アメリカのZ世代に大人気のアパレルEC「SHEIN」。実態はベールに包まれている。
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中国企業であるがアメリカのZ世代から絶大な支持を受け、徹底した秘密主義によって企業や経営者の輪郭もベールに包まれているアパレルECの「SHEIN(シーイン)」。アメリカで人気に火がついた2020年ごろからアパレル、あるいはスタートアップ関係者の間で注目され始めたが、最近は日本の女性消費者の認知度も急激に高まっている。
同社の目標はファストファッションという言葉を世に広げた「ZARA」に置き換わることとも言われ、サステナビリティの潮流とは真逆の路線で「値段が安ければ他のことは気にしない」ローエンド市場を取り込んでいる。
長い潜伏、Amazon超えで突如注目
SHEINはファストファッションの「ZARA」と比較されることが多い。
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SHEINの名前がアメリカと中国のメディアで登場するようになったのは、アメリカのZ世代の人気アプリで上位にランクインし始めた2020年だ。コロナ禍でオンラインが急成長した時期と重なるが、ECの中でも成長が抜きんでており、2021年5月にアメリカで最もダウンロードされたショッピングアプリとしてAmazonを抜いてトップに立ったことで、日本でも名前を知る人が増えた。
今年4月には、「SHEIN」の評価額が1000億ドル(約14兆5000億円、1ドル=145円換算)に達したと報道された。評価額1000億ドルを超えるヘクトコーンは、世界でバイトダンス(字節跳動)とSHEINの2社だけだ。
ただ、同社は5年以上前にユニコーン(評価額10億ドル以上の未上場企業)入りしており、「Amazonを抜く」「評価額1000億ドル」など驚くべき指標に到達するまで話題にならなかったのは、ターゲットとするZ世代の女性消費者以外には知られないように意図的に潜伏してきたからだと考えられる。
この1年でたびたびメディアに取り上げられているにもかかわらず、同社の創業者や広報の「生の声」が漏れることはない。だから以下の「略歴」も、多くは調査会社やベンチャーキャピタルによってもたらされた情報である。
SHEIN社はデジタルマーケティングを手掛けていた許仰天(クリス・シュー)氏が2008年に設立。事業内容やブランド名を何度か変え、2012年ごろ女性向けアパレルECに落ち着いた。2013年にジャフコ子会社から500万ドル(約7億3000万円)を調達した後に、イギリスのアパレルブランド「ROMWE」を買収。2010年代後半から北米市場を強化するようになる。
2018年にシリーズCでセコイア・キャピタル・チャイナなどから資金を調達した際の評価額は25億ドル(約3600億円)だったが、翌2019年の評価額は50億ドル(約7300億円)に倍増。その後も報じられるたびに評価額が跳ね上がり、ついに1000億ドルを突破した。
プラットフォームに頼らず成功
SHEINは2020年に日本市場に進出した。
SHEINの日本語サイトより
1~2年前に「アメリカのZ世代に大人気」のアパレルECとして注目を集めるようになったSHEINは、日本を含む世界150カ国で事業を展開している。店舗がないためユーザー以外は実感しにくいが、日本のヤフーニュースでのSHEINのビジネス記事にもSHEINユーザーのコメントが多くついており、バイトダンスの動画アプリ「TikTok」のように、特定の世代から爆発的な人気を集めるブランドになる可能性もある。
同社の今年上半期の流通取引総額(GMV)は前年同期比50%増の160億ドル(約2兆3200億円)に達し、ファストファッションの2大ブランドであるZARAとH&Mを抜いたとも報じられた。
SHEINはなぜ急成長しているのか。その強みは主に「価格競争力」「商品化までのスピード」「優れたデジタルマーケティング」の3つと言われる。
(1)価格競争力
SHEINの商品平均単価は10〜20ドル(約1400〜2900円)で、Tシャツは1000円以下、ワンピースも1000円台で手に入る。アパレルや外食産業の潮流は「サステナビリティ」で、低価格でなくとも環境や社会に配慮された商品が人気だが、その一方でどの国にもローエンド市場は必ずあり、デザイン性の高く安いSHEINの商品を歓迎する消費者が少なくないということだろう。
(2)商品化までのスピード
デザインから商品化までの短さは、価格と両輪の強みになっている。ZARAやH&Mは従来6~9カ月かかっていた商品化スピードを3、4週間に短縮し、「ファストファッション」という言葉を世の中に定着させた。その後、1カ月で商品化する「ウルトラファストファッション」ブランドも現れたが、SHEINはサプライチェーンを縫製工場がひしめく広州に集約することで、商品化に要する期間を1週間弱にまで縮め、毎日1000点以上の新商品を投入する「リアルタイムファッション」を実現した。
(3)優れたデジタルマーケティング
中国の新興ブランドはAmazonやアリババなど巨大プラットフォームを使って認知度を高め、商品を売るのがセオリーだが、SHEINはプラットフォーマーに頼らず、優れたデジタルマーケティングによって自力で成した。同社は新商品の開発にSNSとAIを駆使しつつ、SHEINブランドを愛用するキーオピニオンカスタマー(KOC)を起用。無料で商品を提供したり、KOCのSNS経由で商品が売れた場合にコミッションを払うインセンティブを導入し、口コミでの販売比率を高めている。
メディア対応に背を向けているにもかかわらず、印象的な実績によって世界中のメディアで取り上げられるようになったSHEIN。しかしグローバルでの認知度が高まるにつれて、アパレル企業としての姿勢やビジネスモデルの持続性について、批判や疑問の声も高まっている。
また、創業者のクリス・シュー氏がシンガポールに国籍を変えようとしているという噂が広がるなど、「中国企業の躍進」を手放しで喜ぶ中国でも、同社は「よく分からない企業」と見られている。次回はSHEINの課題や上場のロードマップ、中国以外ではほとんど報道されていない「競合」について考察する。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。