インフレに圧迫されるアメリカのZ世代にとって、SHEINはなくてはならないアプリになった。
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中国企業であるがアメリカのZ世代から絶大な支持を受け、徹底した秘密主義によって企業や経営者の輪郭もベールに包まれているアパレルECの「SHEIN(シーイン)」。大量生産・大量廃棄の価値観に基づくビジネスモデルに批判が寄せられるが、それ以上に大きなリスクが同社に立ちはだかりつつある(前編から続く)。
「低価格こそ正義」のZ世代に照準
中国企業のSHEINは2010年代後半から北米市場を強化するようになったことは前回も触れたが、なぜこの戦略で成功できたのか。海外、特に先進国での成功の方程式を探す中国では、さまざまな分析がなされている。
中国企業の商品は「安かろう悪かろう」のレッテルを覆すのに苦労することが多いが、SHEINは中国よりも「低価格」で戦う競合が少ないアメリカで、「安くておしゃれであればその他のことを気にしない」セグメントだけをターゲットにした判断が奏功した。
経済成長期に一人っ子として大切に育てられた中国のZ世代女性のキーワードは「背伸び消費」「個性を表現できる消費」だ。貯蓄志向は薄く、趣味や癒しにお金をかける彼女たちが、フィギュア、ペット、低アルコール飲料など新たな市場をつくってきた。
中国・新疆ウイグル自治区で作られる綿花の使用を中止する動きが広がるなど、アパレル業界は大量生産・大量消費の価値観からの脱却を迫られている。
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一方、中国メディアの分析によるとアメリカのZ世代は金銭的余裕がなく、大学生の多くは学費や生活費を貸与奨学金で工面して大学に通っている。新型コロナウイルスが流行した2020年以降は、雇用環境がさらに厳しくなる一方でインフレが加速し、若者の節約志向がさらに強まった。安くておしゃれな衣料を大量に提供するSHEINは、彼女たちにとってなくてはならない存在になった。
SHEINはフォロワーの多い大学生などを「キーオピニオンカスタマー(KOC)」と認定し、SNSで宣伝してもらう代わりに毎月無料で商品を提供する。著名人のようなコストがかからず、しかもブランド忠誠心が高い顧客の活用は、SHEINとKOCの双方にメリットがある。
ただ、アマゾンやZARA、H&Mなどグローバルの巨頭が競争相手として引き合いに出されるようになったことで、SHEINの商品の品質やビジネスモデルの持続可能性について疑義も寄せられるようになった。
顧客であるZ世代の女性以外には知られないように事業を拡大してきたSHEINには、大量消費・大量廃棄という「ファストファッション」の価値観が凝縮されている。環境負荷の高い化学繊維を大量に使い、強制労働下で生産されていると疑いが向けられている新疆綿を使用している可能性もある。
商標権や著作権など、知的財産権を侵害しているとしてアーティストやブランドから複数の訴訟を起こされてもいる。
注目度の上昇と引き換えにレピュテーションリスクへの対応を迫られてはいるが、中国テックメディアの36Krによると、SHEINの流通取引総額(GMV)は2020年が100億ドル(約1兆4500億円、1ドル=145円換算)、2021年は200億ドル(約2兆9000億円)、そして2022年1-6月は前年同期比50%増の160億ドル(約2兆3200億円)と驚異的な成長を続けている。「低価格こそ正義」と考える同社の顧客の多くは、製品の環境負荷や労働者の待遇などを巡る批判を意に介さないだろう。
品質問題を巧みに回避
中国のEC業界やメディア、アナリストがSHEINの成功で気づいたのは、ECを主な販売ルートとする企業が培ってきたマーケティングのノウハウが他国でも通用するだけでなく、品質や「From 中国」というレッテル問題すらカバーできるということだ。
SHEINの戦略は日本でも注目されるようになったが、実は中国ではこの数年、SNSとECを駆使してZ世代の間でバズをつくり、VCから資金調達して短期間で急成長するスタートアップが次々に出ている。
果実酒メーカー「Miss Berry」は2019年の設立時から「アルコールの空白市場」とされていた若い女性にターゲットを絞り、果物を使った低アルコール飲料を商品化。アリババと二人三脚でEC市場を開拓し、わずか1年で果実酒カテゴリーの販売トップに立った。
プチプラコスメの完美日記(PERFECT DIARY)は2017年に最初の商品を発売し、2019年のアリババのセール「ダブルイレブン」で中国ブランドとして初めてコスメカテゴリーの売り上げ首位を獲得した。同社は商品のパッケージに中国らしさを取り入れ、「国潮ブーム」のけん引役としても知られる。運営する逸仙電商(Yatsen)は2020年11月にニューヨーク証券取引所に上場した。
