アマゾン、グーグル、メタ、マイクロソフトは、多くのムーンショットと呼ばれる壮大な長期プロジェクトから撤退している。
Rachel Mendelson/Insider
アマゾンの副社長であるババク・パルヴィズ(Babak Parviz)は、2022年3月に久しぶりに行われた社内の懇談会で、アンディ・ジャシー(Andy Jassy)CEOを「プロジェクトの財務的な実行可能性をより厳格に考えるよう仕向けてくれた私のメンター」と呼び、称賛した。
パルヴィズはもともとグーグル出身で、社内の次世代技術の研究部門「グーグルX(Google X)」の責任者を務めていた。アマゾンに転身して以降は、破壊的イノベーションの創出に取り組む研究組織としてアマゾンが2014年に社内に創設した「グランド・チャレンジ(Grand Challenge)」を率いていた。
Insiderが入手した社内懇談会の音声記録では、パルヴィズは「かわいそうなアンディは、私をより良きビジネスパーソンにしようと頑張ってくれています。その努力がどれだけ実ったかは分かりませんが、エンジニアの私を経営課題にも通じた人間に変えようとしているんです」と語っていた。
だがその6カ月後、パルヴィズは退任した。
パルヴィズが長期休暇を取ることにした理由は不明だが、グランド・チャレンジの事情に詳しい2人の人物によると、アマゾンは同組織の規模を大幅に縮小し、閉鎖する可能性も考えていたという。アマゾンの成長が鈍化する中、拡大路線の施策を大幅に削っていったのだ。
アマゾンの「グランド・チャレンジ」を率いていたババク・パルヴィズ副社長。
Gustavo Caballero/Getty Images for New York Times International Luxury Conference
これはアマゾンに限った話ではない。テックジャイアントは不透明な経済情勢の中、試験的なプロジェクトや「ムーンショット」と呼ばれる挑戦的な研究開発プロジェクトの多くを縮小あるいは閉鎖している。
この数週間で、マイクロソフトはムーンショット部門のプロジェクトを縮小し、メタ(Meta)も試作品群を減らした。グーグルは「AIを追求する」という、CEOが掲げる壮大なミッションに沿わないプロジェクトを切り捨てた。
こうしたプロジェクトのリーダーたちは社内で、縮小の理由を市場の不確実性のせいだとしている。しかし内部関係者の間では、この動きを「リスクをとる創業者からウォール街に迎合する実利主義へのシフト」と呼び、ビッグテックの新時代だと指摘する声も上がっている。あるマイクロソフト社員は次のように語る。
「ムーンショット戦略が棚上げになったのは、ごく短期間で何らかの成果を出さなければいけないからです。市場は待ってはくれませんからね」
自動運転から宇宙エレベーターまで
グーグルの共同創業者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン。2003年撮影。
Kim Kulish/Corbis via Getty Images
グーグルの共同創業者であるラリー・ペイジ(Larry Page)とセルゲイ・ブリン(Sergey Brin)が2010年にグーグルXを立ち上げたとき、そこにはやり方もルールもほとんどなく、「世界を変えるような革新的なアイデアに取り組む」という明確な使命だけが与えられていた。
自動運転車から宇宙エレべーターまで、グーグルXはエンジニアがアイデアを熟成させるための空間だった。アルファベットの自動運転車開発会社であるウェイモ(Waymo)もドローン会社であるウィング(Wing)も、もとをたどればこのXプロジェクトに行き着く。ペイジとブリンは、自分たちが気に入ったXのプロジェクトを資金や人員の面から支援したという。
「彼らが気に入ったプロジェクトがあれば、そのプロジェクトは安泰でした」とXプロジェクトに以前関わっていた社員は言う。
このグーグルのやり方は注目を浴び、他のテック大手も「ムーンショット」を追求するべく独自の専門チームを立ち上げた。
かつて大流行した「グーグルグラス(Google Glass)」を作ったパルヴィズは、2014年にグーグルXを離れ、アマゾンのグランド・チャレンジを立ち上げた。その2年後、フェイスブック(現メタ)はグーグルXへの対抗策としてビルディング8(Building 8)を発表し、人が頭に思い浮かべるだけで文字入力を可能にするブレーン・コンピュータ・インターフェイス(brain-computer interface)などの研究に乗り出した。
長期的かつ大局的な思考を生み出すための空間を作ることは、テック企業が競合他社に後れをとらないための一つの方法だとされてきた。また、「我々と一緒に働けば、画期的なアイデアに携われる」という、効果的なリクルーティングのツールとしても活用できた。
ムーンショットは縮小傾向
