日本の外食チェーンは中国市場に進出と撤退を繰り返している。
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うどんチェーンの「はなまるうどん」が中国から撤退し、海外店舗がゼロになると報じられた直後の9月中旬、「『はなまるうどん』は海外から撤退、『丸亀製麺』は海外出店を加速…明暗を分けた差は “現地化” の覚悟」というタイトルの記事がヤフートピックスに掲載されたが、実はトリドールホールディングスが運営する丸亀製麺も中国では苦戦しており、撤退が決定的になっている。
また、同記事で中国市場での成功事例として紹介された「味千ラーメン」もここ数年は低迷続きで、現地では「凋落する日本料理チェーン」の象徴とされている。コロナ禍での営業制限が飲食産業に大打撃を与えているほか、中国企業の成長、消費者の成熟などさまざまな要素が日本の外食チェーンの生存空間を圧迫している。
ゼロコロナ、外食産業全体に壊滅的な打撃
丸亀製麺も上海ロックダウンを機に、店舗を一気に閉鎖した。
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はなまるうどんの中国撤退は、親会社である吉野家ホールディングスが8月末の臨時報告書で公表した。2010年に行われた上海万博での出店を経て、翌2011年に中国に正式進出。上海を皮切りに青島や武漢、深圳など最大5都市に展開し、2018年9月には37店舗まで増やした。ただ、撤退が公表された8月時点では、上海で1店舗を運営するのみになっていた。
日本ではほとんど報じられていないが、現地の報道によると、はなまるの競合で、海外10カ国・地域に214店舗(2022年4月現在)を展開する丸亀製麺も中国本土から撤退したようだ。公式サイトの店舗一覧にも、中国本土の店舗は存在しない。
丸亀製麺は2012年3月に上海に中国1号店をオープンし、2015年3月までに100店舗を目指すと宣言していた。現地報道などによると、2020年に上海、北京など5都市で45店舗を展開するまで成長したが、コロナ禍で出店がストップ。今年春の上海のロックダウンで大打撃を受け、封鎖解除後一気に閉店を進めたという。
丸亀、はなまるという日本の2大うどんチェーンが相次ぎ中国本土から撤退した直接的な理由は、コロナ禍だろう。2020年初めのコロナウイルス流行開始以来、どの国でも外食産業は大打撃を受けているが、特に中国は感染力の高い変異株が流行する中でも「ウイルスとの共存を許さない」ゼロコロナ戦略を貫徹し、ロックダウンや店舗休業を断行している。
はなまるうどんの親会社である吉野家ホールディングスが運営する吉野家も、中国事業は不振が続いている。吉野家ホールディングスの2022年1-3月の海外売上高は、アメリカ、ASEAN市場は2ケタの伸びとなったのに対し、中国市場は前年同期比75.2%、コロナ前の2019年同期比では68.1%と厳しい状況にある。4-6月は上海ロックダウンの真っただ中だったため、さらなる業績悪化は確実だ。
8月末には上海吉野家快餐の大株主で、経営にも関与する上海錦江戸国際餐飲投資管理有限公司が、上海吉野家の株式の約10%の売却を計画していることも明らかになった。
日本企業以外もコロナ禍の爪痕は深く、スターバックスの2022年4-6月の中国市場の売上高は、前年同期比40%減の5億4000万ドル(約780億円、1ドル=145円換算)。既存店売上高は同44%、客単価は1%減少した。
吉野家は日本の外食チェーンの中では飛び抜けて早い1996年に中国に進出し、500店舗以上を展開している。1999年に中国上陸したスタバも、6000店舗を運営する。これくらいの規模だとライバルの弱体化を待ちつつコロナ禍の収束まで耐えることもできるが、中国での店舗数が50に満たず、思うように拡大できていない海外の外食チェーンが、撤退を選ぶのも仕方ないだろう。
日本企業の成功事例少なく
日本から進出した麺料理店は、ローカルの麺料理店に比べ割高感が否めない。
