Kiwi FarmsをホストしてきたCloudflareは9月、「人命への脅威」を理由に同サービスをブロックした。
(出所)Cloudflareブログより。
つい先月まで、オンライン上でのハラスメントが組織化されるプラットフォームとして知られていた「Kiwi Farms」が機能不全状態に陥った。
私がこのプラットフォームの存在を知ったのは、2019年、ニュージーランドで、白人至上主義者のブレントン・ハリソン・タラントが、祈祷の時間を狙って複数のモスクを襲撃し、銃を乱射して49人を殺害する事件が起きた時のことだ。
犯人がFacebookでライブ配信した動画と犯行声明「マニフェスト」がKiwi Farmsに再ポストされ、賞賛されていただけでなく、プラットフォームの管理者がニュージーランド当局からの削除要請と情報提供を拒否し、ニュージーランドからのアクセスがブロックされたことが話題になっていた。
2019年、ニュージーランドのクライストチャーチで銃撃事件が発生。イスラム教徒を狙った白人至上主義者の犯行だった。
REUTERS/JORGE SILVA
その名前を久しぶりに見かけたのは、この9月。カナダ人のTwitchストリーマーでトランスジェンダーのアクティビスト、クララ・ソレンティ(@Keffals)のツイートで、彼女に対する苛烈なハラスメントの内容を知った。
苛烈な嫌がらせ、背景のシーツからホテルを特定
Kiwi Farmsの起源は、ウェブコミックをポストしていたあるクリエーターに対するハラスメントにある。
自閉症で、後にトランスジェンダー女性であることを明らかにしたクリス・チャン(または本名クリスティーナ・ウェストン・チャンドラーの略称CWC)やその作品を揶揄したり、本人の細かいSNS動向をポストし、それにコメントするオンライン上のいじめに火が点き、2009年にはこれが発展してCWCki Forumsになり、2015年にKiwi Farmsと改名した。
オンラインで始まったクリス・チャンに対するハラスメントは、いたずら電話や現実社会でのストーキング、家族や友人たちに対する接触やハラスメントに発展していき、これと並行して攻撃対象が拡大され、Kiwi Farmsが嫌がらせを組織する場所になった。
Kiwi Farmsには「lolcows」(「笑」と同様に使われるLolと、牛を意味するcowを組み合わせた造語)という掲示板がある。エンターテインメントのために食い物にされてもいい対象、ということのようだが、実際に特に標的になるのは、このレッテルを貼られて障害とともに生きる人々やLGBTQ、中でもトランスジェンダーの人々だ。
オーナーのジョシュア・ムーンは責任を否定してきたが、過去にKiwi Farmsでの組織的な嫌がらせを受けて自死した人が、発覚しているだけで3人はいる。
Kiwi Farmsで標的になる人は、コンピュータやスマートフォン上のデータ、さまざまなサービスに登録するアカウントなどをハッキングされたり、住所や電話番号、勤務先などといった個人情報を漏洩(doxxing)されたり、写真や動画を晒されるなど、多岐にわたる被害に遭ってきた。
中でもひどいのは、「swatting」という比較的歴史の浅い手法だ。語源はSwat(特殊部隊)にあり、標的の住所で暴力行為が起きていると警察に通報したり、標的のふりをして脅迫メールを送ったりする。
ティーン時代から政治のボランティアなどをしていた経験があり、ゲームをしながら育ったというソレンティは、もともとはゲームをする様子をTwitchで配信するストリーマーだった。しかし、アメリカの共和党の政治家たちが性別移行に関するケアを保険の対象から外すキャンペーンを始めたことを受けて、トランスジェンダーの権利をテーマとして扱うようになり、一躍有名ストリーマーになった。
Kiwi Farmsのユーザーたちによる嫌がらせの対象になっていたソレンティが、8月に「swatting」を受けて逮捕され、11時間にわたり拘束された。身の危険を感じてホテルに移動した後も、オンラインにポストした猫の写真の背景に写っていたシーツからホテルを特定され、注文していないピザが、生まれた時につけられた「デッドネーム」宛で届いたという。その後、さらにアイルランドに拠点を移したが、そこでもdoxxingに遭い、swattingの未遂が起きて警察の訪問を受けた。
