イプシロンロケット、打ち上げ時のようす。
画像:JAXAの中継をキャプチャ
2022年10月12日朝、鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられたJAXAの固体ロケット「イプシロン」6号機が、ロケット機体の姿勢異常から飛行を中断、「指令破壊」によって海上へと落下した。
打ち上げは失敗。民間のレーダー地球観測衛星を含む「8機」の衛星が失われた。
JAXAの発表によれば、イプシロン6号機と主衛星(革新的衛星技術実証3号機)の開発製造費は総額77億円。相乗りした民間企業の衛星の開発費は非公開だが、イプシロン側の損害と合計すれば100億円を超える可能性もある。
注目ベンチャーの衛星も搭載
イプシロンは、JAXAが2013年の初号機打ち上げから運用してきた小型固体ロケットだ。JAXAの前身組織のひとつである宇宙科学研究所が開発した固体ロケット「M-V」を発展させ、科学衛星の打ち上げ向けだった存在から、世界の衛星打ち上げ需要に対応できる商用化を目指して開発された。
2019年以降はJAXAと民間企業が共同で進める新しい宇宙技術の実証プログラム「革新的衛星技術実証」の打ち上げを担っている。
今回打ち上げに失敗したイプシロン6号機には、民間企業が開発した宇宙用のコンポーネントを搭載した実証衛星RAISE-3と、大学などが開発した数キログラム級の超小型衛星を5機。加えて、当初搭載予定だった大学が開発した3機の超小型衛星の代わりに、九州大学発ベンチャーであるQPS研究所が開発したSAR(合成開口レーダー)衛星2機「QPS-SAR-3」「QPS-SAR-4」も搭載されている。
衛星の載せ替えは、綿密な計画に基づいて進められるロケット運用においては異例の試みだ。商業衛星の打ち上げ受注実績を積みたいイプシロン側と、衛星コンステレーションによる地球観測衛星網の構築を支援する国の意向とが一致したことで実現した事例ともいえる。
QPS研究所のホームページには、衛星の打ち上げ失敗に関するリリースが発表されていた。
撮影:三ツ村崇志
QPS研究所は、Business Insider Japanでもたびたび紹介してきたSAR衛星企業だ。36機の衛星網を構築することで、地球全土をほぼリアルタイムで観測できる体制を目指している。
イプシロンロケットを開発するIHIエアロスペース(IA)は、イプシロン商業化の方向性として、世界で急増する衛星コンステレーションの衛星を複数まとめて受注する方向を目指している。QPS研究所のSAR衛星向けに複数の衛星を搭載する機構を新規に開発している。
QPS研究所は12日に衛星の打ち上げ失敗に関するプレスリリースを発表。
大西俊輔CEOは、
「衛星が予定通り軌道投入されなかったのは大変残念に思っております。しかし、弊社が推し進める36機の小型SAR衛星による準リアルタイムデータ提供サービスに向けては、2022年度は4機の打上げを予定していましたので、次の5、6号機に向けても歩みを止めず、取り組んでまいります」
とのコメントを発表した。
同社のSAR衛星5号機は、2023年初頭にアメリカでロケット開発を担うヴァージン・オービット社のロケットでの打ち上げを予定している。
失敗の原因は? 第2段・第3段分離前に機体に姿勢異常
ロケット打ち上げ後の軌道。
画像:JAXAの中継をキャプチャ
2013年のイプシロン初号機以降、打ち上げ失敗は初めてのこと。一体なにが起きていたのか。
イプシロン6号機は10月12日、9時50分43秒に打ち上げられた。中継映像では、5~6分ほどロケットが正常に飛行を続ける様子が映っていたが、飛行の伸展を示すテレメータ画面が表示されない状態で急きょ中継が中止された。
JAXAからは、「ロケットに異常が発生したため9時57分11秒頃にロケットに指令破壊信号を送出し、打上げに失敗しました」(「イプシロンロケット6号機の打ち上げについて(第1報)」より)との報告があり、飛行中に機体を破壊したことが確認された。
ロケットを打ち上げる際には、ロケットを途中で分離しながら複数段階に分けて燃料を燃焼させるのが一般的だ。イプシロンロケット6号機では、第2段の燃焼が終わり、第3段を切り離す前に異常が生じた。
12日午後に開催されたJAXAの記者会見で、打ち上げの実施責任者である布野泰広理事は
「打ち上げからフェアリング※分離、第2段の燃焼終了までは正常に飛行していたものの、第2段と第3段の分離前に機体の姿勢異常が判明。このままでは目標の軌道に投入できないと判断したため、9時57分11秒頃に指令破壊を行った」