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中国本土からの撤退を選ぶ日本の外食チェーンは今後も出てくるだろう。ただ、そもそもの話として、日本の外食チェーンの中国での明確な成功例は少なく、2000年ごろから進出と撤退が繰り返されている。
2002年に山東省青島に2店舗を出店したリンガーハットは、経営が軌道に乗らないまま2005年に撤退、2005年に遼寧省大連市に進出し「街中華の輸出」と話題になった餃子の王将も、大連で数店舗のみを運営する状況が続き、2014年に現地法人を解散した。2010年に上海に進出したロイヤルホストは1店舗の運営にとどまり、2014年に撤退した。
撤退の理由は「人材確保が難航」「売り上げ不振」など共通点が多い。外食チェーンは迅速なチェーン展開による効率化が黒字の鍵で、数店舗~数十店舗体制だと食材調達や物流も含めてコストが高くなる。現在はペッパーランチ、CoCo壱番屋などが中国で店舗展開しているが、100店舗以上に広げたのは吉野家、サイゼリヤくらいで、日本の成功体験を再現することの難しさが浮き彫りとなっている。
中国進出の成功例としてたびたび名前が挙がるのが、熊本に本店があり、中国で約600店舗を展開する「味千ラーメン」だが、同ブランドも中国では「陳腐化した日本ブランド」の代表事例として語られることが多い。
日本で味千ラーメンを運営する重光産業(熊本県)は、中国の経営について、フランチャイズ契約を結んだ香港の企業「味千中国」に任せ、原料提供や品質管理でサポートする体制を取っている。味千は現地事情を熟知したパートナー企業に采配の大部分を任せたことで、2000年代から2010年代前半にかけ中国で急成長し、日本の7~8倍もの規模に拡大した。
2015年3月には「5年間で1000店舗体制にする」と発表したが、店舗数は当時からほとんど増えていない。8月下旬に公表した2022年1-6月決算では売上高が前年同期比33.1%減の6億7700万元(約135億円、1元=20円換算)、純損益は1億3600万元(約27億円)の赤字だった。急激な業績悪化はコロナ禍の影響もあるものの、2011年ごろから厨房の不衛生な環境などがたびたび暴露され、ブランド力の低下は否めない。
撤退後、再進出の動きも
中国の調査会社やメディアは、2004年と2016年が日本外食チェーンの中国参入のピークだったと分析する。前者は外食産業の海外進出の走りの時期で、後者は人口減による国内市場の縮小が背景になっている。
ただ、中国市場の変化のスピードは日本より数倍速く、数年前の成功体験が通じない世界でもある。日本企業が苦戦している最大の理由は、中国企業の成長と中国消費者の成熟だろう。
2000年代までは「日本料理」そのものに「トレンド」「豊か」というイメージがあったが、今は新鮮さが薄れ、かつ「外国料理」というカテゴリーではタイ料理などライバルも多い。また、日本料理を中国人好みにカスタマイズした中国資本経営の日本料理店も人気を集めている。うどんやラーメンは、「庶民の食」にカテゴライズされるが、中国人にとっては食べ慣れた味でない上に、ローカルの麺料理店に比べると割高で中途半端な立ち位置にある。
中国企業の攻勢を受けているのは他の外資も同じで、6000店舗体制のスタバでさえ今の出店ペースでは優位性を保てないと判断し、2025年までにさらに3000店舗増やす目標を公表した。
国内市場に成長余地がない日本企業にとって、中国は難しくても挑戦するべきマーケットだ。2020年に中国から撤退したワタミは2021年に、2016年に撤退した大戸屋ホールディングスも2020年に再進出を表明した。はなまるうどんの中国撤退を受けて吉野家ホールディングスの株価は下落したが、コロナ禍での撤退は、完全な敗戦というわけでもなく、態勢立て直しのための好機と捉えることもできるだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。