ソニーの新製品「NOS-DX1000」とそのアプリケーション。
撮影:小林優多郎
ソニーは10月5日、学術研究向け新製品「におい提示装置 NOS-DX1000」を発表した。価格はオープン価格で、2023年春に発売予定。
NOS-DX1000では、独自の制御技術により周囲の環境に関わらず、任意のにおいを再現できる。医療機関や研究機関、自治体などでの嗅覚トレーニング、嗅覚測定などへの利用が期待されている。
嗅覚測定をDXする装置、鍵は「瞬時に無臭にできること」
ソニー 新規ビジネス・技術開発本部 事業開発戦略部門 ビジネスインキュベーション部 嗅覚事業推進室 室長 藤田修二氏。
撮影:小林優多郎
NOS-DX1000は「嗅覚測定をDXする」装置だと、5日の発表会に登壇したソニーの嗅覚事業推進室室長の藤田修二氏は語る。
従来の嗅覚測定は、複数のにおいの種類や強さごとに1種類ずつ瓶から試験紙に染み込ませ、被験者に嗅がせるといった作業をしていた。
時間がかかるだけではなく、1度出したにおいの拡散を防ぐための特別な部屋や脱臭装置を用意する必要があり、コストもかかっていた。
例えば、今回の協業相手で、製薬企業の第一薬品産業が販売する「T&Tオルファクトメーター」を使った嗅覚検査の場合、全39種(5種類の臭素・7〜8段階の濃度)の組み合わせで検査をするが、所要時間は1人あたり約20分かかるという。
従来の検査方法を解説する金沢医科大学 耳鼻咽喉科学の三輪高貴教授。
撮影:小林優多郎
NOS-DX1000とその検査用のアプリを使った場合、検査から記録まで一気通貫で行えるため、「10分以上の時間削減につながる」(第一薬品産業関係者)という。
また、同じく第一薬品産業の関係者はNOS-DX1000の強みは「さまざまなにおいを出せる」ことではなく、「においを出した後にすぐに消臭できる」点にあるという。
前述の通り、においの取り扱いは非常に難しい。直前に出したにおいが残っていたら、正確な測定ができないからだ。
機械でにおいを嗅いでいる筆者。
撮影:小林優多郎
しかし、NOS-DX1000はその影響を極力抑える工夫が施されている。臭素を封じ込めておくカートリッジの機密性のほか、本体に内蔵された脱臭機構も働いている。
筆者も4種類ほどNOS-DX1000でにおいを嗅いでみたが、においが出てから収まるまでの時間の短さには驚いた。においが噴出されてから感覚的には数秒で無臭になっていた。
本体部品を持つソニー 新規ビジネス・技術開発本部 副本部長の櫨本修氏。
撮影:小林優多郎
なお、NOS-DX1000は現状ではあくまで研究用の製品のため、実際の診察や健康診断の現場では利用できない。
しかし、ソニーの新規ビジネス・技術開発本部 副本部長の櫨本修氏は「診療の現場で使われるためには保険診療であることが重要と理解。薬事申請に向けてパートナーと進めていきたい考え」としており、各種認可を得るには「1年ほどかかるのではないか」としている。
ソニーの既存技術を発展・転用、メタバース事業とのシナジーも
ハードウェア的な特徴。
撮影:小林優多郎
医療研究用途となっているNOS-DX1000だが、その技術面やビジネス展開は実にソニーらしさがある。
技術面としてソニーらしさを感じる代表的なところでは、においの制御技術と交換パーツの素材についてだ。
NOS-DX1000に搭載されたにおいを確実に閉じ込め、必要な時には正確に噴出させる制御技術「TENSOR VALVE(テンサーバルブ)」という。
この技術は元を辿れば、ソニーが2016年に展開した個人向けパーソナルアロマディフューザー「AROMASTIC(アロマスティック)」のノウハウが生きている。
約6年前に発表された「AROMASTIC」だが、当時からにおい提示の機能に関する要望を受けていたという。
撮影:小林優多郎
また、においを被験者に正確に届けるためのパーツ「ノーズガイド」は、鼻や口元が触れるという特性上、一定の回数の利用ごとに交換が必要になるパーツだ。
これには原材料として、もみ殻由来の多孔質カーボン素材「Triporous(トリポーラス)」と、短年成長植物や古紙を使った紙素材「オリジナルブレンドマテリアル」という、2種類のソニーの環境配慮素材が使われている。
本体の灰色の部分がノーズガイド。しっかりとしているが、卵を包む紙パックのような質感のイメージだった。
撮影:小林優多郎
このように技術的にはソニーが持っていたものをうまく転用・発展させたものだが、ビジネス面でも既存のものとシナジーがあると同社は考えている。
特に櫨本氏は現時点では「実空間にどう使えるか」というアプローチと話すが、可能性として「バーチャル空間にも活用できないか検討している」とも話している。
技術を既存の事業にも展開していきたいソニー。
撮影:小林優多郎
ソニーグループの吉田憲一郎 会長兼社長 CEOは6月のBusiness Insider Japan掲載のインタビュー時に投資領域の一つとして「メタバース」を上げている。
NOS-DX1000が、このメタバース事業に直接関係してくるとは考えづらいが、においを自在に制御できる技術自体は、メタバースを楽しむ幅が広がる技術とも取れる。
櫨本氏は、NOS-DX1000の発表によって「オープンイノベーションという考え方で、何らかの想像力を喚起して、新しいものや価値を(他社とも協力して)提供していくことを期待している」と述べている。
(文、撮影・小林優多郎)