フィットネスクラブ運営のデジタル化をサポートすることで、ウェルネス業界の変革に取り組むhacomono・蓮田健一氏と、アスリートの腸内細菌の研究成果をフードテック、そしてヘルスケア領域への活用を目指すAuB・鈴木啓太氏。その共通項はビジネスとして健康に取り組んでいることだけでなく、両者ともに大きなキャリアチェンジを経ていること。
どのように積み上げてきたキャリアを転換して現在の活躍につなげたのか。またヘルスケアの観点から現在の日本のフィットネス参加率や健康意識をどう見ているのか。そしてそれぞれの事業において、今後どのような戦略で課題の解決を目指すのか。2人に語り合ってもらった。
東日本大震災が変えたキャリア。エンジニアから介護へ。
学生時代はサッカーをやっていた蓮田氏。大学卒業後はエンジニアとして働いていた。
ところが、東日本大震災の煽りを受けて父の会社の経営が悪化。介護の会社として立て直しを図ることになる。蓮田氏自身もエンジニアから中小企業の経営者へとジョブチェンジすることに。
蓮田健一(はすだ・けんいち)氏/hacomono代表取締役。エイトレッドの開発責任者としてワークフロー製品 X-point、AgileWorksを生み出し、国内シェアNo.1へ。2011年震災の影響で潰れかけた父の会社を継ぎ、介護事業を経験した後、新たなB2Bプロダクト起業を目指し、2013年まちいろ(現:hacomono)を設立。2019年3月 ウェルネス産業向けシステム「hacomono」をリリース。これまでに約2,000店舗以上が導入。
「父の会社が地域密着型で、人を大切にということをとても大事にしていたんです。社員がプライベートで地元のスーパーに行って駐車場にクルマを停めるときも、地域のお年寄りや身体の不自由な方のために店から遠いところにわざわざクルマを停める。そんな考え方が社員みんなに浸透していて、地域からも愛されている会社だったんです」(蓮田氏)
人を幸せにすることを重視しながら、ビジネスとして介護に携わる。蓮田氏はこの会社で代表取締役を努めながら、稲盛和夫氏の経営スタイル(理念経営)を学ぶ。同時に介護に携わることで、さまざまな健康課題があることを知った。
「介護保険の支給の仕組みから、介護は事業としては利益を出しにくいんです。役所に健康課題を解決するような仕組みを提案したりもしましたが、なかなか形にならない。そこで、2013年に、自分が得意なプロダクトで、健康課題を解決するビジネスをしたいと考えて起業しました」(蓮田氏)
サポーターの一言で健康の大切さに気づく
かたや鈴木啓太氏。かつてサッカー日本代表選手として活躍し、やがてベンチャー企業を立ち上げたことは多くの人の知るところだが、あらためてキャリアを振り返ってもらった。
鈴木啓太(すずき・けいた)氏/AuB代表取締役。元サッカー日本代表。静岡県出身。2000年に高校を卒業すると同時に、Jリーグ浦和レッドダイヤモンズ(浦和レッズ)に加入。ボランチとして活躍し、チームの中心選手として2006年のJ1リーグ年間優勝、2007年のAFCチャンピオンズリーグ制覇などに貢献。ベストイレブンを二度獲得。日本代表では国際Aマッチ通算28試合に出場。引退後は実業家に転身し、アスリートの腸内細菌を研究しフードテック事業を展開するAuB(オーブ)株式会社の代表取締役を務める。
「2000年から2015年まで16年、プロサッカー選手としてプレーしてきました。その世界ではキャリアをチェンジするということは必ず起きることなんですね。スポーツでよくあるのが、だいたいその業界のなかに残ることなんですが、Jリーグでもトップレベルのクラブで経営規模が約80億円くらい。中小企業の規模感なんです」(鈴木氏)
Jリーグクラブの知名度と釣り合わない経営規模。エンターテインメントとしての価値はあるけれど、スポーツの新しい価値を広げていかないといけない、そう鈴木氏は考えた。
そして2013年ごろのある日、サポーターと語る機会があり、いつものように鈴木氏は試合を見に来てくださいねと声をかける。しかしそのサポーターは表情を曇らせた。
「てっきり、(僕らが)試合に勝たないからって言われるかなと思ったんです。そうしたらその人は“Jリーグが始まって20年。始まったときは自分は40歳だったけれど、いまは60歳で身体がしんどい”って言うんです。そうか、人って健康じゃないと自分の好きなこともできないし、応援しているチームの試合を見に行くこともできないんだ、と知って。これはものすごく大事なことだと気づいたんです」(鈴木氏)
アスリートの腸内細菌の研究で得られた知見を、広く人々の健康に役立てることができたら。それが鈴木氏の起業の経緯だった。
フィットネス業界における、海外との意識の違い
健康でありたいという願いは誰しも持ち合わせているだろう。しかし、自身で運動するということについては諸外国と日本では違いがある、そう蓮田氏は感じている。
「日本でヘルスケアというと、身体が悪くならないため、衰えないためのネガティブなヘルスケアが中心です。しかし海外に目を向けて、ニューヨークのマンハッタンで走っている人の姿や公園で運動している人たちを見ると、日本よりもスポーツが日常に入り込んでいるように感じます。ポジティブなヘルスケア、それがウェルネスに繋がるということを日本でももっと当たり前の考えにする必要があると思っています」(蓮田氏)
