育休で学べるスキルはビジネスにも役立てられる。今回は具体的にどう役立つのか解説したい。
shutterstock、今村拓馬撮影
改正育児・介護休業法が順次施行され、2022年10月からは、子どもが産まれてから8週間以内に育休を2度分割して取得できる「産後パパ育休」制度もスタートしました。
一方で、2021年の男性の育休取得率は13.97%に留まり、育休取得期間の64.7%が1カ月未満です。制度を整えただけでは、男性の育休取得は進みそうもありません。
育休を取得する側からすると、さまざまな不安が頭をよぎります。収入はどの程度下がるのか、キャリアに悪影響は出ないか、スキルや能力が落ちないか、などなど。
ただ、これらの不安要素の中には育児や家事など家周りの仕事に一所懸命取り組むことで対処できるものがあります。
私は20年にわたり4つの会社で管理職を経験し、2021年からは「兼業主夫」として4人の子供を含めた家庭をマネジメントする立場になりました。
今回はそんな私の経験から、「育児や家事に取り組む期間は決してブランクではない」と伝えたいと思います。
育児・家事で磨かれるソフトスキル
育児や家事では「ソフトスキル」を伸ばすことを意識したい。
撮影:今村拓馬
育児・家事が職場でどう役立つのか?
ずばり、その1つが「ソフトスキルの維持または向上」です。
資格や職務経験など、客観的に評価しやすい職歴・技術・知識はハードスキルと呼ばれます。それに対し、リーダーシップや企画力など、定性的でどんな仕事でも必要とされる基礎的な素養がソフトスキルです。
一般に、家周りの仕事に専念している期間はブランク(空白)として見なされます。しかし、実際は何もしていない訳ではなく、家周りの仕事をオペレーションしている「家オペ期間」です。
その間、家仕事を切り盛りする中で、「家オペ力」が身に付き、同時に職場とは異なる経験を積みながらさまざまなソフトスキルも磨かれていきます。
家オペ力に性別は関係ありません。男性が育休取得して家オペ力を身に付けた際にも、ソフトスキルが磨かれます。
ただし、一所懸命育児に取り組むことが前提です。形だけ育休をとり、実態は家でゴロゴロしているということでは家オペ力など身に付くはずがありません。
「段取り力」…寝ている間に家事
赤ちゃんの世話で磨かれるスキルもある。
撮影:今村拓馬
育児で身に付く家オペ力によって磨かれそうなソフトスキルをいくつか挙げてみます。
例えば、段取り力。赤ちゃんは、24時間いつ泣きだすかわかりません。家事をしていても、赤ちゃんの泣き声で手を止めなければならないことなどしょっちゅうです。
そのため、赤ちゃんの様子を見ながら段取り良く家事を進めるスキルが磨かれます。
ミルクを飲んで寝静まったから、この間に洗濯物を取り込んで畳み、できれば夕飯の支度も済ませてしまおうといった具合に、瞬時にその場の状況から判断して最適な段取りを頭に描き実践する、ということを日々繰り返します。
しかし、赤ちゃんは親の都合通りには動いてくれません。「いまは機嫌良く寝ているな」と思いながら炒め物をしていたら突然泣き出す、なんてこともあります。するとすぐに火を止めて赤ちゃんのもとにかけより、赤ちゃんをあやしながらこの後の段取りを再設定します。
毎日このようなことを繰り返していると、否が応でも段取り力は磨かれることになります。
「問題解決力」…原因不明の泣き出し
適切なソリューションを考えるのは仕事でも同じ。
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また、育児は問題解決力も磨きます。
赤ちゃんは泣くことでしか意思表示ができません。「なぜ泣いてるの?」と聞いても答えてはくれないので、赤ちゃんが泣きだすたびに原因を突き止めて、解決するということを繰り返します。
たっぷりとミルクをあげたのでご機嫌になるかと思いきや泣き止まず、変だなと思っていたらおむつが汚れていたとか、泣き止まないのはおかしいなと思って額に手を当ててみたら熱があったなんて場合もあります。
赤ちゃんがご機嫌な状態という“理想”に対し、泣いているという“現実”との間にあるギャップが“問題”です。
問題を解決するために原因を特定し、適切なソリューションを導き出さなければ赤ちゃんは泣き止まない、というメカニズムはビジネスシーンと変わりません。
他にもお風呂に入れたり、寝かしつけたり、一緒に買い物に出かけたりするのも育児ならではの経験です。
また、幼い兄弟姉妹がいればその子たちの子育ても加わるので、難易度はさらに上がります。そんな経験の中でもまれながら、ソフトスキルは磨かれていきます。
家事は「エンジニアの仕事」に似てる?
