国連、世界の利上げ「依存」は「軽率な賭け」と警告。それでも中央銀行が引き締め「止められない」理由

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国連貿易開発会議(UNCTAD)が10月3日に公表した年次報告書(画像はオンライン版のスクリーンショット)。各国の金融政策に警鐘を鳴らす。

Screenshot of UNCTAD Trade &Development Report 2022

国連貿易開発会議(UNCTAD)が10月3日に公表した年次報告書は極めて興味深い内容だった。

同報告書は「過度の金融引き締めが(一部の国に)停滞や経済不安の時期をもたらす恐れがある」「中央銀行が金利上昇に依存し、景気後退を招くことなく物価を押し下げることができるという確信は軽率な賭け」などと、各国の中央銀行の姿勢に警鐘を鳴らす。

グリンスパン事務局長(米連邦準備制度理事会[FRB]元議長のアラン・グリーンスパン氏とは別人)は報告書の公表に際して記者団に対し、「インフレ抑制のために一つの手段のみを使用することを望めば、世界全体を減速させ、景気後退に追い込む」ため、「軌道を修正するよう」要請すると述べ、金融引き締め一辺倒の現状に懸念を示した。

報告書は、金融引き締めという「一つの手段」以外に、企業の抱える超過利潤への課税、商品市況における投機行為の規制、サプライチェーンのボトルネック解消などの政策によって、インフレ低下を実現できると指摘する。

1年前から繰り返し指摘されてきたように、現在の高インフレの出発点は供給制約だった。

とりわけ悩ましい化石燃料の制約については、脱炭素を目指す世界の潮流を受けて生産能力が低下していたところに、パンデミックの影響でサプライチェーンにも混乱が生じ、さらにウクライナ危機によるロシアからの供給支障が拍車をかける形になった。

供給制約の早期解消が期待できなくなる中で、供給不足に応じて需要を削るという縮小均衡の道を歩んでいるのがいまの世界経済だ。

UNCTADの報告書は、供給能力の修復という根本的な解決を目指すだけでなく、企業から超過利潤を徴収したり、商品高を不必要に煽(あお)ったりする行為にもメスを入れるべきという提言であり、言ってみれば、誰もが抱いていた正論を国連が世界各国の中央銀行に発信した構図と言えるだろう。

すでに欧州委員会は、資源高で追い風を受けるエネルギー企業から利潤を徴収し、困窮する家計・企業に分配する政策を検討中で、採用される公算が高まっている。

UNCTADの提言は正論であり、同時に現実的な対応とも言える。

失業者の増加が「必要」な現実

UNCTADの提言は紛れもない正論だが、世界の現状はもはや金融引き締めあるいは利上げなしで済まされるような状況ではなくなっていることも事実だ。

1年前と違って、すでに欧米では賃金インフレの兆候が指摘される。

賃金の上昇が続く限り、インフレの持続性は失われないため、金融引き締めによって実体経済の過熱を冷ましてやる必要がある。

よりかみ砕いて言えば、現在進行中のインフレ懸念を沈静化するためには、雇用・賃金市場の悪化、有り体に言えば「失業者の増加が必要」であり、利上げはそのために必要な象徴的ツールと言える。

9月の連邦公開市場委員会(FOMC)で0.75ポイントの利上げを決めた後、パウエルFRB議長は「我々はそれ(=失業者の増加)が必要だと考えている。より軟化した労働市場が必要だと思う」と明言している。

アメリカを例にとった場合、平均時給はピークアウトの兆しが指摘されるものの、依然として前年同月比5%超の増加が続いており、油断できない状態にある。

ここであらためて認識しておきたいのは、今回の景気悪化とそこからの回復は、通常の軌道とはまったく異なるという事実だ。

2020年春にパンデミックが発生し、アメリカではわずか1カ月で約2000万人の雇用が失われた。リーマンショック後の最も労働市場が厳しかった時期ですら、景気後退入りのおよそ2年後に約870万人という数字であり、それだけで今回のショックがいかに凄まじかったかがよく分かる【図表1】。

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【図表1】米非農業部門雇用者数「景気の山」からの変化幅。リーマンショック時(濃青)と今回(薄青)の比較。

出所:Datastream資料より筆者作成

それでも、主にロックダウン(都市封鎖)などの人為的な感染抑制策のために急増した失業は、パンデミックの沈静化とともに鋭角的に復元された。

8月の雇用統計(米労働省が9月2日発表)時点で、パンデミックで失われた雇用は完全に復元され、米労働市場は質(賃金)と量(雇用者数)の両面でパンデミックを克服した格好になった。

そうであれば、本来は利上げの必要もなくなるはずだが、労働需要の増加ペースがあまりに速いために労働供給が追いつかず、結果として賃金の上昇を招いている状況にある。

労働供給が追いつかない理由には専門家の間でも諸説あって、パンデミックに伴って地方へ移住してしまった層が多いことや、対面サービス型の仕事に就きたくない層が増えたことなどが指摘される。

社会全体でインフレが続いているために、より高い賃金を求めて求職活動に時間をかける(もしくはすぐに離職してしまう)ケースが増えているとの見方もある。

いずれにしても、現状を打開するにはどうしても労働需要を削る必要があり、その手段として利上げ(による景気の冷却)が重宝されるのも致し方ない状況と言える。

中央銀行はすぐに止まれない

年次報告書を通じて各国の中央銀行に警鐘を鳴らしたUNCTADも、利上げを全否定しているわけではない。

「単一の手段に依存してインフレを抑制できると考えないでほしい」というのが真意で、供給能力の拡充や価格統制を図りつつ、需要の縮小も進めることで、労働の需給ギャップをできるだけ早期に均衡状態に誘導すべきという正論を語っているにすぎない。

だが、欧米の中央銀行の現状を見る限り、その正論を実現するのは難しそうだ。

財政政策など政府の対応を踏まえつつ利上げ幅のさじ加減を調整するといった器用な真似ができる雰囲気は感じられない。

実際、器用な調整どころか、金融政策と財政政策が「ねじれ」の状態にある国もある。

イギリスに代表されるように「金融政策(利上げ)で経済を押し下げた分、財政政策で押し上げる」というポリシーミックスが定番化しており、政府はどちらかと言えば(景気刺激を通じて)インフレ率を押し上げる役回りを担っている。

とは言え、欧米の中央銀行は1年前、眼前でインフレが加速を続ける中でも「一時的な現象」との見方を崩さず、結果的に失敗して目下の状況に陥った経緯があるので、さすがに同じ轍を二度踏むことはないだろう。

つまり、インフレの芽を完全につぶしたと確信できるまで、中央銀行が金融引き締めの手綱を緩める展開は期待できない

そうした状況がある限り、「むやみに金融引き締めをしないように」とUNCTADが正論を張ったところで、(中央銀行がその正しさを理解していたとしても)通じるとも思えない。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文・唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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