社会的地位の低い創業者やマイノリティの起業家に資金を提供するベンチャーキャピタルを創業したモーリス・ン(Maurice Ng)。
Maurice Ng
数千万円の年収を捨てた元銀行員が、ベンチャーキャピタルを設立し、社会的地位の低い創業者やマイノリティの起業家に資金を提供している。本稿では、そんな彼が確立した5つの投資原則を紹介したい。
2008年、モーリス・ン(Maurice Ng)はわずか3000ドル(約44万円、1ドル=148円換算)を手に、家族とともに香港からアメリカに移住した。英語が話せず、新しい国で全く新しい生活を始めなければならなかったため、アメリカの生活の足場を固めるのに苦労した。
香港に住んでいた頃、ンの父親は宝石店を経営していたが、2008年の金融危機で経営が悪化。事業存続のためヤミ金融から借金をしなければならなくなり、一家は危機的状況に陥った。
「高利貸しから返済を迫られ、経営が苦しくなった父は返済を滞らせるようになりました。結局、引っ越さなければならない事態になったのです」とンはInsiderに語った。
一家はニューヨークのクイーンズに移り住み、両親は最低賃金の仕事に就いた。「叔父の家の寝室をみんなでシェアしていました」とンは当時の様子を振り返る。アメリカでの再出発は家族にとっては厳しいものであり、ンは両親が再出発の代償を払う様子を目の当たりにした。
「父は打ちひしがれていました。香港では経営者だったのに、経済的に苦しくなり、自分は何も持っていない国での再出発を余儀なくされたのですから」
ンは経済的に貧しいながらも、両親を助けようと決心した。小学校を卒業した頃から医者を目指すようになり、最初は大学の医学部に進学した。しかし、大学のイベントに参加したり金融の講義を受けたりするうちにウォール街で働こうと考えを変え、金融専攻に変更した。
大学卒業後、ンはJPモルガンに就職する。その後ファロール・アセット・マネジメント(Farol Asset Management)でプライベート・エクイティとグロース・エクイティの専門家として働いたという。
「この業界で働くことで、うまく投資をするコツを学びました。そして、自分自身で投資を始め、戦略を練り、自分のポートフォリオを大きくすることに成功したのです。
いま市場は減速しており、誰もが景気後退を予想しています。しかし私は、株式や企業に投資する際、常に投資先の兆候に着目していました」
ンは金融業界での経験をもとに投資戦略を確立していった。投資先候補の強みを見抜き、健全で収益性の高い企業に投資してきたンの「5つの指針」がこれだ。
1. 着実に増収増益を続けている企業であること
ベンチャー企業への投資は、その企業の経営や純利益を理解することから始まる、とンは言う。成長実績のある企業と手を組むことが肝心だ。
2. 成長中の業界に投資すること
安定した業界の企業やスタートアップに資金や資源を投入することも検討すべきだという。変動が激しい業界の企業の方が上昇率は高いかもしれないが、その分リスクも高くなる。
3. 強い経営力のある企業
安定した責任ある経営も、企業が利益を生むかどうかに影響を与える変数のひとつだ。誰が企業の舵取りをしているのかを深く理解するために、経営者や取締役会の実績を調べよう。
4. 株価のバリュエーションを見て、割安か割高かを判断する
株価のバリュエーションを理解するには、より多くの調査が必要で、その技術を習得するのにも時間がかかる。しかしこれは、どこに資金を投入するかを決定する最も重要な要素だ。
5. 保有し続けるか売却するかを決め、いつ売却するかという計画を立てる
投資にも時と場所があるように、キャッシュアウトするときの出口戦略も決めておくべきだ。最高のシナリオは、投資機会を見定めることに成功し、その見返りがあるときだ。
ンは、シリコンバレーやウォール街でキャリアを積み、いまや自力で億万長者になった。2020年12月に高給取りの会社員としてのキャリアを捨てた彼は、十分なサービスを受けられていないコミュニティへの投資と、成功への足がかりがない人たちが道を切り開くための支援をしている。
「最初は怖かったですよ。何の保証もないし、利益も出ませんでしたから。それでも、起業家になった以上、両親の面倒を見ることも含めてすべては自分にかかっていると自覚したんです。自分が決めたことなんだから自信を持たなくちゃ、と」
ンは、サーベイモンキー(SurveyMonkey)の戦略的財務パートナーという億円単位の報酬の仕事を辞め、ティングス・キャピタル(Tings Capital)というベンチャーキャピタルを立ち上げた。このベンチャーキャピタルは、マイノリティや、移民一世、LGBTQとして自身を認識する人たち、そして女性起業家に投資する会社だ。
「彼らは、資金調達に苦労し、見過ごされがちな経営者たちです。ティングス・キャピタルは、いずれ『ダイバーシティ』や『インクルージョン』という概念が浸透して時代遅れになることを目指しています」
その道のりが長いことは承知している。ベンチャーキャピタルの世界で『ダイバーシティ』はまだ理解されづらく、マイノリティの起業家は資金調達に苦労しているからだ。
しかしンには、マイノリティ起業家に投資することの重要性が痛いほどよく分かっている。だからこそ、資金を必要とする人たちとベンチャーキャピタルとのギャップを埋めようとしているのだ。
「残念ながら、ベンチャーキャピタルは自分たちと同質性の高い人に投資する傾向があり、その馴れ合いがマイノリティに不利に働いています。私たち皆が、自分の夢を叶え、成功するチャンスを手にすることが大切なのです」
※この記事は2022年10月21日初出です。