【1分解説】「日本人受賞なし」でも教養として知っておきたい、ノーベル賞研究の「いま」[生理学・医学賞編]

人類の系譜のイメージ図。

人類の系譜のイメージ図。

© The Nobel Committee for Physiology or Medicine. Illustrator: Mattias Karlén

10月3日の生理学・医学賞の発表から、10日の経済学賞まで続いたノーベル賞週間が幕を閉じました。

日本では、特に自然科学賞に携わる研究について、ノーベル賞の受賞は「研究のゴール」のように思われがちです。ただ、科学とは過去から未来へと脈々と受け継がれていくものです。ノーベル賞を受賞するような研究も、その流れの中の一つにしか過ぎません。

今年のノーベル賞のうち自然科学部門(生理学・医学賞、物理学賞、化学賞)を受賞したテーマのポイントを押さえつつ、その一歩先にある研究現場の「今」のエッセンスを3回にわたる連載でお届けします。

※他の賞は次のリンクから御覧ください。物理学賞化学賞

DNAで人類の歴史年表を埋める

マックス・プランク研究所のスヴァンテ・ペーボ博士

マックス・プランク研究所のスヴァンテ・ペーボ博士。

Frank Vinken/Max-Planck Institute/Handout / REUTERS

10月3日、ノーベル生理学・医学賞は、ドイツのマックス・プランク研究所のスヴァンテ・ペーボ博士に授与されることが発表されました。

ペーボ博士は沖縄科学技術大学院大学(OIST)の特任教授も兼任しています。

ペーボ博士は「古ゲノム学」という、過去の人類のゲノムを読み解く研究分野を確立したことで、人類史の解明に多大な貢献を果たした研究者です。

私たち現代人は、生物学的には「ホモ・サピエンス」(新人)と呼ばれています。

一方、この世界に「新人」が登場する以前から、「旧人」と呼ばれる現代人とは異なるヒト属が存在していたことが知られています。

それが「ネアンデルタール人」「デニソワ人」です。

ペーボ博士は、2010年にネアンデルタール人のDNAの解読に世界で初めて成功したことを発表しました。

また、ネアンデルタール人とは別の旧人である「デニソワ人」を発見し、それぞれのDNAの一部が現代のヒト(新人)に伝わっていることを解き明かしました。

「かつてのヒト属のDNAを調べ、それが現代人に伝わっていたことを解明した」

そう聞くと、ごく当たり前のことのように思うかもしれません。

ただ、この成果には科学的に2つの驚きがありました。

国立科学博物館で古ゲノム学を専門とする神澤秀明研究主幹。

国立科学博物館で古ゲノム学を専門とする神澤秀明研究主幹。

画像:取材時の画像をキャプチャ

まず、ネアンデルタール人が存在していたのは今から数万年〜数十万年前のことです。DNAを解析しようにも、掘り起こした骨などからDNAを抽出することは簡単ではありません。

ペーボ博士は、さまざまな不純物が混ざった遺物からDNAを抽出・分析する手法をゼロから構築し、古代人のゲノムを調べる「古ゲノム学」という新しい分野を切り開きました。

国立科学博物館で古ゲノム学を専門とする神澤秀明研究主幹は、

「従来なら骨の形態などを証拠に記載されていた人類の系統が、ゲノムでもって発見できた。これは衝撃的でした」

とその功績の大きさを語ります。

また、ペーボ博士の功績として忘れてはならないもう一つの視点は、DNAを解読することで人類史の歴史を書き換えた点にあります。

現代人の祖先は、今から約7万年前にアフリカからユーラシア大陸に渡ったとされています。

一方でネアンデルタール人やデニソワ人は、それ以前にアフリカから拡散した現代人とは独立した種族だと捉えられていました。

しかしDNAを読み解いていくと、現代人とネアンデルタール人やデニソワ人の間にDNA上のつながりが見つかったのです。

これはつまり、現代人の祖先がアフリカから世界中に広がっていく過程で、ネアンデルタール人やデニソワ人という別のヒト属と「交流」を持ち、遺伝的に交わっていたことを意味しています。

この結果は、それまでの人類史観を劇的に変えるものでした。

現代人の祖先がアフリカから世界中に広がっていく過程

The Nobel Committee for Physiology or Medicine. Illustrator: Mattias Karlén

古ゲノム学で歴史の1ページがより濃密に

人類史を研究する上で、DNAの情報は「今やなくてはならない情報」(神澤博士)だといいます。

「例えばネアデルタール人のゲノムが新人に与えた影響は1%〜2%だと非常に少ないです。ただ、これを骨の形から検出することはまず無理でしょう。そういった点を精度良く、高感度で検証できるのがゲノムの強みです」(神澤博士)

日本でも「日本人がどこから来たのか」をDNAベースに解き明かそうとするプロジェクトが進んでいるように、世界各地で人類のルーツにまつわる研究が進んでいます。

また、神澤博士はヨーロッパを中心とした研究トレンドとして、

「土に残存してるヒトのDNAを分析したり、歯石を分析することで当時の食性や細菌叢を調べることも行われています」

と指摘します。

神澤博士自身も、例えば古墳時代のお墓に埋葬されたヒトのDNAを解析することで、埋葬されたヒトの血縁関係や、そこから見いだされる社会的な背景を分析しています。

DNA分析という手法の登場によって、私たちはこれまで以上の解像度で人類の歴史の1ページを埋めていくことができるようになってきているのです。

(文・三ツ村崇志

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