Twitter買収撤回で訴訟中のテスラCEOのイーロン・マスク。
REUTERS/Adrees Latif
イーロン・マスク(Elon Musk)は、過去数カ月にわたり、Twitterの買収契約を破棄しようとしてきた。そのためにかなりの費用が費やされているにもかかわらず、2022年末までにイーロン・マスクはTwitterの新たなオーナーになる可能性が非常に高いと、ある法律の専門家はいう。
「多くのマスクの主張は極めて弱いです」と、法学教授のロバート・ミラー(Robert Miller)は、ウェルズ・ファーゴ(Wells Fargo)のアナリストとのオンライン会議の場で語った。
2022年7月、Twitterはマスクに440億ドル(発表当時のレートで約5兆6000億円)で買収を履行するように迫り、デラウェア州の裁判所に訴えた。ミラーは、そのデラウェア州衡平法裁判所でM&Aや関連する法律を長く扱ってきた経験を持つ。
「私はマスクは敗訴すると思います。そして、マスクが負ければ、マスクは買収契約に署名するよう命じられる可能性が極めて高いです」
買収額は、マスクが同意していた440億ドルになるとみられる。ミラーは、自分に不利な判決に従わない姿勢をマスクが見せた場合、衡平法裁判所にはどのような権限があるかも語った。それによると、マスクのテスラ(Tesla)株の権利を剥奪したり、場合によってはマスクを収監することも可能だという。
マスクが勝訴するには、同裁判所のカタリーン・マコーミック(Kathaleen McCormick)判事に対し、自身の主張のうち1つでも納得させることができればいいが、Twitterは自社の主張をすべて納得させる必要がある。
それでも、ミラーは、マスクが勝訴して買収を撤回できる可能性は10%に満たないと考えており、両者は和解に至ることはなく、予定通りに2022年10月に裁判が始まるだろうと予測する。
マスクは控訴することはできるし、おそらく控訴すると思われるが、それでもTwitterの買収を余儀なくされる可能性が非常に高いという。
「デラウェア州法には、買収者が合併契約に違反し買収を拒んた場合、買収者は買収を履行するよう命じられると明確に規定されています。実際、同様の問題を扱った過去の訴訟では、すべての判例で買収者が買収を命じられているのです」
マスクは、マネタイズ可能なデイリーアクティブユーザー数(mDAU)を偽って公表していたとして、Twitterを批判している。Twitter上には、Twitterが言うよりかなり多くのボットと偽アカウントが存在するため、マスクはこれは詐欺にあたると主張している。
さらに彼は、Twitterがデータプライバシー関連の法律に違反している上に、使用しているツールの知的財産権の一部を保有していないと言う。その根拠は、Twitterの前情報セキュリティー責任者のピーター・(マッジ)・ザトコ(Peiter "Mudge" Zatko)による内部告発だ。
さらにマスクは、Twitterが自身の別宅があるテキサス州の証券取引法にも違反していると指摘している。
ただし、マスクのどの主張にも、似たような「繰り返し起こる課題」があるとミラーは指摘する。それは、Twitterに対する批判の内容が正しいだけではなく、そのことで「重大な悪影響」が生じたことを、マスクが証明しなければならないということだ。
「重大な悪影響」は法律用語として明確に定義されており、「企業の事業および価値に著しい影響を及ぼす状態」を意味する。これを証明するのは、マスクにとっては「険しい山を登るようなもの」だという。
「結局、イーロンは難しい状況にあるのです」と、ミラーは言う。以下は、マスクの主な主張が通らないであろうとミラーが考える理由だ。
1. Twitterの「ボット」問題
Twitterは長い間、公開されている証券取引委員会への開示文書の中で、mDAUのうち、5%はスパムアカウント、または人が使っているわけではない偽アカウントの可能性が高いと推定している。
マスクは、Twitterに一定数の「ボット」が存在することを把握しており、買収を発表するプレスリリースでは、ボットを「倒す」とまで述べていた。その後マスクは、ボット問題がいかに大きいかについて、Twitterに騙されていたと主張し、今ではこの問題が同社の事業に深刻な脅威をもたらしていると述べている。ミラーの見解では、これがマスクの最も強い主張だ。
