」との自説を披露していたが、前述の通りその後同通貨は暴落した。
Insiderはルーンフェルト、アームストロング、ジャジンスキーにコメントを求めたものの、回答は得られなかった。
ファイナンシャル・プランニング協会の元全米会長エド・イェルツェン(Ed Gjertsen)はInsiderに対し、「他人の資産に手を出して、それについてアドバイスするなら、もっと経験を積むべきですよ」と語る。
イェルツェンによると、従来のファイナンシャルアドバイザーは、人のお金を扱う前に厳しいトレーニングを受ける。また、重大な犯罪歴や破産の有無などの情報開示や、利益相反となるような投資の禁止など、厳しい規則を設けている場合も多い。
もちろん、ウォール街のベテランやアナリストも予測を外すことはよくある。ゴールドマン・サックスからCNBCに転身したジム・クレイマー(Jim Cramer)などは、その相場観や銘柄選びで広くパロディのネタにされてきたほどだ。
ただ、多くの金融サービス業においては、米国証券取引委員会(SEC)のような規制当局への持ち株の開示が必要だ。しかし、YouTuberたちは自分の持ち株の情報を完全に開示する義務はなく、視聴者はコンテンツ制作者自身が推しているものと彼らの間に利害関係があるのかどうかを知らないままである。
アームストロングは自分の動画に「これはあくまで個人的な意見であり、金融のアドバイスではありません」という免責事項を書き加えているが、仮想通貨YouTuberたちは伝統的な金融の規制の世界からは程遠い。
数々の副収入源
仮想通貨インフルエンサーの多くは、自分の予想が外れても、他の収入源を使って自分の懐を潤している。
彼らの収入の多くは仮想通貨取引所へのアフィリエイトリンクに大きく依存しており、送客する見返りに金銭的なインセンティブを受け取っている。
アームストロングらは世界最大級の取引所であるバイナンス(Binance)をアフィリエイトリンクで繰り返し宣伝してきた。
またアームストロング、ルーンフェルト、ジャジンスキーは、ユーザーにリスクの高い証拠金取引をさせるシンガポールの仮想通貨取引所、バイビット(Bybit)も盛んに宣伝してきた。証拠金取引では、トレーダーは融資された資産を使って取引することができ、桁外れのリターンを得ることも、市場が悪化した場合は完全に破産することもあり得る。
ライバル取引所であるコインベース(Coinbase)では一時期、担保の3倍のレバレッジをかけることができたが、規制上の懸念からこのオプションは廃止された。しかし、バイビットではいまだ100倍のレバレッジで取引することができる。
バイビットは1万1000人以上のインフルエンサーとパートナー契約を結んでいると謳っており、紹介が成立するたびに500ドル(約7万2000円、1ドル=144円換算)を支払っている。さらに、アフィリエイト経由のユーザーによる取引ごとにバイビットが取る手数料のうち、30%をインフルエンサーに支払う仕組みだ。
バイビットのウェブサイトによると、同社は合計で5600ビットコイン以上を支払っており、これは現在の価格で1億2000万ドル(約172億8000万円)以上となる。
メディア倫理・教育団体であるポインター(Poynter)の副社長、アーロン・シャーロックマン(Aaron Sharockman)はInsiderに対し、こうしたアフィリエイトの仕組みに懸念を持っていると語る。インフルエンサーが視聴者に無謀な取引を促すよう、仕向けることになるからだ。
「クリエイター(動画投稿者)が儲けるためには、視聴者がそのプラットフォーム上で取引すればいいだけ。視聴者が勝つか負けるかは関係なく、ただ取引するかどうかが重要なのです。彼らは視聴者が成功することには何の投資もしていません」
オンライン講座やグッズ販売も
オンライン有料講座もインフルエンサーに人気のあるビジネスモデルだ。バスケスは、仮想通貨取引、フィットネス、マインドセットの重要性を教える会員制の仮想通貨グループ「3T・ウォリアー・アカデミー(3T Warrior Academy)」をフォロワー向けに主宰している。
バスケスは以前Insiderの取材に対し、自身のアカデミーには1200人以上の会員がおり、年間10万ドル(約1440万円)以上稼げると語っていた。アームストロングも、「ビットラボ・アカデミー(Bitlab Academy)」と呼ばれる月30ドル(約4320円)の仮想通貨トレーニングプログラムを提供している。
グッズ販売で稼ぐ者もいる。バスケス、アームストロング、そしてジャジンスキーは、自身のYouTuberチャンネルで掲げるスローガンが書かれた帽子やTシャツ、マグカップなどを販売している。なお、最近の暴落で傷ついた人たちのために、アームストロングは「落ち着いて押し目買いをしろ」と書かれたシャツを売り出した。
ルーンフェルトは、フォーブス・モナコの「30 Under 30(30歳未満の30人)」の一人に選出されたほか、8月にはアントレプレナー・マガジン(Entrepreneur Magazine)中東版の表紙も飾った。最近出演したビジネスニュースチャンネル「Cheddar」では、彼は「ビリオネア」と呼ばれていた。
また、自分の判断に疑問を呈する批評家をバッシングする者もいる。アームストロングは、2021年の冬に投稿した動画で、自分を批判する人たちを「IQが極めて低い人たち」と表現している。さらに彼は、「予測は楽しむためのものだ。これこそ人々が求めるコンテンツだ」とも言い、暗に自分のアドバイスは暇つぶしの娯楽として受け止めるべきだと匂わせた。
それ以降も、アームストロングは暗号の専門家として、ブルームバーグからウォートン・ビジネススクール(Wharton Business School)まで、あらゆる場に出演している。
8月には、自分を「フォロワーに『詐欺』を働く『薄汚い』やつ」と呼んだYouTuber仲間の「Atozy」を名誉毀損で訴えた。これを受け、仮想通貨界隈の人たちの間ではAtozyの弁護費用を寄付する動きが広がっている。
インフルエンサーの中には、より大げさな予測を出すようになってきている者もいる。最近の動画で、ルーンフェルトはまた大胆な予測をした。
「インフレと通貨システムの崩壊により、ビットコインは数百万ドルとは言わないまでも、数十万ドルにまで上昇する可能性がある」
そして、2024年までにビットコインの価値が1000万ドルを大きく超える可能性すらあるとフォロワーに述べた。これは現在の価値から4000%という驚異的な上昇率だ。
言うまでもなく、その動画のコメント欄のトップには、視聴者がバイビッドに登録するためのアフィリエイトリンクが固定表示されていた。
(編集・野田翔)