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【1分解説】教養として知っておきたいノーベル化学賞。クリックケミストリーが開く可能性

クリックケミストリーのイメージ図。

クリックケミストリーのイメージ図。

Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences”

日本では、特に自然科学賞に携わる研究について、ノーベル賞の受賞は「研究のゴール」のように思われがちです。ただ、科学とは過去から未来へと脈々と受け継がれていくものです。ノーベル賞を受賞するような研究も、少なからずその流れの中にあります。

2022年のノーベル賞のうち自然科学部門(生理学・医学賞、物理学賞、化学賞)を受賞したテーマのポイントを押さえつつ、その一歩先にある研究現場の「今」のエッセンスを3回にわたる連載でお届けします。

3回目は10月5日に発表された「化学賞」です。

※他の賞は次のリンクから御覧ください。生理学・医学賞物理学賞

化学反応の「再評価」が生んだ新潮流

バリー・シャープレス博士、モーテン・メルダル博士、キャロリン・ベルトッツィ博士の写真

REUTERS/Carlos Barria

薬のように複雑な分子を合成しようとすると、その製造工程で副産物が生じたり、反応が難しくなったりと複雑になりがちです。

もっと単純で効率的に目的の機能性を持つ分子を作れないものか……。そんな発想から考案されたのが、2001年に続く2度目のノーベル化学賞を受賞することとなったアメリカ、スクリプス研究所のバリー・シャープレス博士が提唱した「クリックケミストリー」という概念です。

ノーベル化学賞の受賞テーマにもなった「クリックケミストリー」をはじめとする種々の有機化学の研究に携わる九州大学の友岡克彦教授は、

「分子をくっつける化学反応は、世の中にごまんとあります。その中にあって、今回ノーベル賞の受賞テーマとなった『クリックケミストリー』(クリック反応)は、まるでシートベルトのコネクタが『カチッ』っとはまるように、二つの分子が特異的に結びつくような化学反応とその応用を意味しています

と説明します。

化学反応と言えば

H2 + 1/2 O2 → H2O

といったような、「きれいな反応」をイメージするかもしれませんが、実際には目的の分子とともにさまざまな分子が生成してしまい、混合物が得られることも多いのです。

クリック反応のイメージ図

クリック反応のイメージ図。くっつけたい2つの分子の一方にアジド基、もう一方にアルキニル基を付けておくと、2つの分子が選択的に化学反応を起こす。

Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences”

これに対してシャープレス博士は、目的の化学反応には不要なさまざまな分子があるような環境でも、アジド基とアルキニル基と呼ばれる「官能基」※同士であれば化学反応が選択的に進行し「クリック反応」として利用できることを見出しました。

これらの二つの官能基が、まさにシートベルトのコネクタのペアのように「カチッ」と結合する関係になっているのです。

2人目の受賞者として名前が挙げられた、デンマーク・コペンハーゲン大学のモーテン・メルダル博士も、シャープレス博士と同じ時期に同じ反応を発見したことが評価されて、今回のノーベル化学賞を受賞しています。

※官能基とは、分子の部分的な構造のこと。アジド基は窒素原子3つからなる構造。アルキニル基は、炭素と炭素の三重結合が含まれる構造。

友岡教授によると、シャープレス博士とメルダル博士が見出した化学反応の源流は、1800年代から知られていたとのことです。その後、2002年にシャープレス博士やメルダル博士は、「銅塩」を触媒にすることで化学反応が加速することを見出しました。

この反応が「クリック反応」として利用できることを「発見」したわけです。

こうして、クリック反応によってアジド基を持つ任意の分子とアルキニル基を持つ任意の分子を、簡単かつ効率的につなげることができるようになりました。ノーベル財団のプレスリリースによると、現代では、医薬品の開発などに利用されているといいます。

科学の進歩に終わりはない

生体内でのクリック反応の概念図

生体内でのクリック反応の概念図。アジド基がついた糖を細胞に取り込ませることで、細胞にアジド基を持つ糖鎖ができる。クリック反応を利用して「光る性質」をもつ分子を糖鎖に結合させることができる。

Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences”

こうしてシャープレス博士が描いたクリックケミストリーの概念が実証された後に、その意義をさらに一段上げることに貢献したのが、3人目の受賞者であるアメリカ、スタンフォード大学のキャロリン・ベルトッツィ博士でした。

実は、シャープレス博士らが見出したクリック反応では、生体にとって毒である銅の触媒を使っているために、生体内でクリック反応を行うことが難しかったのです。

ベルトッツィ博士は、銅触媒を使わないクリック反応を実現。生体内でクリック反応を活用する道を切り開きました。

友岡教授によると、ベルトッツィ博士が見つけた反応も、化学反応としては既に知られていた反応でした。

つまり、今回のノーベル化学賞を受賞した3人は、新しい反応を見つけたというより、非常に古典的な反応を「モダン化」(友岡教授)して応用できる形に昇華したことが評価されたというわけです。

九州大学の友岡克彦教授。

九州大学の友岡克彦教授。

画像:取材時の画面をキャプチャ

生体内でクリック反応を実現できたことで、例えばヒトも含めた生物の細胞の表面に「光る性質」を付与して細胞の様子を観察することが容易にできるようになりました。また「選択的に反応する」というクリック反応の性質を生かし、特定の細胞に取り込まれやすい分子と薬の成分を組み合わせて、薬を適切な場所に届ける「ドラッグデリバリー」への応用も期待されます。

このように後は、さまざまな機能性を持つ化合物を生み出していくだけ…と思いきや、実はまだまだ発展の余地は残されているといいます。

「現在使われているクリック反応は確かに優秀ですが、完璧ではありません。熱的に不安定であり、同じ分子同士で反応してしまったり、ほかの分子と反応したりすることもあります。壊れにくく、ほか分子とも反応しにくい、より使い勝手の良いクリック反応の“コネクタ”が求められているのです」(友岡教授)

また、クリック反応に使える「コネクタ」が増えれば、複数のクリック反応を組み合わせてより高度で複合的な機能を持つ分子を作ることも可能になるはずです。そのためには機能性のある分子を「つなげる反応」の多様性が求められます。つなげる反応が多種多様にあれば、分子によって使い分けることができるのです。

「世の常ですが、研究や開発に終わりはありません。iPhoneだって登場してからずっと進歩してきましたよね。ノーベル賞の研究だって同じなんです

日本だとどうしてもノーベル賞は『ゴール』だと捉えられがちです。受賞者のアカデミックキャリアにとってはゴールなのかもしれません。ですが、科学や技術にとってのゴールではありません」(友岡教授)

ノーベル賞は世界中に大きな影響を与えた「一つの大きな山を超えた研究」に与えられるものです。しかし、山を超えたからこそ、その先にある新しい未踏の山脈を目にすることができるのです。

(文・三ツ村崇志

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