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トラス英首相、在任1カ月半で辞任表明。「金融市場からの警告」受け、財務相更迭、減税案撤回も及ばず

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10月2日、英保守党の年次大会に出席したトラス首相(右)とクワーテング財務相。意気揚々と掲げた「成長計画」は1カ月足らずで頓挫した。

REUTERS/Hannah McKay

(※以下は10月18日公開記事のアップデートです)

トラス英首相は10月20日、辞任を表明した。1週間前の14日、クワーテング財務相を解任し、ハント元外相を後任とする人事を発表したばかり。9月の首相就任から、わずか1カ月半だった。

トラス政権は財務相解任と同時に、金融市場で強く懸念されてきたトラス政権「成長計画」の象徴的な施策だった「法人税増税の凍結」についても撤回を表明していた。

2023年4月以降、前政権が決定した通り、法人税は19%から25%へと大幅に引き上げられる。

ジョンソン前首相の辞任表明(7月)に伴う与党・保守党の党首選に際して、トラス首相は「法人税増税の凍結」「(2022年4月に引き上げたばかりの)国民保険料の再引き下げ」「所得税の最高税率引き下げ(45%から40%へ)」などを看板政策として勝ち抜いた。

首相就任からほぼ1カ月後の10月4日には「所得税の最高税率引き下げ」を撤回したばかりだったが、それからわずか10日ほどで、市場の圧力に抗しきれず「法人税増税の凍結」を撤回し、併せて財務相を更迭して大きく舵を切る形となった。

ハント新財務相は10月17日、大型減税の大半を撤回するとともに、エネルギー支援策としての料金凍結期間も半年に短縮することを決定している。

トラス政権の包括的な経済政策(いわゆる「トラスノミクス」)は1カ月も経たずに崩壊し、政治家としてのトラス首相も致命傷を被った。

辞任も既定路線と見る向きは少なくなかったが、実際に10月20日には辞任を表明する結果となった。

そして、こうした結末は金融市場が当初から希望し、予想したものだ。

9月23日の「成長計画」発表当初、クワーテング財務相は「法人税増税の凍結」「所得税の最高税率引き下げ」は「英全土で投資をする企業にとって前例のない税制優遇措置」と強調し、金融街シティの魅力を増す観点から銀行員のボーナス上限規制も撤廃する方針を口にしていたが、そうした前例のない措置は今回の更迭人事で頓挫した。

世界第2位の対外債務国であるイギリスにとって、金融市場からの資本流入は命綱であり、それを無視して政策を運営するのはそもそも無理筋とも言える。

政府と中央銀行のコミュニケーションに懸念

イギリスの中央銀行・イングランド銀行(BOE)は、トラス政権の「成長計画」発表による国債価格や通貨の下落など市場の混乱を安定化させるため、9月28日から国債の緊急買い入れを行っていたが、クワーテング財務相が解任された10月14日、予定通り終了した。

政府が財政政策の大きな軌道修正を図ったため、大きな混乱には至らなかったが、10月31日に前倒しで発表する中期財政計画を通じて持続可能な政府債務の将来を示すのであれば、イングランド銀行はそこまで国債買い入れを続けるべきだった。

もしくは、財務相解任と同時に中期財政計画を発表し、その市場反応を踏まえた上で国債買い入れ終了を決断するという手もあった。

いずれにしても、(1)政府財政の信認悪化(2)金利上昇・通貨下落(3)イングランド銀行による国債緊急買い入れ、という流れで事態が進んできたのだから、(1)の財政信認が改善したという確信を得られなければ、(3)の緊急買い入れを停止する道理がないと考えるのが筋だろう。

10月14日を振り返ると、クワーテング財務相の解任と同時に「法人税増税の凍結」政策が撤回された後、ポンドも英国債も一時持ち直したが、トラス首相の会見後にその勢いは軟化している。

この動きを見る限り、イングランド銀行が市場安定化のためのサポートを予定通り打ち切っても問題ないと判断するに至った動機は、いまひとつ市場には伝わっていないように思える。

また、前週の10月12日、クワーテング元財務相はイングランド銀行が緊急国債買い入れを打ち切って混乱が起きた場合、それは「ベイリー(イングランド銀行)総裁の問題」と突き放しており、その時点で政府と中央銀行の間に意思疎通が行われていないことも明らかに見える。

「法人税増税の凍結」撤回により、およそ180億ポンドの支出削減効果が想定されるものの、もうひとつの看板政策である「国民保険料の再引き下げ」、あるいは世間の注目が集まる家計・企業向けのエネルギー支援策については(冒頭で触れたように実施期間は短縮されたものの)どこから財源を捻出するのか、いまだに疑義は残る。

