インフレと低迷のせいで、健全な経済であるにもかかわらず、アメリカ人は不安を感じている。
DjelicS/Getty Images
- アメリカでは30年振りに、退去者数が入居者数を上回った。
- これは「日和見」経済の兆候で、人々は人生における大きな決断を先送りにしている。
- 歴史的に見て、住宅の購入、転居、家庭を持つことは見通しのきかない時代には先送りされてきた。
景気後退の恐れが高まるにつれ、「やりたい放題(YOLO:You only live once)」経済は一気に、「日和見(wait and see)」経済になりつつある。
リアルページ(RealPage)は10月4日、アメリカの住宅需要が7-9月期でマイナスに転じたと報じた 。つまり、退去者数が入居者数を上回ったのだ。これは過去30年で初めてのことだ。
家賃の上昇と収入の減少では需要の落ち込みを説明できないとリアルページのエコノミスト、ジェイ・パーソンズ(Jay Parsons)は書いている。むしろ、「消費意欲の低下」が、親元から独立していた、もしくは、ルームメイトとの同居を解消していたかもしれない一部の若者たちを今いるところに留まらせている、とパーソンズは考えている。
「インフレと先行き不透明な経済が、住居に関する大きな決断を凍結させている」とパーソンズは記した。
「人は先が見えないと、本能的に『日和見』モードに入る」
連邦準備理事会(FRB:Federal Reserve Board)が物価を冷やすため利上げを続け、アメリカ経済がますます先行き不透明になるにつれ、この「日和見」モードは住宅市場を超えて拡大している。住宅や車の需要は低迷し、転職もかつてほど盛り上がっていない。そして転居や家庭を持つといった、人生における大きな決断は先延ばしになっている。
そして、これがそのデータだ。この30年間、アメリカの賃貸市場を追跡調査してきたが、第3四半期は最も低調な結果となった。
崩壊とまではいかないが(空室率と回転率は通常より低い)、情勢が著しく変化している。
その意味するところは...
住宅の購入、転職、転居、子どもを持つことは先延ばしに
住宅購入希望者は、上がりっぱなしの住宅ローンの金利分を相殺できる程度まで価格が下がるのを待っている。これは住宅市場の需要が急速に冷え込んでいることからも明らかだ。 ブルームバーグが伝えた通り、2021年に固定金利3%で借りた人は、月々2500ドル(約37万円)の支払いで75万8572ドル(約1億1300万円)の住宅を購入することができるという。30年の固定金利は今や7%近いため、月々2500ドルの支払いでは47万6425ドル(約7100万円)の住宅しか購入することができない。
住宅と同様に、物価と金利の高騰のせいで伸び悩んでいる車など高額商品の購入にも経済的圧力が重くのしかかり始めている。一部の消費者が価格が下がるのを待つ一方で、資金不足の消費者は今は買い時ではないと判断しているかもしれない。最近の推計によると、アメリカ人はパンデミック最盛期に積み上げてきた貯蓄の約31%を切り崩してしまったという。インフレが上がった賃金分を食いつぶすからだ。
アメリカ人は仕事についても「日和見」モードに突入している。
1年前であれば「大退職(Great Resignation)」に仲間入りしたであろう労働者の多くは今、事態を見守ることにしているようだ。この数カ月間、離職率は低く、労働市場がかつてほどは盛り上がっていないことが分かる。さらに求人数も、8月には110万件減少してる状態で、これはパンデミックの最初の月以来の激減だ。求職者も、オファーの嵐は来ないことがすぐに分かるだろう。経済が鈍化するにつれ、そしてFRBがインフレを抑えるためには失業率を上げても止むを得ないとする状況で、人々はますます安定に価値を見出すかもしれない。
アメリカ人は経済の見通しがきかない時、転居や出産といった人生における大きな決断を先延ばしにする傾向にあるということを示す証拠もある。
2021年、パンデミックが世界経済に影響を与え続ける中、アメリカでは1年前とは違うところに住んでいた人が8.4%で、少なくとも1948年以来最低の「転居率」だった。このトレンドは、経済の悪化により継続する可能性がある。アメリカ国立生物工学情報センター(NCBI)の論文によると、大不況(Great Recession)の際に「全体的な移動率」は減少していた。
「政治と社会に不安がある」時期に、人々が子どもを持つことを延期した前例もある、とノースウェスタン大学の社会学准教授、クリスティン・パーチェスキー(Christine Percheski)は以前、Insiderに語っていた。
大不況の際に出生は9%減少したとブルッキングス研究所(Brookings)は伝えており、そうでなければ生まれていたであろう出生数よりも約40万人少なかったという。さらに、アメリカで2021年、出生率が過去最低に近い水準で推移したのは、パンデミックによるものだと多くの専門家は考えている。
「若い夫婦たちは『またの機会にする、今は子どもは欲しくない、先のことがあまりにも分からなすぎるから』と言っている」とペンシルベニア大学ウォートン校の教授、マウロ・ギリェン(Mauro Guillén)は2021年、Insiderに語っていた。
転居率同様、出生率も数十年間、減少傾向にある。だが景気後退がこれ以上、不透明な時期を長引かせるようであれば、子どもに関する「またの機会」は、さらに先になる可能性がある。
(翻訳:Ito Yasuko、編集:Toshihiko Inoue)