イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今日も読者の方からいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
60代の専業主婦の母がLINEをやりたいとのことで、きょうだいでお金を出し合って5年ほど前にスマートフォンをプレゼントしました。ですが、ここ数年は陰謀論に傾倒していて、危機感を覚えています。
2年ほど前にコロナが流行り出した時も、「コロナウイルスは存在しない」「ワクチンを打つと早く死ぬ」と言い出したり、安倍元首相の銃撃事件も「自民党が選挙に勝つための捏造」と言い張ったりして、家族の集まりでは毎回皆を困惑させています。「テレビや新聞は嘘だらけ」というのも常套句です。
今は私含め、きょうだいは全員独立していますが、同居している父(定年退職済み)は半分諦めています。ただ、カルトなどにはまらないか不安です。
母はもともと地方出身で、ママ友との関係も今はなく、父によると最近はスマートフォンにのめり込む時間が増え、隠れてTwitterで発信もしているようです。もともとは家族思いの優しい人でしたが、これまでほとんどインターネットに触れて来ませんでした。それ故に、ネットリテラシーというか、嘘への免疫がないようです。
父や私、きょうだいは、どのように母と向き合っていけばいいのでしょうか。
(神戸むさし、40代前半、会社員、男性)
陰謀論の是非は「他者危害排除の原則」で判断
シマオ:神戸むさしさん、お便りありがとうございます! 家族など近しい人が陰謀論にはまってしまったら、大変ですよね。佐藤さん、どうしたらいいのでしょうか?
佐藤さん:大変な状況はお察ししますが、結論から言えば、これは放っておくのが一番です。
シマオ:えぇ!? でも、それでいいんでしょうか? 家族なのに……。
佐藤さん:陰謀論にはまった人に対して「そんなのはデマだ」などと否定しても頑なになるだけです。むしろエネルギーを与えてしまって逆効果になることが多い。少し言っても納得しないのであれば、放っておく。すなわち、その話題を出さないことが最も効果的です。
シマオ:否定してはいけない、ということですか。
佐藤さん:そうです。かといって、賛同する必要もありません。陰謀論や政治の話題はうまいこと避けて、孫や家族の思い出話など、他のことに持っていくとよいでしょう。その人を疎んでいるのではなく、愛情を持って接しているという姿勢を見せることが大切です。
シマオ:でも、親が陰謀論にはまっていくのを黙って見ているというのも何だかなぁ……。
佐藤さん:そもそも、陰謀論にはまること自体は必ずしも悪いことではありません。定年退職したお父さんが盆栽にのめり込んだり、ゲームにはまったりするのと同じことです。大事なのは、「他者危害排除の原則」に則って判断することです。
シマオ:他者危害排除の原則?
佐藤さん:文字通り、他者に危害を加えない限りは、何をしようとその人の自由だということです。
シマオ:なるほど。でも、子どもがゲームにはまりすぎていたら、親は注意しますよね?
佐藤さん:子どもの場合は、親が教育的な観点から監督する必要があるからです。時間は有限ですから、ゲームの時間が勉強の時間をあまりにも侵食し、進路に影響を及ぼすようなら、それは是正する必要があります。一方、高齢の父母ならば、どのように時間を使うかはその人の自由です。残りの人生はやりたいようにやらせてあげればいい。
シマオ:ただ、気になるのはそうした陰謀論をしつこく吹き込んでくる人がいるじゃないですか。
佐藤さん:そこで出てくるのが他者危害排除の原則です。神戸むさしさんのお母さんように、ワクチンが怖いと思うなら、自分が打たないのは本人の自由です。しかし、それを周りに強制するようなら、対応しなければなりません。あるいは、選挙などで特定の政党への投票を強制したり、家庭生活を脅かすほど多額のお金をつぎ込んだり、他人の人間関係を壊すような行動に出たりするようなら、それは止めるべきでしょう。
シマオ:どういうふうに伝えるのがいいのでしょうか。
佐藤さん:個人がどういう考えを持とうがそれは自由である、という前提の上で「それを他人に押し付けることはやめてください」ということをキッパリと伝えることです。それでもやめないならば、もう縁を切ってしまうくらいの割り切りが必要だと思います。
シマオ:脱カルト、脱洗脳などの専門家に頼るのはどうでしょうか。
佐藤さん:弁護士をはじめとした専門家に頼るのは一つの手です。ただ、脱カルトの手法の中には、カルトの裏返しのような強迫的なものも含まれているので、そこは注意が必要です。旧統一教会から脱会したある女性について書かれた米本和広さんの『我らの不快な隣人』には、そうした事例が出ているので参考になるでしょう。
「愚行」と「幸福」は一緒?