※ロケットの先端部。衛星などを格納しておく領域。
と説明した。
「指令破壊」とは何か
指令破壊を受けたイプシロンロケットは、フィリピンの東、図中黄色で囲った領域に落下したとみられる。
画像:Google Earth
指令破壊は、ロケットが正常に飛行できない場合に地上への落下を防ぐため、機体を破壊して強制的に飛行を中断する安全措置だ。地上からコマンドを送って線状の火工品(爆薬)に着火し機体を切断。それ以上、推進力が出ないようにして安全な場所に落下させる。
飛行計画では、第2段のエンジンの燃焼終了は打ち上げから4分54秒後で、第2段と第3段の分離は6分30秒後となっている。ロケットの姿勢異常はこの間に判明したとみられる。ただ、布野理事は「(異常の判明は)燃焼が終わったところだと思うが、タイミングは今後調査するため正確には回答できない」とした。
イプシロンロケットの第3段は指令破壊機能を持たないため、第2段を分離する前に指令破壊を実行したと考えられる。機体は、第2段で分離する機体の落下予想区域としてもともと予定されていた東経128~131度、北緯9~13度(フィリピン東方の海上)内に落下したとみられる。
肝心の「姿勢異常が生じた原因」については、JAXA側も調査中だ。
イプシロンロケットは、第1段と第2段に可動式のノズルやガスジェットによる姿勢制御装置を備えている。第3段では機体を回転させて姿勢を安定させる装置もある。布野理事は、「姿勢を決定する機器をすべて調べて原因を究明する」と説明した。
過去には、M-Vロケット4号機が第1段ノズルの損傷によって高温の燃焼ガスを漏出。姿勢制御機器が壊れて姿勢に異常が生じ、十分な速度を出すことができなかったという事例があった。姿勢異常は、姿勢制御とは関係のない部分の異常によって生じることもあるため、全面的な調査が必要になる。
今後JAXAは、原因究明と対策を進めることが急務になる。
懸念される宇宙ビジネスへの影響
イプシロンロケット6号機は「強化型」と呼ばれる開発段階のロケットとしての最終機だ。2023年以降には、「イプシロンS」へと機体を切り替え、海外の商用衛星を含む商業打ち上げを目指していた。
その打ち上げが失敗したことで、イプシロンロケットシリーズは最初の商業打ち上げ実績を作ることができなかった。
イプシロンと同時期に打ち上げを開始した欧州の固体ロケットでアリアンスペース社が運用する「Vega」は、2019年の15号機で初めて打ち上げに失敗。翌2020年にも、2回目の失敗を経験している。アリアン社の2020年のケースの原因究明では、上段の推力制御システムでケーブルが反対に取り付けられていたにもかかわらず、製品検査で見過ごされたことが発表されている。
いわばヒューマンエラーによる事故だが、さらに取り付けミスの背景には、作業者が誤った解釈をする可能性のあるマニュアルの不備が指摘されている。作業者の習熟度によらず正しく解釈できるようにマニュアルを改め、組み立てと検査工程の改善が必要とされた。
ただ、その後もVegaは顧客を獲得して打ち上げを続けており、2022年には新型のVega-Cが初飛行を成功させた。失敗の原因を突き止めて情報を公開し、改善可能な手順に落とし込むことができれば、失敗を乗り越えることはできるのだ。
布施理事も「まずは原因究明を行った上で、リターンフライトをどうするか決定する。海外のユーザーはそこの点も見ている」と、今後の対応こそが注目されているとの認識を示した。過去のさまざまな打ち上げ失敗の事例を意識しているからこその発言と思える。
商用運用の開始時の失敗はイプシロンとシリーズ後継機のイプシロンSにとって痛手であることは間違いない。
しかしこれで開発・運用サイクルが足踏みし、市場の要望に応えられていない状態にとどまることのほうが、日本のロケット戦略にとってはリスクだ。
Vegaはすでにイプシロンの3倍以上のロケットを打ち上げており、その差は圧倒的だ。
世界で多数の衛星を協調利用する衛星コンステレーションの計画が立ち上がり、複数の衛星を一度に軌道投入できるロケットの需要が増している。さらにロシアのウクライナ侵攻後に、ロシアの宇宙産業は衛星打ち上げロケットの信頼を失い、日本や韓国の民間の衛星が搭載ロケットを変更するなど、衛星打ち上げ市場の変動も起きている。
イプシロンSを含む日本のロケットにとって、そのニーズに応え商業打ち上げの需要を獲得する好機といえる。それを実現するには、原因の徹底した調査と、ユーザに納得してもらえるような適切な情報開示が必要だろう。
(文・秋山文野)