2022年の中間選挙が迫っている。メリーランド州知事候補の選挙応援をするバイデン大統領(2022年8月25日撮影)。
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11月8日のアメリカ中間選挙までほぼ1カ月。過去のほとんどの大統領にとって、1期目の中間選挙は鬼門だ。中間選挙をきっかけに自分の公約実現を諦めてしまった大統領も少なくない。なぜそうなるのか。中間選挙の特徴をまとめたうえで、今年の動向を展望する。
中間選挙はただの“中間テスト”ではない
そもそも「中間」という言葉に騙されているかもしれない。
中間選挙は2年に一度の議会選挙であり、下院(任期2年)は435人全員改選、上院(任期6年)100のうち3分の1が改選となる(今回は引退議員分の補選2を合わせて35が改選)。
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日本でいえば衆参ダブル選挙だ。さらに選挙当日の11月8日は、同時に今年は36州の州で州知事選挙や市長、町長などの首長選もある。
それだけではない。アメリカ的かもしれないが教育長、州裁判官、保安官などの選挙を公選制にしている州や地区もあり、その選挙も同時に行われる。
中間選挙を「大統領の政策運営の中間テストである」と表現する説明も日本では多く、それは正しいのだが、中間選挙に対して中途半端なイメージを生んでいる気もする。
中間選挙の実態は、さまざまな選挙が一気に行われる全米で一斉の選挙日(election day)だ。2年ごとに大きな選挙日があり、たまたま、うるう年の選挙日は大統領(任期4年)も選ぶことになる。
与党が議席を減らす中間選挙の法則
この中間選挙には法則めいたものがある。
その中でも「大統領の政党(与党)は議席を減らす」というのが法則中の法則だ。
中間選挙の投票率は50%ほどで大統領選挙より10%ポイント以上も低い。その中で投票をするのは政治や社会の現状に不満を持つ層である。「現状を生み出した原因は大統領側の政策」ととらえ、大統領の政党ではなく、対立党の支持者の方がより多く投票所に向かうのが中間選挙の傾向である。
実際、歴史的に見ても大統領の政党は振るわない。第2次世界大戦以降に行われた20の中間選挙で、大統領の政党は平均して下院は26議席、上院は4議席を失っている。
特に近年は、大統領1期目の最初の中間選挙の下院選は鬼門中の鬼門である。
トランプ政権時の中間選挙(2018年)では、共和党は下院で40議席を失った。その前のオバマ政権の1期目の中間選挙(2010年)では、民主党は下院で63議席減となった。
大統領の政党が中間選挙でこれほど下院の議席を減らしたのは1922年の共和党・ハーディング政権(77議席減)以来だった(下院選挙が大統領選挙と同時に行われた年も合わせれば、現職大統領の政党が下院で失った議席数としては、1932年の共和党フーバー政権の101議席減以来である)。
例外は「恐慌」「戦争」時
9.11直後、がれきの山と化したワールドトレードセンターで消防士らを激励するブッシュ大統領(当時)。この翌年の中間選挙では、ブッシュ大統領が属する共和党は上下両院で議席を増やした。
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民主党と共和党の2大政党となった1850年代以降、上下両院で大統領の政党が議席増となったのはそもそも2002年と1934年のたった2度しかない。
2002年の中間選挙はブッシュ政権が進めた「テロとの戦い」の最中であり、共和党は上院で2議席増、下院で8議席増だった。
フランクリン・ルーズベルト大統領(民主党)の1期目の中間選挙だった1934年は大恐慌からの回復中で、ナチスドイツの台頭など第2次世界大戦に向けての国際情勢が揺れた時期だった(民主党は上下両院でいずれも9議席増)。
このように大統領の政党が中間選挙で議席を伸ばすのは、例外中の例外であり、恐慌からの回復期や戦争などの特殊事情が関連している。
