NFXのチーフプロダクトオフィサー、エイミー・リン。
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2014年にEdTech(エドテック)のスタートアップを売却した後、創業者のエイミー・リン(Amy Lin)は、「スタートアップ業界のダークサイド」と呼ばれるベンチャーキャピタル(VC)について話題にするようになった。
とはいえ、リンはVCに対しては懐疑的だった。テクノロジーを評価できるだけの知識を持たずに、企業に資金を突っ込むVCが多すぎると考えていたからだ。「VCが自分たちの仲間だとは思えませんでした」とリンは言う。
しかし、2017年にスタートアップのための招待制アクセラレーターを構築していたジェームズ・カリアー(James Currier)とピート・フリント(Pete Flint)を友人から紹介された時、何かが彼女の頭の中で変わった。
彼らのプログラムは、ソフトウェアと直接行われるコーチング指導を組み合わせることで、創業者に合ったメンターや投資家を引き合わせることを目的としていた。カリアーとフリントの2人は、創業者たちの資金調達方法を変革するために、プロダクトチームを雇いたいと考えていたところだった。
資金調達の苦労も知る彼女には、アイデアがあった。興味をそそられ、彼女はプロダクトチームの責任者に就任することになった。
5年後、この会社は、「ネットワーク効果(network effect)」をもじったNFXという社名で知られるようになり、短期間に多くのことを成し遂げた。
リンが入社して間もなく、会社はアクセラレーターをやめ、より標準的なベンチャーモデルに移行。しかし、他のVCとは異なり、投資家の約3倍の数のエンジニアを雇用し、創業者の資金調達や事業運営を支援するソフトウェアを無償で提供し始めた。
NFXの運用資産は11億ドル(約1600億円、1ドル=145円換算)で、ドアダッシュ(DoorDash)、リフト(Lyft)、ポッシュマーク(Poshmark)、パトレオン(Patreon)といった注目の新興企業の株式を取得している。
パートナーとしては、レガシー企業の栄誉に「乗っかる」ことはできないが、同社のクラウドベースのソフトウェアやコンテンツを通じ、実際に投資する前に価値を提供することで、創業者たちを魅了しているとリンは言う。
「創業者たちは、私たちのところに来て、『あなたがたは実際にソフトウェアを作っていて、我々と同じです』と言うのです。そう言われると、まだ話を聞く前から私たちと一緒にやりたいと思ってくれているような気がするのです」とNFXのジェネラルパートナーのフリントは言う。
投資家やピッチデックのデータベースを提供
同社の主力製品であるSignalは、アーリーステージの投資家のデータベースで、創業者たちは、ステージ、業種、地域別に投資家を検索することができる。また、共通の人脈を見つけて、紹介を依頼することも可能で、これは「ウォーム・イントロダクション」と呼ばれている。そのようにして資金調達の道が開かれるのだ。
NFXが作成したアーリーステージのベンチャーキャピタリストのデータベース「Signal」のスクリーンショット。
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2019年には、ピッチデック(資金調達に使われるプレゼンテーション資料)を共有するためのウェブアプリBriefLinkのサービスを開始した。このソフトは、創業者が、自分のピッチデックを開いた人、各スライドを閲覧するのにどれだけの時間を費やしたか、どこで読むのを止めたかなどを見ることができる。
創業者たちはBriefLinkを通じて4万枚以上のピッチデックを投資家に送り、合計50億ドル(約7280億円)以上の資金調達に成功したと、同社の広報担当者は言う。
NFXのBriefLinkのスクリーンショット。
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これらの製品は無料で利用でき、同社のポートフォリオに含まれているか、いないかに関わらず、創業者であれば誰でも利用できる。リンはSignalとBriefLinkの月間アクティブユーザー数は10万人を超えると言う。
創業者向けの学習サービスも提供
NFXが手がけたストリーミングサービス「Masterclass」の画面。
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さらに同社は創業者向けの新しいストリーミング・サービスを発表した。このサービスは「Masterclass」といって、ゼネラル・パートナーやゲストが資金調達から企業文化の形成まで、起業の細部にわたり議論したエピソードを配信するものだ。2022年10月11日からは、ネットワーク効果に関する11のエピソードの配信が始まった。
「私たちは20年以上前からネットワーク効果について考えてきた」とフリントは言う。
投資家になる前、フリントは不動産物件や賃貸物件を探すためのウェブサイト、トゥルーリア(Trulia)を設立し、月間5000万人以上のユーザーを抱えるまでに成長させている。トゥルーリアは2015年にジロウ(Zillow)と合併している。
NFXは2023年初頭から、新しいトピックとスピーカーによる新しい「シーズン」を追加していく予定だとリンは話す。このサービスは無料で利用できる。
フリントによると、Masterclassは、創業者を支援するというNFXの伝統の上に築かれているという。しかし、これは会社のためでもある。SignalやBriefLinkのようなソフトウェアは、会社のブランド認知度を高めるが、このストリーミング・サービスはそれ以上の効果がある。創業者は、コーヒーを片手に投資家の話を3時間以上聞くことで、NFXが提供するあらゆる指導や支援がどのようなものかを実感することができるからだ。
資金が潤沢なアーリーステージの市場において、VCは最も魅力的な案件を獲得するために、資金提供をする以上のことをする必要がある。NFXは創業者たちに、まずはこのMasterclassを試してみてほしいと勧めている。
(編集・大門小百合)