9月29日、首都ワシントンで開催した太平洋島しょ国との首脳会議に参加したバイデン米大統領(中央)と各国首脳。4月に中国との安全保障協定を結んだソロモン諸島のソガバレ首相(バイデン大統領の右隣)も参加した。
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バイデン米政権は9月28、29の両日、首都ワシントンに太平洋島しょ国のリーダーを招いて初の首脳会議を開催し、「米・太平洋パートナーシップ宣言」を発表した。
太平洋で影響力を強める中国に対抗する狙いだが、結果として宣言に台湾問題を明記できず、対中巻き返しはつまずいた。
米中対立の中で将来の軍事的価値を意識し、米中双方から支援を得ようという、島しょ国側のしたたかな計算ものぞく。
新たに「1200億円」経済支援
ホワイトハウスは今回の首脳会議に合わせて、「中国による圧力や経済威圧によって地域とアメリカの平和や繁栄、安全が損なわれる危険がある」と明記する「太平洋パートナーシップ戦略」を発表。太平洋地域のインフラ支援などに、新たに8億1000万ドル(約1200億円)を投じる方針を表明した。
これを読むと、ソロモン諸島と初の安全保障協定を結ぶなど(4月19日)、地域で影響力を強める中国への巻き返しが目的なのは明らかだ。
では、アメリカはその目的を達成できたのか。
首脳会議には、ソロモン諸島を含む14カ国・地域が参加し、冒頭で触れた「米・太平洋パートナーシップ宣言」を発表した。宣言の内容から、アメリカの目的達成度をチェックしよう。
11項目の声明は、まず、アメリカと島しょ国が共有する問題意識として「悪化する気候変動とますます複雑になる地政学環境に直面し、今日の課題に対処するために一致協力する」(前文)とうたう。
島しょ国が直面する「優先事項」(第3項)は、海水面上昇による国土水没の危険性など、気候変動や海洋汚染、資源保護であり、中国を名指しで批判する「安全保障色」は努めて薄めた。
アメリカとの安保協力についても、「島しょ国側は安保協力の強化と今後深化させるアメリカの関与に留意する」(第7項)との表現にとどめた。
アメリカにとって重要だったのは、台湾問題の明記だ。
オーストラリアのメディア報道などによると、アメリカは「台湾海峡を含むインド太平洋の平和と安定」を草案に盛り込んだが、声明からは消えた。
アメリカの主張がかろうじて生かされたのは、「ウクライナに対するロシアの残忍な戦争を含むあらゆる侵略戦争を非難する」(第7項)くらいのものだろう。
当初は欠席が伝えられたソロモン諸島も出席して宣言に署名した。
その理由について、同国の外相は、草案にあった中国に関する間接的表記の削除を要求し受け入れられたからと説明。声明に台湾に関する表記が盛り込まれる懸念があったことを示唆した。
国務長官が37年ぶり訪問
9月28日、太平洋島しょ国との首脳会議に際し、記者会見したブリンケン米国務長官。2月には国務長官として37年ぶりにフィジーを訪問。
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ここでバイデン政権と太平洋島しょ国との関係を振り返っておく。
バイデン政権は2月11日、台湾有事を念頭に中国抑止をうたう「インド太平洋戦略」を発表した。日米同盟の強化をはじめ、アジア太平洋で創設した新同盟枠組みなど、対中抑止戦略が網羅された。
同時に「東南アジアや太平洋諸島を中心に新しい大使館・領事館を開設し、既存の大使館の力を高め、気候、健康、安全保障、開発作業を強化する」と書き、東南アジア諸国連合(ASEAN)と太平洋島しょ国を重視する方針を明らかにした。
同戦略の発表日は、ブリンケン米国務長官のイニシアチブで開かれた日米豪印4カ国(クアッド)外相会合開催の当日でもあった。
ブリンケン氏は外相会合が終わると、翌12日にはその足で南太平洋のフィジーに飛んだ。太平洋島しょ国首脳とのオンライン会談に臨むためだ。
米国務長官のフィジー訪問は実に37年ぶりで、バイデン政権はこの日ソロモン諸島の米大使館を復活させる方針を明らかにした。
中国とソロモン諸島の安全保障協定
ブリンケン国務長官のフィジー訪問とソロモン諸島の大使館復活方針発表は、影響力を強める中国への「巻き返し」の号砲でもあった。
