Dmytro Varavin/Getty Images
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
世界人口は今年中に80億人を超える見込みで、そのうちの約半数がわずか7カ国に集中しています。こうした「数の力」は国力の栄枯盛衰や企業の成長ポテンシャルにも大きく影響します。次にユニコーン企業を輩出しそうな国はいったいどこでしょうか?
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人口が多い国は強い国?
こんにちは、入山章栄です。
日本にいると人口減の話ばかりが耳に入ってきますが、世界全体では人口が増加中。しかも特定の数カ国で爆発的に増えています。これは今後の世界情勢にどのような影響を与えるのでしょうか。
BIJ編集部・常盤
国連が発表した予測によると、世界人口は今年11月に80億人を超える見込みで、そのうちの約半数がたった7カ国(中国、インド、アメリカ、インドネシア、パキスタン、ナイジェリア、ブラジル)に住んでいるそうです。いま世界で最も人口が多い国は中国ですが、2023年にはインドがそれを抜いて1位になるのが確実なのだとか。
このような「数の力」は国力にどのくらい影響するのでしょうか。
なるほど。世界人口の半分がほんの7カ国に集中しているというのは驚きですよね。
当たり前ですが、経済やビジネスを考えるうえで、人口はとても重要な要素です。
僕の理解では、人口について考えるときのポイントは2つあります。1つは、人口がマーケットの大きさを決めるということ。2つめは、人口は非常に予測しやすい指標だということです。
BIJ編集部・常盤
確かにそうですね。子どもを産める年齢の人たちがどれだけいるかとか、生まれた子どもの平均寿命などから、かなり先まで予測がつきます。
そうなんです。株価や経済の成長率などと比べると、人口の予測はかなりの確率で的中する。ですから国連の発表する何十年先を見据えた人口推計も、もちろん完璧ではありませんが、大きくは外れないと言われています。
投資家が注目する人口の推移
そして、さきほど言ったように、人口がマーケットの大きさを決めます。ですから僕の周りでグローバルで投資する人たちは、その国の人口と推移を非常に意識しています。
例えば僕の知人のリブライトパートナーズ代表の蛯原健さんは、世界中の、特に東南アジアやインドのスタートアップに投資している日本を代表するベンチャーキャピタリストです。彼の話を聞くと、人口の推移をとても意識されているのが分かります。
グローバルに投資する人たちと話していると、よくTAM(Total Available Market)という言葉を耳にします。これは「潜在的な市場規模」のこと。TAMが大きければ大きいほど、そのビジネスには可能性がある。
世界的に見ると、日本のほとんどの企業の時価総額は低いのですが、これは日本の人口が少なく、TAMが小さいからとも言えます。
逆にGAFAやネットフリックスやテスラの時価総額が高いのは、端的にTAMが大きいことがその要因の一つのはずです。まずアメリカ自体に人口が3億人いる。英語は世界の共通言語なので、世界中で売れる。だから時価総額が高いのです。
ご存知のように中国の企業はアメリカの企業ほどグローバル化していません。でも中国国内だけで14億人という巨大なマーケットがある。だから中国の企業は時価総額が高いわけです。
BIJ編集部・常盤
なるほど。単に技術力が優れているとか、製品が素晴らしいとか、DXが進んでいるとか、そういうところだけで評価されているわけではないんですね。
もちろんイノベーティブな技術や優れた戦略も重要でしょう。しかし結局のところはマーケットの大きさがものをいう。
インドはすでに14億人近くいて、これから世界一人口の多い国になるわけですから、今後はインドから時価総額の高いスタートアップが出てくる可能性が高い。
日本企業がダメになったというより、潜在市場が拡大した
そう考えると、日本のスタートアップの時価総額が上がらないのは、潜在的に狙えるマーケットが小さいからだということがよく分かるでしょう。
最低でも10億人、できれば20~30億人をマーケットにできるくらいの潜在性があれば、時価総額は必然的に上がる。ところが日本には人口が1億2000万人しかいないわけですね。
