環境問題「悲観的なシナリオ」を覆すには?有識者が語る未来のために必要なこと

ブループラネット賞の過去の受賞者による提言

2022年8月25日、ブループラネット賞(主催:旭硝子財団)創設30周年シンポジウムが開催され、過去の受賞者3名が環境問題に関する共同提言を発表した。提言をまとめたブライアン・ウォーカー教授(2018年受賞、オーストラリア国立大学名誉教授)、エリック・ランバン教授(2019年受賞、ルーヴァン・カトリック大学教授、スタンフォード大学教授・学部長)、デイビッド・ティルマン教授(2020年受賞、ミネソタ大学 教授、カリフォルニア大学サンタバーバラ校 卓越教授)は、提言にどのような思いを込めたのか。

地球環境への危機感や解決への糸口、若者が抱く環境問題に対する危機感への思い、未来について──共同提言を発表した翌朝、語り合ってもらった。

「こんな未来は嫌だ」を考えてみよう

旱魃のイメージ画像

Edwin Remsberg via Gettyimages

「地球環境の問題について、もはや現状の問題にとらわれている場合ではない。どうすれば一刻も早く持続可能な社会にたどり着けるのか、フォーカスすべきは解決策である」

共同提言への3者の思いは一致していた。

BrianWalker

ブライアン・ウォーカー教授(オーストラリア)。1940年生まれ。オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)名誉フェロー、オーストラリア国立大学名誉教授。「社会-生態システム」におけるレジリエンス(回復性強靭性)概念の開発に最も大きな貢献をし、変動する環境下で社会が持続するには、高いレジリエンスが必要であることを提唱した。

提供:旭硝子財団

既に数多くの解決策が考え出されていて、それぞれのメリットやデメリットまで理解されている。さまざまな立場から選択可能な道筋が、現時点で複数示されているのだ。そんななかで全世界がたどるべき、ただ1つの道筋などがあるはずもなく、そもそも1つに絞る必要などない

もちろん、合意は必要である。ただし、その際にもまず考えるべきは「起こってほしくない未来」だとウォーカー教授は強調する。理想像については見解が異なって当たり前、けれども「こんな未来だけは嫌だ」と考えれば落としどころは見つけやすくなる

その上でティルマン教授の指摘に耳を傾ける必要がある。

「全てを完璧にやろうとする必要などない。ただし、どんな行動であれ、直ちに行動する必要がある。いま我々が取る行動により地球の未来は決まってくる。若い世代の人たちに住みやすい世界を残してあげなくてはならない。」(ティルマン教授)

「シナリオ思考」で未来を捉え、危機感を共有 

Eric Lambin

エリック・ランバン教授(ベルギー)。1962年生まれ。ルーヴァン・カトリック大学教授、スタンフォード大学教授・学部長 。世界的規模での土地利用の変化、その生態系への影響や土地利用政策の有効性を衛星リモートセンシング技術と独自の時系列解析手法を用いて、土地利用の変化が地球の自然システムへ悪影響を及ぼしていることを早くから指摘した。更に、社会経済データと結び付けて経済活動との関係も明らかにした。

提供:旭硝子財団

未来を考えるうえでヒントになる手法がある。2022年のブループラネット賞を受賞したスティーブン・カーペンター教授が提唱する「シナリオワークショップ」である。カーペンター教授と親しいウォーカー教授は、シナリオを活用する議論について「いくつかの未来シナリオを示せば、これだけは絶対に嫌だと合意しやすくなり、集団として妥協点を探す際の一助となる」と説明する。

ランバン教授は、世界の人口のわずか10%に過ぎない富裕層が、世界中のCO2排出量の50%を占めていると指摘。まずは、この富裕層による排出量を削減できれば、未来のシナリオは変わる。

「ただし、残りの50%の排出量も忘れてはならない」とランバン教授は注意を促す。そもそも現在の人類は150年前と比べて、一人あたりの地球に与える環境ダメージの大きさは60倍に達している。そのような急激な変化が起こり始めたのは1950年代からである。

「それからわずか70年で世界を一変させてしまったのは、我々世代だ。世界を大きく変えてしまった最初の世代としての責任が我々にはある」(ウォーカー教授)

ウォーカー教授は「我々は若い人たちからもっと学ぶべき」だと話す。これからの地球で暮らし、地球の行く末を決める主役は、今の若者たちであり、彼らが求める未来像を知らなければ、彼らのための変革など起こしようもないからだ。

現在の指導層は、現状を前提とした改善の延長線上にしか未来を想定できない。けれども、そんな未来像を若者たちは決して求めてはいない。だからこそ若者たちが抱く危機感は、年長者たちとは比べられないほど深刻なのだ。

未来を真剣に考える若者ほど、未来を恐れてもいる。ランバン教授もこう話す。

「持てる才能とエネルギーを注いで、世界をより良くしたいと考え行動する若者たちに、我々は耳を傾けなければならない。彼らの提言を世の中に知らせるだけでなく、幅広く公共の場で議論すべきだ」(ランバン教授)

