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ネットフリックスが、かねてより導入を表明してきた「広告モデル」の新料金プランを発表した。
新プラン名は「広告つきベーシック」。日本では11月4日(金)午前1時より提供が始まり、料金は月額790円。従来の最安値だった「ベーシック」(月額990円)から200円安くなる。
同社の狙いは「会員数伸び悩みからの脱却」だ。
今回、ネットフリックスCOO(最高執行責任者)兼CPO(最高製品責任者)のグレッグ・ピーターズ氏らエクゼクティブからのコメントも得られた。コメントと重ね合わせながら新戦略を分析していく。
「ベーシック」を広告ありで200円値引き
新プランの名称は「広告付きベーシック」。ネットフリックスにはこれまで、ベーシック・スタンダード・プレミアムという3つの料金プランがあった。
違いは主に、画質と同時に視聴できる端末数の違いだ。名前からもわかるとおり、広告付きベーシックは、「ベーシック・プランのサービス内容に広告視聴をプラスし、その分200円割り引いたもの」と言える。(記事の料金表を参照)。
「広告つきベーシック」は月額790円。ダウンロードができない以外は、ベーシックの利用内容に準ずる。
作成:Business Insider Japan
広告付きベーシックへの切り替えは、加入者自身が申し込む。自動的に切り替わることはない。また、加入時には「メールアドレス」「年齢」「性別」の情報を入力する必要がある。
広告が入る関係からか、広告付きベーシックでは「番組のダウンロード視聴」ができない。つまり、完全にオフラインな環境では見られないプランになる。
なお、広告付きベーシックの導入に合わせ、同社での配信画質が「720p」(1280×720ドット)になり、すべてが「HD以上」になる。これは、既存のベーシックにも適応される。
アメリカでのプラン一覧。画質がすべてのプランで「HD」になり、標準解像度(SD)はなくなった。
出典:ネットフリックス
広告挿入は「テレビCMスタイル」、一部見られない過去作品も
基本的な機能・提供コンテンツは他のプランと変わらないが、過去に権利処理されたわずかな数の作品について、「広告を入れて配信する前提での契約が行われていない」(ピーターズCOO)関係から、広告付きベーシックでは視聴できないものもあるという。
広告はテレビCMスタイルで、視聴開始時と視聴中にそれぞれ挿入される。
CMは1本15秒から30秒。Netflixによると、1時間に平均4~5分の広告が表示される計算になる。
また、本編と広告を明確に区別するため、広告には「AD」などの広告であることを示すマークが表示されることもある。
ネットフリックス広告のサンプル例。基本的な広告フォーマットはこのようなイメージになるという。
出典:ネットフリックス
広告内容には制限をかけ、センシティブな内容については「禁止カテゴリー」が設けられている。
「政治的/政策的な広告・違法な広告は掲載しない。法律に違反するもの・詐欺的なもの・差別的なものや、銃や爆発物、喫煙関連の広告、一攫千金を狙うようなものなど、みなさんが(不適切と)想定しそうなものも表示しない」(ピーターズCOO)
テレビと「視聴率」を争うストリーミング
ネットフリックスが広告モデル導入の検討を発表したのは4月のことだ。そこから急速に広告型プランの開発が進んできた。
「あれからちょうど6カ月後の今日、新プランを発表できてうれしく思う。
このような短期間で新しいプランを立ち上げ、開発チームの活躍を見るのは刺激的で楽しいことだった。
なぜなら私たちは今、エンターテインメント業界とその進化において、極めて重要な時期にいるからだ」
とピーターズCOOは話す。理由は次の2つのグラフに表されている。
アメリカでのテレビデバイスにおける視聴時間の比率。すでにネット配信は放送系を抜いている。
出典:ネットフリックス
これはネットフリックスがよく引用する、アメリカのリビングのテレビにおける視聴媒体の調査結果だ。
