「東京ビエンナーレ2023はじまり展」東京ドームシティ会場の展示の様子。
撮影:池ノ谷侑花(ゆかい)
2022年10月6日より、都内複数会場で「東京ビエンナーレ2023はじまり展」が開催されている。これは、2023年7月から10月にかけて開催予定の「東京の地場に発する国際芸術祭 東京ビエンナーレ2023」に先行して実施されるプレイベントだ。
本イベントは、コロナ禍による延期を経て開催された「東京ビエンナーレ2020/2021」に次ぐ、第2回の開催プレイベントとなる。ちなみに、ビエンナーレとは2年に1回開かれる美術展覧会のことで、イタリア語の「2年に一度」「2年周期」という言葉が語源だ。
千代田区、中央区、文京区、台東区を中心とする、首都圏の北東地域を舞台に展開予定の東京ビエンナーレ。
その口火を切る「はじまり展」は、2025年に創建400年を迎える東叡山 寛永寺(台東区)はじめ、複数会場を舞台に始動する。
寛永寺で実施された発表イベントに参加した。
前列中央左が、東京藝術大学長でもあるアーティストの日比野克彦氏。後列右から4人目が総合ディレクターを務める中村政人氏。
撮影:井澤梓
本イベントのテーマは「リンケージ つながりをつくる」だ。発表イベントでも、前回に続き総合ディレクターを務める中村政人氏をはじめ、多くのプロジェクトメンバーがこの点を強調していた。
「リンケージとは、つながりを積極的に求めていく、能動的につくる。といった意味合いを持つ言葉です。一方的に価値観を押し付けるのではなく、全員が参加者。寛永寺を軸に、対話形式で新たなリンケージを見つけていきたい」(中村氏)
つながりとは、人間関係だけでない。場所や時間、できごと、情報などあらゆる存在が複雑に関係をつくっており、さらには日々変容している。
中村氏は、社会環境の変化に対して、自由な視点で関係性を持てることが、現在のアートの社会的役割の一つだと考え、本テーマを置いたという。
また今回新たに総合ディレクターに就任した西原眠氏は、コロナ禍における長いリアルとの分断や、アートブームが起こる中で「芸術祭の意義が問われていると思う。新しいあり方をみんなでつくっていけたら」と強調した。
10月15 日(土)には、寛永寺 大書院で、「都市型国際芸術祭はどこに向かうのか?〜ポストコロナ、アートの変容、そして新しい関係性〜」と題したシンポジウムも予定されている。
はじまり展の主要な会場は大きく分けて4つ。
東叡山 寛永寺の「寛永寺プロジェクト」、東京ドームシティの「Radius harps /After a typhoon」、戦争を乗り越え現代に残る神田の額縁屋優美堂の「優美堂プロジェクト」、そして今後詳細発表予定の、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアのプロジェクトだ。
それだけでなく、東京都心北東地域の街自体も会場となり、街歩きツアー、モーニング付谷中・上野桜木おいしい朝歩きツアー、トークセッションなども予定されている。
中村氏が話すように、ただ見るという一方通行ではなく、体感したり、意見したり、参加者同士でつながることも、はじまり展の一部である。
東京藝大学長・日比野克彦氏による作品も
発表会では、はじまり展で公開されるアートの一部が紹介された。
渋沢家霊堂前庭にあるのは、東京藝術大学長でもあるアーティストの日比野克彦氏による作品、「ALL TOGETHER NOW 《Transforming box series》」だ。写真の通り、ダンボールで制作されている。
東京藝術大学長でもあるアーティスト日比野克彦氏による作品「ALL TOGETHER NOW 《Transforming box series》」。素材はダンボールだ。
撮影:井澤梓
寛永寺には、15人の徳川家将軍のうち、6人の墓がある。中央奥に見える組み立てられていない6枚の段ボールはその6人。そして立体が、残りの9人の将軍を表している。
この庭では、歴代15人の徳川将軍が集合し、思い出話や未来のことを話したり、また瞑想したりする姿を眺めることができる。
「ALL TOGETHER NOWはビートルズの楽曲名でもあります。イヤホンで、ビートルズの曲を聞きながら作品を眺めてもらうと、また違った感じ方をしてもらえるかもしれない」(日比野氏)
発表会当日はあいにくの雨。作品にも大粒の雨が降り注いでいたのだが、日比野氏は「屋外の作品のため、当然雨も想定内です。自然のエイジングで、少しずつ形が変わっていくところも見てもらいたい」と話した。
音楽と共に愉しむ。天候や時間帯による変化を愉しむなど、多様な視点で向き合うことで、何度でも作品の新しい表情を感じることができそうだ。