限界を超える前に「変革」を起こす

30周年記念シンポジウムの中では、生態系が持つシステム固有の転換点を超えてしまうリスクが強調された。ひとたび転換点を超えてしまうと、システム全体が大きく変わってしまい元の世界には戻れないからだ。

David Tilman

デイビッド・ティルマン教授(米国)。1949年生まれ。ミネソタ大学教授、大学理事。カリフォルニア大学サンタバーバラ校卓越教授。農業と食習慣が健康と環境に与える影響について精査し、植物ベースの食物は人間の健康と環境の両方に利があるのに対し、赤身の肉類は人間の健康にも環境にも悪影響を与えることを示した。密接に関連している食習慣・健康・環境のトリレンマを地球規模の問題ととらえ、人間の健康にも、地球環境にもよい農業の実践と食習慣への移行を唱道している。

提供:旭硝子財団

例えば農業では、土壌中の生物多様性まで考慮する必要がある。ひとたび土壌から生物多様性が失われてしまうと、それまで果たせていた土壌の機能が失われ、取り返しのつかない状態に陥るのだ。しかも生態系においては、複雑に絡み合う複数のシステムで、それぞれ転換点が異なる。転換点を超えるとシステムはバラバラに機能する。

そのなかのどこか一つでも転換点を超えてしまうと、全体の土壌生態系にどのようなダメージが及ぶのかは想像すらできない。

一例としてティルマン教授は、アメリカのトウモロコシ栽培をあげた。CO2を削減すると信じられているバイオ燃料の原料用にトウモロコシの栽培が盛んに行われているが、実際には、バイオ燃料用に森林伐採をし、農地を作ったりすることなどで、バイオ燃料は地球環境に悪影響を与えている。このような実践例は論外である。

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あらゆる活動にはフィードバック効果が付随する前提を忘れてはならない」とティルマン教授は強調する。

農業からのCO2排出量は、全CO2排出量の30%を占めている。食糧増産のために森林を開拓して農地を拡大すれば、それは水問題にも波及する。一方で食糧問題については、現時点でも世界で約8億人が栄養失調に苦しんでおり、食糧をバイオ燃料用にすることは間違っている。とにかく早急な解決が求められている。

そこで考えるべきは技術移転である。ティルマン教授によれば、世界では未だに15億人ほどが古代のままのような農業を行っていて、単位面積あたりの収穫量が少ないため常に新たな土地が切り開かれ、農地に用いられてきている。こうした国々に対して、より効率的な農法の技術支援をすれば収穫量が増えて、経済発展を遂げながら環境ダメージを抑えられる。新たな農地開拓を行わなければ、生物多様性も維持されるであろう

農業の問題は、食にも直結すると語るのはランバン教授である。

食事の内容を見直し、赤身の肉のように飼育過程で温室効果ガスの排出量が多く不健康な食物をできるだけ排除する。もちろん食の転換は簡単な話ではなく、教育やインセンティブに加えて行動経済学など最新の知見も援用する必要がある。けれども成功すれば、その効用は計り知れない」(ランバン教授)

教育が意識を変える

教育の重要性は、シンポジウムでユース提言を発表していた若者たちも強調する。教育により目指すのは、価値基準の変革である。ひたすら経済成長が求められた時代には、成長の果実としての富が価値判断の重要な基準となっていた。分かりやすい例をあげるなら、豪華な家に暮らし高級車を所有する人が、社会的に尊敬されたのだ。

こうした価値観に異を唱えているのが、未来を担う若者たちである。自己中心的に富を得るのではなく、社会貢献こそが尊敬される。そのように意識を変えるための教育が必要である。

教育の重要性にはティルマン教授も同意する。健康的な食生活についての知識を得られていない人たちは、砂糖や小麦粉、脂質などを多く使い過剰に味付けされた安価な食料を選ぶ。そんな人たちの意識を教育によって変えると同時に、そもそも安価な食料しか手に入れられない経済状況も変えていく必要がある

成功体験を作り、変革のメリットを共有する

地球の未来を考える教授たちが、揃って憂うるのがグローバルなガバナンスが存在しない現状だ。

「有効で協力的な活動を成し遂げるというという点では、国連が全く機能していない」とウォーカー教授が嘆く一方で、だからこそ「パートナーシップが重要だ」とランバン教授は説く。

「世界が統一される」とは誰も考えていない。それでも、特定の問題や利害が合致する分野での協力関係なら成立可能だ。すなわち気候変動、生物多様性、食の問題である。

「小さくても良いからビジョンを共有し、最初の一歩を踏み出す。何とかして最初の成功体験を共有する。変革のメリットを実感できれば、コミットメントを維持できる」(ランバン教授)

もちろん簡単な話ではない。前提として、近未来に控えている危機に対する認識を高める必要がある。ウォーカー教授はこう締め括った。

「私たちが暮らす地球はこの先、不快な空間となる方向へ突き進んでいる。何とか問題を解決しないと、これからの世代の多くの人々が地球で暮らし続けられないかもしれない。求められるのは、もはや適応ではなく根本的な変化である。どうすればそのような変革ができるのか。その道筋をつけるのが、あとに続く若者世代に対する我々の責任だ」(ウォーカー教授)


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