北欧のフィンランドなど、国民の幸福度が高いと言われている国では、学校教育からヘルスケアについてしっかり学ぶシステムができているという。シニアになってから健康に取り組むのではなく、若年層からしっかりと健康について学び習慣とすることが必要であり、そこを産業化することが一つの解決になる。そのためにスポーツはより文化として深く根付くといい。鈴木氏はひとつのモデルを挙げる。
「ドイツにスポーツシューレというものがあって。街にあるスポーツクラブのような施設の活用がすごく進んでいるんです。スポーツの指導者の育成に力を入れながら、老若男女が気軽にスポーツを楽しむことができる施設です。ここが、僕はすごく日本のカルチャーに合うと思っているんです」(鈴木氏)
「そういうものをやりたいですよね。ちょうど今の日本も中学校の部活動における顧問の先生の労働問題があり、子どもにスポーツを教える人材不足が問題になっています。Jリーグもスポーツシューレのようなものをモデルにスポーツの指導者の育成をしようとしているものの、まだ実現には遠い。Jリーグのような地域での総合型のスポーツコミュニティーには可能性があると思います」(蓮田氏)
IHARSAグローバルレポートによると、日本のフィットネス参加率は人口の3%ほどしかない。日本にも民間のスポーツクラブやジムは数多く存在するのに、活用されていないのはなぜだろうか。蓮田氏はその理由の一つを入会手続き、また退会手続きの煩雑さだという。
「スポーツクラブは業界的に20〜30年の間イノベーションが起こっていない業界で、古い仕組みがそのまま残っている。hacomonoを使っていただければ企業もユーザーもその煩わしさから開放されます。まだまだ壁は高いなと感じてはいますが、大手のスポーツクラブも機能の一部では活用いただけるようになってきているので、ちょっとずつ業界も変わってきたかなと思います」(蓮田氏)
「私達の研究で、コロナ渦前後でデータをとってみたところ、運動量が減ったことにより免疫力をコントロールする酪酸菌が減少したというものがあるんです。運動不足で筋肉が落ちるのは当たり前ですが、身体の中にも変化があるということですね。なので、運動することは大切ですし、フィットネスは必要なもの。その参加率が低いということは、なぜ運動しなければいけないのかということを、もっともっと情報提供する必要があるのかなと思います」(鈴木氏)
ふたりが口をそろえるのは、フィットネスや運動を習慣化すること。そしてそのためのハードルを下げ、意識改革を促すこと。
「試しにやってみたいのは、企業とスポーツクラブを提携させることですね。リモートワークで活動量が減っているなかで運動機会を増やすことは個人個人の課題ですが、それを企業が従業員の健康を守る、というように捉えて支援したらどうかというアイデアはあります」(蓮田氏)
フィットネスをB2CからB2Bへ。マネタイズの方向を変える。企業が社員の健康を守るといえば綺麗事に聞こえるかもしれないが、それは採用力強化につながる可能性もある。フィットネスへの取り組みは社会貢献性も高く、綺麗事がきちんとビジネスに繋がる領域だと蓮田氏は言う。大きく頷きながら鈴木氏も続ける。
「これから取り組んでいきたい部分なんですが、腸内細菌を検査することで健康面にこんな良いことがあります、ということをもっと皆さんに伝えていきたい。それによって例えばフィットネスの効果が分かりやすく測定できるようにしたいと考えています。今は腸内環境が整ったら免疫力があがるんでしょ? という程度のイメージしかないと思いますが、腸内環境によって筋肉のつきやすさが変わるというデータもあるので、そういうことを伝えることで、フィットネスへの意欲を高めることができたらいいですね」(鈴木氏)
人々の健康のために情熱を傾けるふたり。今後はどのような戦略を考えているのだろうか。
蓮田氏はhacomonoを活用する企業が増えてきた現在までをひとつのフェーズと捉え、次のフェーズでできることを考えているという。
「hacomonoによって、人がいなくてもいいところをシステムに任せて、その分、人がお客さまに接することに力を入れるためのサポートができているかな、と感じています。そして次は、地域にウェルネスを社会実装することに取り組んでいきたい。そしてその先は海外ですね。少子高齢化が進む国もたくさんあるので、日本で培ったノウハウを海外にも展開していきたいと考えています」(蓮田氏)
先に鈴木氏があげたドイツ型のスポーツシューレを一歩進めた、スマートウェルネスシティというものができたらいいと蓮田氏。その街に住んでいれば、健康診断や予防介護も自然に提供されるような街づくりを意識している。住む街を決めるときに子供の教育が意識されることが多いが、同様に家族の健康を意識する人に選ばれる街へ。そんな蓮田氏のビジョンを「これからの未来を予測していくような視点が勉強になる」と鈴木氏。
「考えていらっしゃることの解像度の高さを感じ、とても共感できました。また、AuBではアカデミックなデータサイエンスみたいなところをやっていますが、それを実装していくにあたってはhacomonoさんが提供していく仕組みのなかに、私達が提供できるテクノロジーやデータをどうやって載せていくかということが大事なのかなと思いました。そのなかで、一緒にやれることを探しながら、日本のフィットネス、ヘルスケアの未来を作っていきたいですね」(鈴木氏)
未来に向けた仕組みの創造と進歩を続けるデータサイエンス。まったく違うキャリアから健康という課題にたどり着いた蓮田氏と鈴木氏。それぞれの事業が交差することで、新たな化学反応が生まれることを期待したい。