執拗な嫌がらせの内実を訴えるクララ・ソレンティ。
My life is in danger. I need your help. │Keffals
ヘイト行為からプラットフォームを取り上げる
Twitterで15万人以上のフォロワーを持つソレンティは、Kiwi Farmsをホストするサーバーとセキュリティ企業のCloudflareに対し、サービス提供の停止を求めるキャンペーンを始めた。
当初は、非難に値する行動であってもサービス停止はできないという姿勢を示したCloudflareだが、数日後には態度を翻して「緊急かつ切迫した人命への脅威」を理由にサービス停止を決定した。Kiwi Farmsはその後、ロシアのサーバー、ポルトガルのサーバーを転々とし、その途中でハッキングに遭い、ユーザー情報がリークされた。
現在は新たなサーバー上に存在してはいるが、この過程でユーザーを大幅に減らし、検索エンジン上で見つけることも困難になった。ソレンティは9月5日に「We won」と勝利宣言の声明を出し、CNNはこの顛末を報じるのに「稀少な勝利」という言葉を使った。
ソレンティが今回のキャンペーンで目指したのは「deplatforming」、つまりヘイト行為や嫌がらせからプラットフォームを取り上げることだ。
過去にも、8chanやデイリー・ストーマーなど、オンラインのハラスメント行為や白人至上主義などの温床となって「deplatforming」の対象になり、影響力を失ったドメインはいくつもあるが、ヘイト行為自体はなくならない。
長年、憲法修正条項第1条が定める表現の自由に抵触することを恐れていたTwitterやFacebookは、コロナ禍に拡散されたコロナウイルスやワクチンについての誤情報や、2020年の大統領選にまつわる陰謀論の拡散を野放しにしたとして批判され、トランプ大統領を含む問題アカウントを凍結するようにはなった。
だが、ミスインフォメーションはなくならないし、その代表格であるQアノンの陰謀論は、今も場所を変えてしっかり生きている。いたちごっこのようにも思えるが効果はあるのだろうか?
2021年1月6日に米連邦議会襲撃事件が起きた2日後、Twitter社は「暴力行為をさらに扇動する恐れがある」としてトランプ前大統領のアカウントを永久凍結した。
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その答えがイエスのように思えることもあるし、ノーのように思えることもある。現実にサーバーや課金サービスが規約でヘイトを禁じていれば、ヘイトが流通する掲示板やサイトの運営者はサービスにアクセスできなくなるし、運営の負荷やハードルが上がることにはある程度の抑止力がある。一方で、現時点では個人によるdoxxingやswattingを裁く刑法は存在せず、オンラインの集団ハラスメントに参加する匿名の個人ユーザーの法的リスクはほとんどない。
ピュー・リサーチ・センターが2021年に発表した世論調査によると、アメリカの回答者の41%が、オンラインのハラスメントを体験したことがあると答えた。ストーキングや持続的な嫌がらせ、セクシャル・ハラスメントといった深刻なハラスメントを受けた人たちの50%近くが心理的なストレスを感じ、また回答者の51%が、ハラスメント加害者のアカウントの永久凍結に効果があると考えていることが分かった。
オンライン加害による子どもたちへの影響も深刻だ。カリフォルニア大学をはじめとする大学の連合が10〜13歳の子どもたち1万人を対象に行う「若年頭脳認知発達研究」によると、7.6%が自殺にまつわる考えを抱いたことがあり、8.9%がオンラインのいじめに遭ったことがあると回答した。
ソレンティの起こしたキャンペーンが一応のハッピー・エンディングにたどり着いたように見えるのは、アクティビストたちを動員することでサーバー企業にプレッシャーをかけ、命の問題であるとの説得に成功したからだ。日々、目に入ってくるヘイトや嫌がらせにうんざりすることばかりだが、この点に希望を持ちたいと思う。
(文・佐久間裕美子、連載ロゴデザイン・星野美緒)
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や『SakumagZine』の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。