テレビでの総視聴時間はストリーミングが放送とケーブルの両方を上回り、さらに、ネットフリックスの視聴比率は、他のどの放送局よりも多い。
次のデータは、イギリスの視聴率調査会社・BARBによる統計だ。こちらはアメリカほどの比率にはなっていないが、ネットフリックスの比率は8%を超えている。
イギリス・BARBによる統計。アメリカほどではないが、イギリスでも占有率が上がってきた。
出典:ネットフリックス
要は、これだけの占有率があることは「私たちの広告パートナーにとって重要なことだろう」(ピーターズCOO)という主張なのだ。
そして、結果として、多少なりとも安価なプランを提供できることは、利用者の獲得と引き止めに有効だ……とも考えているのだろう。
なお、ネットフリックス側は、新プランでどれだけ利用者数が増加し、既存プランからの「ダウングレード」率がどのくらいになるかについては、直接的なコメントを避けた。
アメリカでの「月額6.99ドル」という価格は、広告プランを導入する米ディズニー(HuluとDisney+でそれぞれ7.99ドル)の価格を意識したものにも見える。
この疑問については、「競合の状況から外れたものではない」としつつも、「自社の価値に合わせて判断している」(ピーターズCOO)とコメントしている。
今回のプランが導入される国々での価格は以下の通り。単純に「ドル円」レートで計算すると、1ドル=113円強に設定されていて、円安の昨今、お得にも見える。これは「国ごとの状況を判断した価格設定」(ピーターズCOO)だからだ。
広告プランが提供される12カ国での価格。似た価格水準だが、現時点の為替レートからすると日本は割安(1ドル113円強の計算)になっている。
出典:ネットフリックス
視聴データはどこまでターゲティング広告に利用される?
「広告つきベーシック」導入にあたって特に気になるのは、広告モデルとプライバシーの関係だ。
現状、ネットフリックスの中には多数の視聴データが蓄積されており、それは個人によってプライベートな情報にもなる。広告に利用されたり、広告利用目的で他社への提供が行われることになることを危惧する人もいるだろう。
結論から言えば、その点は「一線」が敷かれ、懸念が発生しないように配慮されてはいるようだ。
ネットフリックス・広告事業担当バイスプレジデントのジェレミー・ゴーマン氏は「広告プランを選んでいない人の情報は一切広告に利用されない」と明言する。
また、現状での「広告付きベーシック」での個人情報の扱いとターゲティングについても、以下のように説明している。
「生年月日と性別をサインアップ時に収集し、より関連性の高い広告が出るようにする予定はある。しかし、発売当初はこのデータを広告のターゲティングには使用しない。一方、マイクロソフトのようなパートナーは、ネットフリックスの広告をサポートするためにのみ、この情報を使用することができる」(ゴーマン氏)
広告は基本的に、「コンテンツのジャンル」と「人気トップ10に入っているか」といった、コンテンツ種別に応じて広告主が出稿先を選ぶ形式だという。
当初は種別などに応じた「固定額」となるが、「将来的にはオークション形式を導入したい」(ピーターズCOO)とする。ただし、移行時期などは未定だ。
言い換えれば、初期にはターゲティング広告は使われないが、その後に年齢・性別にコンテンツ種別を掛け合わせた比較的シンプルなターゲティングが行われる……ということだろう。
なお、「パートナーがデータを利用する」というのは、データを他社に提供するという意味ではなく、ネットフリックスの広告ビジネスを開発・サポートするためのものだ。
広告ビジネス向けのシステムは、マイクロソフトと提携して開発している。
出典:ネットフリックス
発表内容やコメントからは、短期間で開発したが故の「初期は複雑な広告配信ができない」制約も見えてくる。
なお、「広告主には視聴率データのようなものが提供できるよう準備も進めている」とピータースCOOはコメントしており、この点も、広告主にとっては重要な要素となりそうだ。
(文・西田宗千佳)