大統領の政党が善戦したこの2つの例外のうち、ルーズベルトもブッシュも大統領に再選された2年後の中間選挙では自分の政党の議席を大きく失っている。
ルーズベルトはアメリカの歴史の中で唯一4選された大統領だ(その後、憲法修正で大統領は2期までと定められた)。ただ、2期目も3期目も中間選挙では所属する民主党は大敗している(4期目は中間選挙の前に死去)。
このように中間選挙は、大統領の政党にとって大敗が当たり前のようになっている。
中間選挙は政権の分岐点
もう一つの中間選挙の法則は、中間選挙の結果をめぐって、大統領のその後の政策運営が一変するという点だ。中間選挙で自分の政党が議席を減らすため、大統領の進めたい政策が滞ってしまい、政策運営は非常に困難になる。
特に最初の中間選挙で足をすくわれた大統領も数多い。
トランプ政権は最初の2年間は上下両院とも多数派は共和党だったため、2017年末には大型のトランプ減税を共和党主導議会とともに成立させることができた。
しかし、2018年の中間選挙で民主党が下院の多数派を奪還すると、その後は国境の壁、オバマケア廃止などトランプ大統領が選挙公約として掲げた政策のほとんどが立法化されなかった。
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オバマ政権も同じだ。最初の2年間は上下両院とも多数派は民主党だったため、オバマケア、大型景気刺激策、ウォール街改革という3つの大きな法案を民主党主導議会とともに成立させていった。
しかし2010年の中間選挙で共和党が下院の多数派を奪還すると、状況は一気に変わった。2012年にオバマ自身は再選されたものの、下院は共和党の多数派が維持され、さらに2014年中間選挙では上院も共和党が多数派となった。
これによって上院が承認するオバマ政権の政治任命職(連邦裁判所、大使など)が大きく止まってしまった。2016年に最高裁判事の任命を行ったが、上院は審議すらしなかった。それが現在の最高裁の超保守化にもつながっている。
2010年の中間選挙後からの6年間、オバマ政権はまるで「レームダック化」したようなものだった。オバマの場合、最初の2年には医療保険改革に代表される大きな政策を実らせたが、その後の「何もできなかった大統領」という辛辣なニックネームは最初の中間選挙後の6年間のものだ。
オバマもトランプも大きくつまずいたが、さらに大きな潮目となったのが1994年の中間選挙のビル・クリントンであろう。
クリントンは1992年の大統領選挙で若さをPRして大統領に当選したものの、当選後の政策運営は妻・ヒラリーに任せた医療保険改革が頓挫したように若さゆえのアマチュアさが目立った。
それをついたのが1994年の中間選挙で共和党下院をまとめたギングリッチだった。ギングリッチは減税や財政削減、規制緩和などを謳ったスローガン「アメリカとの契約」を掲げ、「こちらはアマチュアではなく、プロの効率的な政策運営」といったイメージを定着させた。
それもあって選挙では共和党が下院の議席数を飛躍的に伸ばし、1952年以降ずっと多数派だった民主党を少数派に転落させた。選挙後、ギングリッチは下院議長に選出され、その後も一気にクリントン政権を追い詰めていった。この一連の流れは「共和党革命」「ギングリッチ革命」と言われる。
今に至る激しい党派対立の原点がこの1994年の中間選挙でもあった。防戦一方となったクリントンは、1994年の中間選挙後は共和党に妥協的な姿勢をとる路線に舵を切らざるを得なかった。それを象徴するのが1996年の一般教書演説の「大きな政府の時代は終わった」という言葉である。
1期目の中間選挙はテロとの戦いで乗り切ったブッシュ政権の場合、2期目の中間選挙(2006年)でつまずいた。この選挙で共和党は上下両院で多数派を失った。その後の2年間は議会民主党が連日開いた公聴会でイラク戦争の過ちを糾弾され、ブッシュにとっては政策運営どころではなかった。
中絶問題、トランプ…民主党はどこまで盛り返せるか
それでは2022年の中間選挙はどうなるだろうか。