イラスト:iziz
シマオ:神戸さんは陰謀論への傾倒から「カルトにはまらないか不安だ」と仰っています。安倍晋三元首相が銃撃された事件で、旧統一教会をはじめとする新宗教への風当たりは厳しくなっていますよね。
佐藤さん:以前も述べましたが、私は特定の宗教をカルトとして排除するのはよくないと考えています。例えば、キリスト教だって始まりは新宗教でしたし、その教えでは「処女懐胎」で生まれたイエスが救い主であり、死後に復活を遂げたとされていますから、近代科学にはそぐわないものです。
シマオ:現代において、それを文字通り信じることは難しいですよね。
佐藤さん:そういう意味では、宗教を教義の内容によってカルトかどうか線引きすることは非常に困難です。ですから、これも他者危害排除の原則によって、実際に起きた出来事や行為に基づいて、その違法性や公序良俗に反していないかを判断していくことが大切です。
シマオ:その宗教団体が実際に他者に危害を加えたのなら、その事実を裁くということですね。
佐藤さん:そうです。近代の自由権の根幹には「愚行権」というものがあります。つまり、それがどれほど愚かな行為であっても、他者に危害を加えない限りは個人の自由だということです。これは憲法における幸福追求権でもあります。
シマオ:愚行と幸福は一緒なんですか?
佐藤さん:そうです。幸福追求権はあくまで個人の幸福なので、他者からすれば愚行の場合があります。例えば、私は猫を累計で8匹飼っています。1匹あたり生涯の食費や医療費に約150万円かかるとして、8匹で1200万円。それだけのお金があるなら、もっと有益な使い方があるはずだと考える人もいるでしょう。しかし、仮にこれが「愚かな」行為であったとしても、それは私の「幸福追求」の権利なのです。
シマオ:なるほど。
佐藤さん:ただ、同じように覚せい剤を使うのも個人の愚行権かといえば、そうではありません。覚せい剤の場合は、乱用すると錯乱状態に陥り、他者に危害を加える蓋然性が高いことが医学的にも実証されているからです。
シマオ:タバコについてもかつては自由でしたが、最近は受動喫煙の観点から、分煙の義務化などの規制が強まっていますね。
佐藤さん:そのあたりは社会的なバランスが重要になってきます。いずれにせよ、近代においては個人が他者や公権力から内心について告白することを強制されないという自由が重視されてきました。それが表現の自由であり、信教の自由なのです。
シマオ:いわゆる「踏み絵」や、異端審問のようなことはされない、ということですね。
佐藤さん:そうです。その意味で、現在起こっている動きは、人権を侵す危険があると言わざるを得ません。
シマオ:ただ、公安警察はオウム真理教や共産党の活動をマークしていると聞いたことがあります。それはどう捉えればよいのでしょうか。
佐藤さん:公安警察や公安調査庁は思想の弾圧をしようというのではなく、その思想が行動に移った時に社会秩序が乱される可能性が高いものについて、即座に取り締まれるよう注視しているということです。ここでも他者危害排除の原則に基づいているのです。そうでない限りは、公安にも思想弾圧の権限はありません。
高齢者が陰謀論にはまってしまう原因とは
シマオ:ところで、今回のお手紙の例にもあるように、最近は高齢者もスマホやPCでネットを見るようになった結果、陰謀論やネトウヨ的な言説にはまってしまうケースをよく耳にします。
佐藤さん:その現象は、「近代人にとっての宗教とは何か」という側面から説明することができます。
シマオ:どういうことでしょうか。
佐藤さん:近代人にとっての宗教は、“宗教ではない”3つの形をとって現れます。それが、拝金教、出世教、ナショナリズム教です。
シマオ:お金や会社での地位を求めたり、自分の国が一番であるという気持ちになったりするのは、宗教なんですね!
佐藤さん:科学が発達して、多くの人は非科学的な既存の宗教を信じなくなりました。拝金教、出世教、ナショナリズム教が、そうした既存宗教に取って代わったという訳です。そして、陰謀論というのは典型的なナショナリズム教の一つなのです。
シマオ:でも、どうして高齢者がはまりやすいのでしょうか?
佐藤さん:現役で働いているうちは、拝金教や出世教に邁進していた彼らも、定年になって退職してしまえば、それらを追求することはもうできません。ぽっかりと空いた心の穴を埋めるのが、陰謀論だという訳です。
シマオ:なるほど。拠り所を失った人が陥りやすいという訳か……。
佐藤さん:ですから、熱心に宗教を信仰している人などは、ナショナリズム教には陥りにくいと言えます。それと、もう一つの要因は、ナショナリズム教の参入障壁が一番低いということにもあるかもしれません。
シマオ:参入障壁とは?
佐藤さん:お金を稼ぐのも、出世をするのも、それなりの努力と運が必要です。一方、ナショナリズム教においてエリートになるのは簡単です。「オレは愛国者だ」「アイツは売国奴だ」ということを声高に主張すればいいだけですから。
シマオ:たしかに。今はSNSもありますから、街頭に出る必要すらありませんね!
佐藤さん:もっとも、こうしたネトウヨ的世界にも拝金教は入り込んできて、いわゆる「ビジネス右翼」みたいな人も現れている。このあたりの事情をうまく描いたのが評論家の古谷経衡さんの小説『愛国商売』です。
シマオ:思想も商売になるんですね……。
佐藤さん:繰り返しになりますが、個人がどんな宗教を信じようが自由であるのと同じで、陰謀論を信じることも自由です。しかし、それが行動に現れて、他者に危害を及ぼすのであれば、それは食い止めるべきです。もし、止めることができないなら、心を鬼にして関係を断つしかありません。ただし、他者危害排除の原則を破らないのであれば、こちらから否定するのはうまく避けるべきでしょう。
シマオ:事を荒立てず、話題に上らないようにするのが一番なのですね。神戸むさしさん、ご参考にしていただければ幸いです。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は 10月26日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)