しかし現在、ムーンショットプロジェクトを取り巻く状況は変化している。このような壮大なプロジェクトに参加している社員は、市場が不安定になると真っ先に切り捨てられると分かっているし、会社側は確実に成長の見込める分野にリソースを振り向けるようになってきている。
ペイジとブリンが自分たちのやり方(とお金)でムーンショットに出資するためにアルファベットを退社すると、同社の最高財務責任者(CFO)のルース・ポラット(Ruth Porat)は、コストのかかる研究開発プロジェクトへの支出を削減するようになった。
同社のサンダー・ピチャイ(Sundar Pichai)CEOはグーグルを「AIファースト」の企業たらんとビジョンを定めたが、このような新しい時代の幹部たちの考えは、ペイジら創業者がめざしたムーンショットの考え方と合致していないのではないか、と内部関係者たちは感じているようだ。
この懸念は一部現実になりつつある。グーグルは2022年9月、社内の研究開発機関「Area 120」のプロジェクトを半減させ、AIに特化したプロジェクトだけを温存したとテッククランチ(TechCrunch)は報じている。
メタもマイクロソフトも…
メタは最近、ビルディング8から生まれた「新製品実験(New Product Experimentation)」部門を縮小した。この部門は、今はなきスピードデートアプリや、クリエイターとファンの交流ツール「Hotline」などの機能やプロダクトを開発していたが、短編動画の開発に専念することになった、とプラットフォーマー(Platformer)は報じている。
メタは2022年初頭にスマートウォッチの開発を中止し、拡張現実(AR)メガネの高級版への投資を抑制した。その代わり、TikTokに追随して広告事業の見直しに従業員のエネルギーと資源を投入していく。
マイクロソフトのサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)。
Christophe Morin/IP3/Getty Images
マイクロソフトは2021年、量子コンピューティングなど新技術のための新組織を立ち上げた。成長戦略に関する内部文書には「物理法則を利用し、商用量子コンピューティングの無限の可能性を実現する」といった高邁な目標が掲げられていたが、この新組織は間もなく、将来のビジネスを見据えて政府や通信業界への技術販売といった中核事業に注力することになった。
この戦略転換にはマイクロソフトの社内からも、「収益維持」を重視するあまり野心に欠けると批判の声が上がった。
「マイクロソフトは長期的な賭けをする革新的な組織だったはずなのに、私たちのそんな思いと現実とが一致しなくなってしまいました」(マイクロソフト社員)
では、一方の中小企業はどうだろう。中小企業にとって、市場の混乱はさらに劇的なムーンショットプロジェクトの削減を意味する。
スナップチャット(Snapchat)の親会社であるSnapでは、ほとんど収益を生まない突拍子もないプロジェクトや楽しいだけのプロジェクトが動いていた時代は終焉を迎えた。同社は最近、大量のレイオフを実施したが、それにとどまらずミニドローン「Pixy」やアクセラレータプログラム「Yellow」を閉鎖。また、テレビおよびストリーミング事業の大半とゲーム事業全体の閉鎖を含むコスト削減を進めている。
代わりに、Snapはメッセージングやフィルター機能といった「中核的な強み」に集中すると、創業者兼CEOのエヴァン・シュピーゲル(Evan Spiegel)は2022年9月のCodeカンファレンスで発表している。
長期的な賭けは報われない
厳しい市場環境によりさらなる効率化を迫られているという事情はあるが、ムーンショットが何年経っても実を結んでいないというのもまた事実だ。
2015年、グーグルはムーンショットの哲学を新会社アルファベットとして組織化し、これらの試みを個々の会社で実現するための場所を作った。アルファベットの傘下にあるウェイモやライフサイエンス研究企業ベリリー(Verily)などいくつかの試みは、ほとんど収益を生まないものの見込みはある。一方で、高速インターネット接続用の気球を製造していた子会社のLoonのように閉鎖された企業の例もある。
気球を地球上にいくつも浮かべることで、高速インターネット接続を可能にするLoonプロジェクトについて語るグーグルのセルゲイ・ブリン共同創業者。2015年撮影。
Reuters
グーグルのムーンショット部門であるグーグルXを率いるアストロ・テラー(Astro Teller)は、社員に新しいプロジェクトに恐れずに挑戦をするよう促すため、失敗にも価値があると説いている。
しかし予算とプロジェクトの精査が厳しくなり、アイデア実現化に着手するのが難しくなったと社員は言う。また、2人の元社員によると、グーグルXはベンチャーキャピタル(VC)出身でビジネス経験豊富な幹部を多く採用したせいか、この2年は外部の資金源からプロジェクトをサポートする方法を模索する会話が社内で増えたという。
「VCから出資を受けるとリターンや市場のことを考えるようになり、ムーンショットのあるべき姿と真逆の方向にいってしまう」とある元社員は言う。