育児以外にも、家周りの仕事は多種多様です。
料理、洗濯、掃除、家計管理、ママ友やパパ友との交流、子どもの習い事、PTA、自治会またはマンション管理組合、親せき付き合いなど。料理なら毎日家族が飽きないように献立を考える企画力、家計管理ならコスト改善や数値感覚などが磨かれます。
以前、エンジニアパパたちと座談会を行ったことがありますが、そこで印象的だったのは、「効率よく家事をこなす段取りを考えるのは、エンジニアがクリティカルパス(全工程を終わらせる経路)を意識して、開発に携わるのと通じるものがある」という声でした。
他にも探してみると、育児や家事に隠されたビジネスシーンとの共通点が色々と発見できそうです。
近所付き合いで「コミュニケーション力」アップ
家事で身につくソフトスキルを項目別に整理してみた。
筆者作成
例えば身近なところでは、家仕事のワンシーンである「ご近所づきあい」でも「コミュニケーション力」が磨かれますが、これも大事なソフトスキルの一つです。
具体的事例を考えてみます。
『県外から転居して以来、近所の20代から80代まで幅広い層の方々と交流し、畑で採れた野菜をいただいたり、逆に旅行先のお土産を贈ったりとご近所づきあいを続けている』
この事例を整理すると、以下3点のコミュニケーション力を磨いてきたことが確認できます。
- 新しい環境でイチから人間関係を築く
- 幅広い年齢層の方々とおつきあいできる
- 親しい関係を長く継続させることができる
これらのコミュニケーション力は、ビジネスシーンでも活かせるものです。1であれば、転職や異動の際に、新しい職場でも円滑な人間関係を構築できる素養だと言えます。
2は、幅広い年齢層の顧客や同僚に上手く対処できる素養です。3からは、顧客や同僚たちと長く良い関係を保てることがイメージできます。
このように家事・育児スキルがどうソフトスキルと対応するのか、分析して考えてみるのも有効だと思います。
「育児家事の大変さを知る」ことの価値
育児・家事の負担の理解は、管理職に求められるスキルだ。
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ただ、仕事に活かせるソフトスキルを磨こうと、ピンと糸が張り詰めた状態で育児を続けていると、あっという間に疲弊してしまいます。
育児は24時間365日体制です。職場のように勤務時間が決められている訳ではありません。ほどよく息抜きしなければ、潰れてしまいます。
育児や家事の大変さについて身をもって知ることは、特に経営者や管理職にとって重要だと言えます。
これからの時代、職場は勤務時間を少なくし、しっかり有休を取得し、性別を問わず育休取得できるような環境の中で成果を出していくことが求められます。
会社のことしか知らず、家庭の状況をイメージできずに適切なマネジメントを行うのは困難です。
でも、スキルよりも大切なことは…
ただし、正直、家オペ力を高めたとしても、仕事にもたらす効果は人によって異なると思います。
それでも、家オペ期間がブランクになることはありません。必ず仕事にも活かせる学びを与えてくれます。
ただ、育児から徐々に解放されるにつれ、「仕事に活かせるか否かは副次的な意義に過ぎない」と感じるようになっていくかもしれません。
なぜなら、ソフトスキルが磨かれること以上に、子どもと共有したかけがえのない時間そのものに大きな意義があったと気づくからです。
(文・川上敬太郎)
川上敬太郎: ワークスタイル研究家。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。広報・マーケティング・経営企画・人事等の役員・管理職を歴任し、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。所長として立ち上げた調査機関「しゅふJOB総研」では、延べ4万人以上の主婦層の声を調査。現在は「人材サービスの公益的発展を考える会」主宰、「ヒトラボ」編集長の他、執筆・講演等を行う。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。