そのように懸念はいくつも残されており、中期財政計画の中身が判明する10月31日までは突発的な混乱も警戒せざるを得ない。

金融市場の「アラーム」が機能した

今回の一件は金融市場における「アラーム(警告)」の重要性を示した好例と言える。

9月23日に無理筋な「成長計画」が公表された直後から、金融市場では「クワーテング財務相の更迭と成長計画の修正は不可避」というのがメインシナリオとして指摘されていた。

通貨が著しく下落することで輸入物価が上昇し、その影響でインフレが進む。それによって実質所得環境が悪化すれば、消費・投資意欲は当然減退する。同時に市中金利も上がっているわけだから、状況はさらに悪くなる。

そうした展開をトラス政権が放置できるはずがないことは最初から明らかだった。

仮にそうした市場のアラームを無視して当初の計画通りに拡張財政路線を貫き、政府部門の消費・投資を増加させていたら、通貨急落と金利上昇によって民間部門の消費・投資はむしろ減少した可能性がある。

量的緩和や超低金利が当然視されていた過去10余年については、「債券市場に期待されるアラーム機能が切られている」との指摘が幾度もあったが、今回はアラームがしっかり機能し、政府政策に修正を強いる結果となった

日本にとっての「アラーム」

今回イギリスが直面した展開は、いずれ日本で起きるのではないかとの照会が数多く寄せられている。それに対しては、すでに若干起きつつある、というのが筆者の基本認識だ。

量的緩和も超低金利も持続する日本では、金融政策の統制が利く債券市場では穏当な状況が続いているものの、統制が及ばない為替市場で春先以降、アラームが鳴り響いている。

2022年は、1985年のプラザ合意以降で最も際立った「円安の年」であり、何らかの構造変化を要因として疑うのが普通の分析姿勢というものだ。

世界の為替市場全体がドル高の潮流にあることは間違いなく、円安もその一環ではある。しかし、それがすべてと筆者は思わない。

過去の寄稿でも繰り返し指摘してきたように、ドル高が加速する以前の3月から円相場の急落は始まっている。

その要因として当時言われていたのは、1月の経常収支が史上2番目の大幅赤字(約1兆1900億円)だったり、日本銀行が世界の流れに逆らって極端な緩和路線を走っていたりといったことだった。

しかし、そうした説明は納得感が薄い。

10月半ば時点の名目実効為替相場(通貨の対外的な実力を測る指標として使われる)について、年初来の変化率を見ると、英ポンドの下落率は6.7%と確かに大きいが、円の下落率はさらにその倍の12.5%にもなっている

世界のドル高潮流だけでなく、売られる通貨の側にも相応の理由がなければ、ここまでの変化幅にはならないだろう。

下の【図表1】から一目瞭然なように、円の下落率は英ポンドに対してだけでなく、他の通貨に比べても突出している。

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【図表1】主要7カ国(G7)の名目実効為替相場の推移。日本円(灰色)の沈み込みは群を抜いている。

出所:Macrobond資料より筆者作成

いまの円安は、日本の貿易赤字の膨張と内外金利差の拡大という需給・金利に基づくファンダメンタルズがもたらした結果、すなわち日本経済の実力に見合ったカードとして配られているものと見るべきだ。

こうした事実を市場からのアラームと理解し、どう活用あるいは共存すべきなのか、日本の問題意識が問われている。

その点、岸田首相は10月15日に「円安メリットを生かした経済構造の強靭(きょうじん)化を進める」として「海外展開を考えている中小企業、さまざまな企業、合わせて1万社を支援していく」考えを表明している

円安を修正するのではなく、活用していこうという姿勢であり、これまでとは違った趣旨を感じる。

もちろん、こうした政策を展開するからには、別途何かの方策で円安が修正されたりすれば、政府肝煎りの支援を受ける1万社は「約束が違うじゃないか」という話になるだろう。

実際、政府・日銀による円買い・ドル売り介入がすでに実施されているわけで、円安を追い風にすると言いながら円安を潰そうと動いている面があることは否定できない。

一方で、為替介入はあくまで「スピード調整」であって、水準としての円安容認スタンスに大きな変化はないと理解することもできる。

すでに円安経由であらゆる財・サービスの価格が押し上げられ、最近では値上げも日常光景になりつつある。この状況が続けば、低空飛行が常態化していた日本のインフレ期待が浮揚する展開まであるかもしれない。

また、経済安全保障の重要性が取りざたされる中、輸入財のコスト高を忌避したい動機も相まって、さまざまな分野で国内自給率を高めることの重要性が議論されるようになるかもしれない。

低迷するインフレ期待、国内投資の促進、いずれも日本では長年問題視されながら遅々として議論が進まなかった論点だ。

「かつての円高水準にいつ戻るのか」というまるで見通しの立たない未来を追うより、円安を市場からのアラームととらえ、日本が抱える構造的な問題がポジティブに変わろうとする展開を期待するほうがよほど建設的な姿勢と言えるのではないか。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文・唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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