各種世論調査では民主党政権が盛り返してはいる。6月ごろまでは共和党が上下両院で圧勝する「レッドウェーブ」となる観測が非常に大きかった。しかし、7月半ばの段階から民主党が追い上げており、「今投票するならどちらの党に」といった各種世論調査でほぼ互角となっている。
共和党と民主党の勢力は複数の世論調査で拮抗している。
出所:RealClear Politics
大きく流れを変えたのはやはり、6月の最高裁の人工妊娠中絶の判決だ。人工妊娠中絶を州が禁止できるというこの判決で、リベラル派が強く反発し、共和党側が不利になりつつある。
この機に乗じて民主党側は「共和党は女性の権利を奪う」「福音派の主張は過激すぎる」というイメージ作りに成功している。2021年1月6日の議会襲撃をめぐる公開公聴会も、トランプ時代を嫌悪する民主党にとっては追い風である。
しかし民主党側がかなり盛り返していたとしても、現在の情勢はまだ厳しい。
というのも、そもそも現在は上下院いずれも民主党が多数派だが、下院は8議席差、上院は50対50と歴史的な僅差である。
筆者・編集部作成
前述のように第2次世界大戦以降の20の中間選挙で、大統領の政党は平均して下院は26議席、上院は4議席を失っている。この数字を現状の共和党と民主党の議会の勢力に当てはめると、民主党にとって多数派を維持するのは絶望的にすら見える。
ただ、上院は35改選のうち今回は6年前の選挙結果の影響で共和党議席が21、民主党14なので、共和党側に7つのハンディがある。こちらはいまのところ微妙だ。
「怒り」が選挙動員の鍵
特にMAGA(「アメリカを再び偉大な国に〔Make America Great Again〕」の意)と呼ばれる層の間では今もトランプ氏の復活を望む声が根強い。FBI強制捜査に揺れるトランプ氏の趨勢も今回の中間選挙の争点のひとつだ。
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民主党はこの大苦戦予想をどこまで跳ね返すことができるだろうか。民主党側の状況が変わるとしたら、それは支持者を投票所に向かわせるための動機付けに成功することであろう。
大統領の政党が中間選挙を優位に進めるには、上述のように経済恐慌や戦争などの特殊な状況が必要だった。特殊な現状を打破するために「投票しなければならない」という動機が高まっていった。
特に支持層を確実に動員させるために必要なのが、強い感情である。「怒り」と言ってもいいかもしれない。そのため、心の琴線に触れるような争点を民主党、共和党ともに明確に打ち出している。
例えば上述の妊娠中絶禁止だけでなく、インフレ、非合法移民対策、銃規制、教育の場での差別教育の在り方を問う批判的人種理論などがその争点だ。
これに加えて、「トランプ」も重要な争点だ。民主党支持者にとって、トランプ政権時代は悪夢でしかなかった。議会襲撃事件に対する否定的な感情が民主党支持者には追い風となる。逆に共和党側にとってはFBIのトランプ邸強制捜査そのものが「不当なもの」として強い反発につながる。「魔女狩り」「バイデン政権の陰謀」という共和党支持者向けのアピールをトランプ側は主張し続けている。
中国もウクライナも重要な争点だが、今のところ優先順位は高くない。ただもし情勢が大きく変わったら、こちらも一気に争点化するであろう。
いずれにしろ、民主党は「大苦戦予想」をどこまで跳ね返すことができるか。やはりバイデン政権にとっては大きな難関となるのかどうか。これからの動向が非常に注目される。
(文・前嶋和弘)
前嶋和弘(まえしま かずひろ):上智大学総合グローバル学部教授(アメリカ現代政治外交)。上智大学外国語学部卒業後、ジョージタウン大学大学院政治修士過程、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了。主要著作は『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』『アメリカ政治とメディア』『危機のアメリカ「選挙デモクラシー』『現代アメリカ政治とメディア』など。