中国ではZ世代の女性に狙いを定めた巧みなSNSマーケティングによって短期間で成功するスタートアップが続出している。
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これら「インフルエンサー銘柄」は、SNSの評判で商品を購入するZ世代をターゲットにすることで、マーケティング費用をSNS周りに集中させ、直接ECに誘導する。そうすることで中間費用を大幅にカットできるからだ。メーカーでありながら生産は外部に委託するため、工場に投資する必要もない。世界中の企業から受注する中小零細工場がひしめく中国の地の利を生かしたビジネスモデルでもある。
これらのスタートアップは、熟知する中国人消費者に照準を当て、既存企業と差別化するために「ライフスタイル提案路線」か「高級路線」を採っていたが、SHEINはアメリカで「中国価格」を展開するコロンブスの卵のような発想によって、新しく、よりインパクトの大きい成功モデルを作り上げた。
創業者はシンガポールに国籍変更か
では、サステナビリティの観点からの批判以上にSHEINを脅かしているものは何か。
一つは「中国企業」という出自だろう。ショート動画「TikTok」が世界中で人気になったバイトダンス(字節跳動)は、米中貿易戦争に巻き込まれ、トランプ前政権から米事業売却を命じられた。バイデンへの政権交代によって売却命令は棚上げになったが、中国企業の政治リスクが浮き彫りになった。
バイトダンスとSHEINは世界で2社しかないヘクトコーン(評価額が1000億ドル以上の未上場企業)だが、裏を返せば評価額がそれだけ大きくなっても上場できない複雑な事情があるということだ。2019年時点でバイトダンスに次いで評価額が高かったアリババ金融子会社のアントグループ、配車アプリの滴滴出行(DiDi Chuxing)は上場を巡って中国政府の横やりが入った。グローバル展開を目指す中国スタートアップにとって、政治・経済両面で今の環境は最悪に近い。
SHEINは2021年からたびたび上場観測が報じられている。つい最近もブルームバーグら米国メディアが「2024年に米上場を目指す計画」と報道した。
SHEINは上場に向けて、シンガポールに本社移転を進めているとも言われる。同社の利用規約では契約主体がシンガポールの「Roadget Business」となっており、LinkedIn(リンクトイン)に掲載されている本社所在地もシンガポールに変更された。
創業者兼CEOの許仰天(クリス・シュー)氏が既にシンガポールの市民権を取得し、アメリカでの中国企業に対する厳しい上場審査を回避するために国籍変更を検討しているとも伝えられる。
中国「激安」ECもアメリカ進出
激安ECの拼多多は9月にアメリカに進出した。
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SHEINのもう一つのリスクは、「競合」の参入だ。北米で急成長した同社は、アマゾンあるいはZARA、H&Mが競合と見なされてきたが、SHEINの成功を受け、中国のECやアパレル企業が同市場に進出する動きが出ている。
中国EC3位の「拼多多(Pinduoduo)」傘下の越境ECプラットフォーム「Temu」は2022年9月、中国国外でのサービスを開始。最初の進出先にアメリカを選び、中間層をターゲットに定めた。
2015年に設立された拼多多は、業界リーダーのアリババと京東(JD.com)がハイエンドに向かう中で取り残された地方の低所得層に激安商品を提供し、短期間で約5億人のユーザーを獲得。業界3位に躍り出たスタートアップだ。「激安」の大規模展開では一日の長がある。
拼多多のTemuはSHEINのビジネスモデルに相当寄せていると言われ、出品者が中国の指定倉庫に商品を発送すれば、価格設定や販売はプラットフォームが行う点も共通している。
中国での報道によると、SHEINのサプライヤーの多くが、拼多多からより好条件を提示されて引き抜かれている。また、オープンしたばかりのアメリカのECサイトは、SHEINよりも大幅に安い商品と条件をそろえ、1セントの商品でさえも送料無料となっている。
拼多多は中国で農村の中高年層をターゲットにしており、Z世代の「父母・祖父母」御用達のECだ。その意味ではアメリカでもすぐにはSHEINの顧客を浸食することはないかもしれない。だが、中国のEC市場はTikTokの中国版である「抖音」など強力なプレイヤーが参入し、レッドオーシャンになっている。IT企業への規制強化や不動産市場の低迷、ゼロコロナ戦略の継続によって、中国経済が失速しており、別の市場を探す動機は強い。
SHEINはH&MやZARAを超えることを内部の目標にしていると言われるが、本当のライバルはビジネスモデルの模倣を厭わない中国企業なのかもしれない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。