寛永寺の根本中堂にあるのは、写真家・鈴木理策氏の作品「1868」。
鈴木氏によると、1868年は、15代将軍徳川慶喜が寛永寺に謹慎のため滞在していた年。コロナ禍で、長らく自粛を強いられた現代の環境と重ねあわせたことも作品の着想のきっかけとなったそうだ。
作品では、旧幕府軍と新政府軍が戦った上野戦争の足跡などを撮影。11分間の映像作品として完成させた。
鈴木氏は「本作品をつくる工程で、時間を過去に深く潜っていくという感覚が印象的だった。場の持つ記憶を意識した。主観的でありながら事実を映す。それが映像や写真の良さである」と話した。
写真家の鈴木理策氏。寛永寺の根本中堂が展示会場になっている。
撮影:井澤梓
作品に加え、「 #徳川慶喜に見せたい風景 」とハッシュタグを付けてインスタグラムに投稿すると、現場の端末にも表示される仕掛けもあり、鑑賞するだけでなく参加することもできる。
趣味人であったことでも知られる徳川慶喜は、32歳で隠居し、写真や絵を好んでいたという。
人生100年時代といわれる現代において、32歳は働き盛り。キャリア形成に勤しむことはあれど、隠居を考える年齢ではない。
若くして激動の時代を駆け抜けた徳川慶喜の生き様に思いを馳せながら、作品や寛永寺周辺の景色を見ると、また印象が変わりそうだ。
根本中堂前にて展示されるのは、西村雄輔氏による「ECHO works」。
西村雄輔氏による作品「ECHO works」。
撮影:井澤梓
柱を中心に、四方に紐(ひも)が伸びている。これは、柱を起点に、意識をどこかにつなぐ、未来につなぐといったことをイメージしており、「意識の拡張」や「繋がる」をテーマにした作品だという。
しかしよく見ると、紐は途中から姿を消しており、完全にどこかに繋がってはいない。
西村氏は「紐が途中であることで、作品の余白ができた。やがて、紐が繋がるかもしれない。これからも作品が発展していく」と話した。
紐の先は寛永寺にのびている。
撮影:井澤梓
上野公園の土を使用して作られた柱には、手で触れることができる。「繋がる先を意識しながら、柱に触れて見てほしい」(西村氏)とのことだ。
東京の地場に発する芸術祭
寛永寺に設置された展示ブース。ブース自体が「メタユニットM1プロジェクト_寛永寺」という中村氏の作品。
撮影:池ノ谷侑花(ゆかい)
本会場となった寛永寺は、「400年の歴史の中で、徳川家の祈祷寺から菩提寺、そして近隣の檀家へと地域の中での役割が変わっていった。そして現代、隣に位置する東京藝術大学や数々の美術館等、ゆかりのあるアートを通じて地域の人に開かれ、地域と繋がるという新しい役割も加われば良いと思い、はじまり展の会場として参画した」と話した。
寛永寺以外でも、東京各所で「ジュエリー・人・街」や「100年分の服」などの12の計画展示が行われている。
東京ビエンナーレ2023は、東京の地場に発する芸術祭であることも大きなポイントだという。
東京の地には、江戸時代から積み重なってきた歴史や文化、暮らしの層がある。しかし日常でそれらを実感する機会はあまりない。
加えてインターネットの発達で、世界中と気軽に繋がれるようになった反面、コロナ禍であらゆる物事がオンラインに置き換わるようになり分断を感じることも多い。
「はじまり展」では、世界の幅広いジャンルのクリエイターの作品や、地域住民が一緒に作りあげる展示を通して、「東京」の持つ歴史、現在のコミュニティ、未来を体感することができる。自分と周囲のリンケージに気付いたり、考えるきっかけともなるだろう。
総合プロデューサーの中村氏は「足を運んでくださった全員が参加者で、芸術祭の一員だ」と強調した。
芸術祭と聞くと、日頃芸術に接点が少ない人にとっては、「アートへの造詣が深くなければならない」「難しそう」と敷居の高い印象も受けてしまう。作品の“正しい鑑賞の仕方は?”などと、つい正解を求めてしまう。
しかし、「繋がりをとらえ直す活動」と考えるとどうだろう。誰しも、社会、地域、歴史といった何かと繋がっている。繋がりを紡ぐ一員として足を運び、生き方を考え、ただ感じることで、本芸術祭はまた違った景色を見せてくれるのではないだろうか。
「はじまり展」で紹介された作品によっては、今後も変化し続けてさらに発展するという。
まずは、「はじまり展」を参加のきっかけにし、おそらく東京が海外観光客に広く開かれているであろう、2023年7月からの「東京ビエンナーレ2023」が発する東京の姿にも期待したい。
(文・井澤梓)
井澤梓:立命館大学卒業後、金融機関を経て2010年、ビズリーチの新規事業立ち上げに参画。法人営業や人材エージェントの新規開拓営業に携わる。その後、独立し企業広報支援を開始。主にBtoB企業の発信力向上をサポートする。2020年に株式会社カタル設立。代表取締役に就任。