よく、「平成元年(1989年)の世界の時価総額ランキングトップ50のほとんどは日本企業だったのに、平成30年には日本企業はトヨタ1社になってしまった。これは日本企業のプレゼンスが落ちている証拠だ」と言われます。
(出所)「グローバル時価総額ランキング 日本と世界の差を生んだ30年とは?」(STARTUP DB、2019年7月17日)をもとに編集部作成。
それはその通りなのですが、平成元年当時は、まだこのような新興市場が存在していませんでした。
中国もまだ経済的に弱かった。いまほどグローバル化も進んでいなかったし、インターネットも普及していない。デジタルで一気に世界的にビジネスを広げられるような機会も少なかった。
つまり、それぞれの企業にとってメインの市場はあくまで母国とその周辺だった。潜在的な市場が小さかったのです。
象徴的なのが、当時の世界の時価総額ランキングトップ3に入っていたのが、NTTやメガバンクだったこと。いまだにまったくグローバル化できていない日本企業が、当時は世界の時価総額のトップだったわけです。
それは当時、日本に人口1億3000万人という相対的に大きいマーケットがあり、そのドメスティックな環境の中で1位か2位だったというだけです。繰り返しですが、グローバル化が進んでいなかった当時なら、世界のGDP2位だった日本でトップシェアなら、そのまま時価総額も高くなったんですよ。
しかしその後、デジタル化とグローバル化が進むと、日本の1億2000万人は、相対的に小さくなったわけです。いまや80億分の1億にすぎなくなりました。だから、そこでドメスティックにちまちまビジネスをしていても、絶対に時価総額は上がらないのです。
これからは人口の多い国から、時価総額の高い会社がどんどん出てくるでしょう。いまもすでにインドネシアからブカラパックというECの企業や、トコペディアというユニコーン企業が出てきています。
今後はナイジェリアあたりからユニコーン企業が生まれることもおおいにあり得るでしょう。
主要国の人口を頭に入れておこう
BIJ編集部・常盤
入山先生が注目している国や地域は、どのあたりですか?
当然ながら東南アジア、インド、アフリカです。僕がいま1年の3分の1ほど滞在しているフィリピンも、もう人口が1億人いるし、若い人が多いので潜在的な可能性しかない。完全にアジアシフトが起きています。
それなのに日本の企業は未だにフィリピンやインドネシアを「製造拠点」というか、日本の裏庭感覚で見ているところがある。そんなことをしている間に抜かれてしまうでしょうね。
BIJ編集部・常盤
過去の記憶がなかなか抜けきらないところがありますけど、それこそ「アンラーン(一度学んだことを白紙に戻すこと)」しないといけないですね。
それでいうと僕のおすすめは、主要国の人口と、1人当たり所得を頭に入れておくことです。
僕は大学時代、経済学者だった恩師に、「これから経済学を勉強するなら、1日1つ数字を覚えなさい」と言われ、1年かけて世界各国の人口を覚えたことがあります。
これは当時の数字ですが、「ベトナム7000万人」「タイ5500万人」「マレーシア2000万人」「韓国4400万人」などと、頭に入れていった。人口はあまり急激に上下しないので、一度覚えてしまえば基礎的な感覚が身につきます。
例えばインドネシアの人口は今2億5000万人ですが、毎年300万人増えています。300万人といえばシンガポールの人口と同じ。つまりインドネシアは毎年シンガポール一国分の人間が増えている。そう考えると、とてつもない増え方だと分かる。
こういう変化を数字の感覚で叩き込んでおくことは大事です。できたら、それに合わせて1人当たり所得、GDPも覚えておくといい。
日本なら今一人あたりのGDPは430万円ぐらい。それに人口を掛け算すれば、その国のGDPの大きさが分かります。それを見ていくと、「いま日本は世界でどういう位置にいるか」が分かります。
BIJ編集部・常盤
それはいいですね。私も今後はその2つの数字を意識しながら、ニュースを見ていこうと思います。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。