しかし、Twitterは証券取引委員会への開示文書の中でmDAUの数を述べる際に極めて注意深く言葉を選んでいる。そのため、Twitterの主張よりボット数が多いことをマスクが証明できたとしても、法律上は同社の開示情報は「虚偽とみなされない可能性が十分にあり、詐欺まがいとの主張は難しい」とミラーは言う。
マスクは、Twitterがプラットフォーム上のボット数について誤っていたことに加え、偽アカウント数を計算する「より優れた正確な」方法を知りながらも、それをしなかったということまで証明する必要があるからだ。
もし、これらすべてが証明されれば、Twitterは実際に「大規模な証券詐欺」を行っていたことになると、ミラーは言う。そして、その事実を把握していた取締役は全員、インサイダー取引で有罪だ。だが、「そうなる可能性ついては懐疑的」だとミラーは語る。
2. Twitterによる連邦取引委員会の同意判決への違反
Twitterはさまざまな点において、データプライバシー保護の取り組みを十分に行うという連邦取引委員会との同意判決(編注:Twitterから個人情報が流出したことを受け、2010年6月に連邦取引委員会との間で合意したもの)に従っていないと、マスクは主張している。
ザトコもTwitterのデータプライバシー保護の取り組み不足を告発している。ミラーは、この主張はザトコの告発の中で出てきた「最重要点」だという。
しかし、ザトコの告発内容がすべて正しかったと判明したとしても、Twitterが証券取引委員会に提出した報告書には、「明白に虚偽であると認められる」主張がないと、ミラーは言う。Twitterがこの同意判決または関連のセキュリティー上の問題をめぐって、故意に関連情報を歪めて公表したか、秘匿したということを証明するのは困難だ。
ミラーによると、問題の合併契約には、「サイバーセキュリティーに関する表明」などの典型的な条項が含まれておらず、Twitterに有利なものとなっているという。
通常は、このような条項を設けて、企業はそのデータおよびユーザーを保護するために何を行っているか、そして過去に攻撃を受けた際にどのような是正対策をとったかを開示する。しかし、こうした条項がないため、マスクがこの点を主張してもほとんど意味がないとミラーは言う。
3. Twitterの知的財産ライセンス
マスクはさらに、ザトコの内部告発によって明らかになった詳細情報に基づき、Twitterは、いくつかの機械学習ツールの構築のために使われている知的財産の適切なライセンスを取得していないと主張する。同社がこの点を開示しなかったことは、「重大な欠落」にあたると論じているのだ。
しかし、この点に関しても、Twitterによる証券取引委員会への開示文書には、明らかに不正であるか誤解を招く記述があるわけではなく、合併契約には「驚くほど」Twitterに有利な文言が含まれているという。
通常、こうした種類の契約書には、企業は他者の知的財産権を一切侵害していない旨を記載する。Twitterとマスクが結んだ契約には、「Twitterが把握している限り」Twitterは他者の知的財産権を侵害しておらず、侵害していたとしても同社に「重大な悪影響」を及ぼすものではない、と記されている。これは、「極めて異例」の書き方だと、ミラーは言う。
「考えられる限り、これではほとんど、違反のしようがありません」
4. Twitterによるテキサス州法違反
マスクは、テスラ、スペースX(SpaceX)、そしてボーリング・カンパニー(Boring Company)の事業の一部をテキサス州を拠点に展開しているため、Twitterはテキサス州の証券取引法に違反していると訴えている。
テキサス州法のもとでは、マスクの弁護団は、Twitterは公表したいずれかの内容が虚偽であることを「知っていたはずだ」と証明するだけでいい。これは、デラウェア州法よりもハードルが低い。デラウェア州法では、Twitterは公表内容が虚偽であることを常に知っていたにも関わらず公表した、つまり、法学用語でいう「故意に行った」ことをマスクの弁護団は証明しなければならない。
しかし、ミラーによると、テキサス州法違反の主張も通らないだろうと言う。マスクの買収契約には、あらゆる訴訟はデラウェア州衡平法裁判所に付託することが明示されているからだ。
「マスクは、火星に行って、火星法のもとで主張を展開する方が、テキサス州法のもとで主張を展開するよりも勝ち目があるのではないでしょうか」
(編集・大門小百合)