テラーは2018年、ウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューなどで次のように語っている。
「我々の仕事はアルファベットのために新規事業を作ること。うまく行けばグーグルがしてきたように、世の中の役に立つ、価値のあるものに育つのです。高いハードルを越えなければなりませんが、それが我々の志です」
アマゾンのグランド・チャレンジも、2021年に初の最高事業責任者であるトム・スライ(Tom Sly)を採用したにもかかわらず、成功には苦労している。
最も有名なスピンアウトである遠隔医療サービス部門「アマゾン・ケア(Amazon Care)」は、2022年8月に突然閉鎖された。スマートグラス「Echo Frames」やバーチャル旅行サービス「Amazon Explore」など、グランド・チャレンジから生まれた他のプロジェクトも、ほとんど成果を上げていない。
アマゾンは現在、3Dプリント、サプライチェーンマネジメント、健康治療学にまたがる野心的プロジェクトを進めていると、グランド・チャレンジの事情をよく知る関係者は話す。しかしプロジェクトの多くは財政的に持続可能な状態からは程遠いため、会社はリソースを絞るのではないかと内部関係者は懸念している。
「数千万人、数億人に影響を与えるようなグローバルな問題を解決できる策があるなら、最終的にはその解決策が自力で収益を上げられるような計画を描きたい」と、前グランド・チャレンジ副社長のパルヴィズは2022年3月の社内懇談会で語っている。
一方、マイクロソフトでは、極めて革新的なアイデアである「ホロレンズ(HoloLens)」の行く末が不透明になりつつある。Insiderは2022年2月、マイクロソフトが内部で「Project Calypso」と呼ばれる次期ホロレンズヘッドセットの計画を中止したと報じた。
共同開発者のアレックス・キップマン(Alex Kipman)が女性社員に不適切な振る舞いをしたという疑惑をInsiderが報じた後、キップマンは6月に辞任し、同部門は解散してしまった。
基本に立ち戻るビッグテック
とはいえ、大手のテック企業は今でも興味深いチャレンジに投資している。アマゾン社内には、がんワクチン、ドローン配送サービス、量子コンピューティング、倉庫の自動化など、秘密のプロジェクトが走っている。
ある社員によると、これらのプロジェクトは、グランド・チャレンジの「絵に描いた餅」のようなアイデア以上の進化を遂げたという。
マイクロソフトの担当者によると、同社はAIなどの分野で大規模かつ長期的な社内横断プロジェクトを行っているが、2022年度にはこれらの研究開発に250億ドル(約3.6兆円、1ドル=144円換算)を投じたという。
フェイスブックストアを訪れたメタのマーク・ザッカーバーグCEO。
Facebook/Meta
フェイスブックは2021年、メタバースの構築に注力すべく社名を「メタ(Meta)」に変更し、まさに会社自体を一つの大きなムーンショットにしようとしている。CEOのマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)の狙いは、アバターを使って人々がオンラインでシームレスに交流する没入型のデジタル世界の最前線に自社を位置づけることだ。
しかし、メタバースをはじめとするVR技術の開発担当部門「リアリティ・ラボ(Reality Labs)」の損失は膨らんでいる。ザッカーバーグは2022年4月に「我々のビジネスを水平軌道に戻したい」と述べ、こうした新規投資の「ペースを落とすつもりだ」と語った。
アルファベットはこの1年半の間に、自社のムーンショット部門から「エブリデー・ロボティックス(Everyday Robotics)」「イントリンシック(Intrinsic)」という2つのロボット企業をスピンアウトさせた。グーグル・ラボ(Google Labs)はAR/VR分野でさらに未来的なプロジェクトに取り組んでいる。
だがピチャイに近い複数の人物によれば、クラウドとAIを自身の壮大なプロジェクトとして掲げるピチャイのもと、グーグルはこれらの分野により一層注力しているという。
かつてブリンはGoogle I/Oカンファレンスで、グーグルグラス(Google Glass)のデモのためにスカイダイビングをしてみせたが、グーグルは2022年の同カンファレンスで、AIがウェブ検索のあり方や地図の使い方をどう変えるかを話題にした。
社員の中には、ブリンら創業者たちを駆り立てたウェイモ並みのチャレンジをピチャイがしようとしているのか懐疑的な者もいる。グーグルXの元幹部社員は次のように語る。
「サンダー(・ピチャイ)は実行の人。成功している船に波風を立てないよう、非常に慎重に立ち回るタイプなんです。間違っても、『グーグルXにもっと金をつぎ込むべきだ、だってグーグルの未来なんだから』なんて言う人ではありません」
(編集・大門小百合)