この「巻き返し」の意味については、中国とソロモン諸島の関係を振り返っておく必要がある。
ソロモン諸島では2021年11月、中国寄りのソガバレ政権に対し、台湾を支持するデモ隊が暴徒化し、中国系住民が多い地域で3人の死者が出た。これを受け、ソロモン政府は12月23日に中国から暴動鎮圧のための装備と警察顧問団6人を受け入れると発表した。
翌22年の4月19日、中国はソロモン諸島と安全保障協定を締結し、さらに同じ南太平洋の島国サモアとも経済、技術面での協力で合意した。ソロモン諸島との安全保障協定は、中国艦船の寄港や軍派遣を認める内容と報じられた。
それらの動きに対し、ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)のカート・キャンベル・インド太平洋調整官は4月22日、ソロモン諸島の首都ホニアラを訪問し、ソガバレ首相に対し「(中国軍が)事実上の恒常的駐留措置に出るなら対抗措置をとる」と迫った。
キャンベル氏はこの後、フィジーとパプアニューギニアも訪問。米外交の重要人物がこれほど短い間に相次ぎ太平洋島しょ国を歴訪したことからも、問題の深刻度が伝わってくる。
中国側も黙っていない。王毅外相はほぼ1カ月後の5月26日から、ソロモン諸島を皮切りにキリバス、サモア、フィジーを歴訪。同30日には地域10カ国の外相らと「中国・太平洋島しょ国外相会合」を開いた。
当初伝えられた中国と10カ国との安全保障協力強化に向けた協定調印は見送られたものの、トランプ前政権下でアメリカの島しょ国への関与が希薄化した隙に乗じて、中国が攻勢を仕掛けたことは明らかだった。
日本もアメリカ同様の「つまずき」
結局、今回の「米・太平洋パートナーシップ宣言」でアメリカは目的を十分に達成できなかったわけだが、日本も同じような「つまずき」を経験している。
菅前政権は2021年7月2日、日本と太平洋地域の19カ国・地域の首脳と「第9回太平洋・島サミット(PALM9)」を開いた。
菅氏は「権威主義との競争など新たな挑戦に直面」しているとして、中国の脅威に対抗する結束を呼びかけたが、太平洋島しょ国の関心は得られず、海水面の上昇や海洋ゴミ、核廃棄物など汚染物質対策に集中した。
菅氏が提示した問題意識は、バイデン政権が今回の島しょ国首脳会議で示したものとまったく同じだ。
サミット後の首脳宣言も同じように内容が後退し、中国批判は一切盛り込まれず、(1)法の支配に基づく自由で開かれた持続可能な海洋秩序の重要性(2)航行及び上空飛行の自由ならびにその他の国際的に適法な海洋の利用を含め国際法を尊重、をうたうにとどまった。
上記の(1)(2)は、安保色が薄まった米・太平洋パートナーシップ宣言にもほぼ同じ表現で盛り込まれた。
日本とアメリカがいずれも「つまずいた」のはなぜか。
第1に、太平洋島しょ国を米中対立の「コマ」と見なしていること。バイデン政権が台湾を対中抑止の最大の「カード」と見なしているのと同じだ。
第2に、太平洋島しょ国にとって米中対立は主要な課題ではなく、「アメリカか中国か」の二択を迫られるのを嫌っていること。最優先は悪化する気候変動問題であって、経済協力は成長に資するならアメリカであれ中国であれ歓迎で、可能なら双方から得られるのがベストだ。
第3は、同地域には米中がつばぜり合いを展開する、小笠原諸島からグアム、西太平洋ミクロネシア地域のパラオを結ぶ「第2列島線」があり、さらに北太平洋アラスカ沖のアリューシャン列島からハワイ、南太平洋ポリネシア地域のトンガを結ぶ「第3列島線」もある。アメリカが中国向けに配備予定の中距離ミサイルの重要拠点になる可能性があるのだ。
太平洋島しょ国もその軍事的価値を意識し、米中両国から経済支援を引き出せることを自覚している。ソロモン諸島が中国と安保協定を結んだのはまさにその例と言える。
台湾の軍事研究者、張競・中華戦略研究学会研究員は、筆者にこう語る。
「太平洋はアメリカの『裏庭』のカリブ海とは違う。アメリカは長期にわたる太平洋軽視の代償を支払うべきだ。米中の戦略的競争にとって、同地域の存在は大きくないように見えるが、将来に向け過小評価すべきではない」
太平洋島しょ国の軍事的意味と役割は大きくなる一方だ。
(文・岡田充)
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。