IVAS(Integrated Visual Augmentation System、統合視覚増強システム)ヘッドセットの試作品を装着した米陸軍兵士。
US Army
Insiderは米陸軍のある内部報告書の抜粋を読み上げた音声データを独自入手した。
報告書には、マイクロソフト(Microsoft)が米陸軍と巨額契約を締結して開発中のスマートゴーグルが最近実施されたテストの多くの項目で不合格となったことが記されていた。
とりわけ、テストを担当した検査官の1人は、このゴーグルを兵士が装着した場合に危険が伴うことを指摘している。
マイクロソフトは2021年3月、同社の複合現実(MR)端末「ホロレンズ(HoloLens)」をベースに特注スマートゴーグルを供給する220億ドル(当時のレートで約2兆4000億円)の巨額契約を獲得したが、納入スケジュールは品質および性能上の問題から遅延している。
「このゴーグルを装着して戦場に出たら、我々は命を落とすことになる」
記事冒頭で紹介した音声データでは、テストを担当した米陸軍のある検査官が、マイクロソフトに発注したスマートゴーグルの最新版について評価に言及している。アクティブ状態のゴーグルが発する光に関する発言で、光源を通じて兵士の居場所を敵軍に知られてしまう恐れがあるというのだ。
開発中のスマートゴーグルは、最近実施された「実戦デモ」で設定されていた6つの評価項目のうち4つについて不合格となった。デモに関する報告を受けたマイクロソフトの従業員がInsiderの取材に明らかにした。
抜粋を読み上げる形で報告書の内容をInsiderに提供した従業員によれば、ゴーグルへのネガティブ評価の中には、画面から放散する光が数百メートル離れた場所からも見えるため、装着する兵士の位置を捕捉されかねないとの懸念が含まれていた。
また検査官らは、ゴーグルを装着した状態では周辺を含めて視野が限定されること、またその大きさと重さにより兵士の動きが妨げられることも指摘した。
マイクロソフトの広報担当フランクX・ショーは、IVAS(Integrated Visual Augmentation System、統合視覚増強システム)に関する不明点などは米陸軍の管轄となっており、同社には対応する権限がないとしている。
一方、米陸軍の広報担当によれば、実施済みの実戦デモはこれまでのところ概(おおむ)ね成功と評価されており、IVASの開発導入プログラムを今後も継続する考えは変わらないという。
クリストファー・D・シュナイダー准将はInsiderの取材に次のような文面で応じた。
「実戦デモなどの結果が順次上がってきており、それによれば、進行中の(IVAS開発導入)プログラムは陸軍のほとんどの評価基準をクリアしています。
ただし一方で、必要な基準に到達せず、さらなる改善が必要な部分も明らかになっており、陸軍としては今後対応していく考えです」
文面には「米陸軍は、最も信頼性が高い最先端の機器を兵士に提供していきます」との記載もあった。
メタバースの成否を握る端末
米陸軍とのスマートグラス開発契約は、マイクロソフトにとってはもちろん、仮想現実(VR)・拡張現実(AR)分野の発展にとっても、重要な一里塚になるとみなされていた。
マイクロソフトのホロレンズなどのスマートゴーグルは、メタ・プラットフォームズ(Meta Platforms)のマーク・ザッカーバーグCEOを筆頭にテック業界のリーダーたちが推進するメタバース普及拡大のカギを握ると広く考えられているからだ。
だが、商業的成功にはほど遠い現実がある。
マイクロソフト社内ではMR(複合現実)部門で戦略上の混乱がまん延し、人材はメタに流出、最近では経営陣の入れ替えと組織改編の影響で、ビジネスは分裂状態に置かれている。
なお、マイクロソフト側は前述の実戦デモの実施前から、米陸軍兵士たちの反応が芳しくないであろうことを想定していた模様だ。
Insiderが確認した今年3月の社内メールによれば、マイクロソフトのある従業員は、開発中のゴーグルの信頼性および暗所で使用する場合の性能低下に関する問題が解決されていないことから、(米陸軍側の)ネガティブな反応が想定されるとの警告を発している。
この従業員は、人工知能(AI)・複合現実(MR)部門ゼネラルマネージャーのデイビッド・マーラら同社の軍事契約チームのメンバー宛てにこう書いている。
「当社としては、顧客からのネガティブなフィードバックがあることを想定して実戦デモに臨むことになります。前回のデモに比べて信頼性の改善度合いは最低限にとどまっており、米陸軍兵士からは引き続きネガティブな反応な予想されます」
(編集:川村力)