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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
アメリカで行われたある調査によれば、若い人ほど社会主義を肯定的に捉えているそうです。「がんばって働いても給料が上がらないなら、ベーシックインカムをもらって決められた枠内で働くほうがいいのでは」というミレニアル世代の意見を、入山先生はどう捉えるのでしょうか?
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がんばっても報われないなら、社会主義のほうがいい
こんにちは、入山章栄です。
今回はBusiness Insider Japan編集部の野田翔さんから、「社会主義」に関する質問があるそうです。
BIJ編集部・野田
はい。僕がお聞きしたいのは、「社会主義で何がいけないの?」ということです。
2021年にアメリカで行われた調査によると、年齢が若い人ほど社会主義に対して肯定的だそうです。僕はいま29歳ですが、僕のように東西冷戦時代をリアルに知らない世代から見ると、なぜ上の世代が社会主義をそんなに嫌うのかがよく分かりません。
いまの日本はがんばって働いても給料が上がらず、所得格差が開く一方ですよね。それならむしろ社会主義的にベーシックインカムを保障されて、決められた枠内で労働するほうがいいのではないかと思ったりします。入山先生はどう思われますか?
なるほど。この意識調査(下図参照)を見ると、野田さんと同世代のアメリカの若者の間では、資本主義肯定派と社会主義肯定派がほぼ半々くらいですね。特にもっと若い世代になると、社会主義肯定派が半数をやや上回るのですね。驚きました。
調査対象:2,309人/調査期間:2021年6月11日〜6月15日
(出所)AxiosとMomentiveによる共同調査の結果をもとに編集部作成。
これはアメリカの結果ですが、野田さんの周囲もこんな感じですか?
BIJ編集部・野田
肌感覚では、わりとこの調査と近いですね。僕は大学時代、経済学部だったんですけど、友達の半分ぐらいは自民党の政策に賛成で、もう半分は反対でした。
あるとき「今度の選挙、どの党に投票する?」という話になって、一人が「俺は自民党でいいや」と言ったとたん、会話が途切れて気まずい空気になったことがあります。
そうなんですか! まさに真っ二つに割れていたんですね。
僕が大学生だったころは、資本主義というか自由市場経済主義が主流だったので、マルクス経済学(通称「マル経」)を教える先生なんか“化石扱い”でしたよ。もしかしたら野田さんくらいの時代から、「マル経」を学びたいという学生がまた増えているのかな。
BIJ編集部・野田
そうですね。僕は英語でディベートをするサークルにいたのですが、そのサークル内で一時期、マルクスの「共産党宣言」が流行った時期がありました。
なるほど。ちなみに常盤さんと長山さんは、この話を聞いてどう思いましたか。
ライター・長山
いや衝撃ですね。私はやっぱり世代的に中国の天安門事件の衝撃が強かったので、「社会主義=恐ろしいもの」という刷り込みがあります。
BIJ編集部・常盤
私も東西冷戦を知っているので、どちらかというとそちらに近いですね。
いまだに実現しない「社会民主主義国家」
ここでちょっと、整理しておきましょう。それは「社会主義と、非・民主主義は別だ」ということです。
僕の理解では、社会主義というのはあくまで経済システムの問題で、その国の政治体制とは必ずしも連動していない。社会主義であることと、いわゆる権威主義国家であることはレイヤーが違います。
なぜなら権威主義国家でも資本主義は運営できるんですね。例えば今の中国はそれに近い。いまの中国は権威主義国家で共産党一党独裁だけれど、経済の方は資本主義がそれなりに機能している。というか、市場メカニズムがそれなりに機能したからこそ中国はいま豊かになっているわけです。
野田さんが今日テーマにしているのは、あくまで経済が社会主義か資本主義かという話であって、政治体制は民主主義のほうがいいと思っているという前提でいいですか?
BIJ編集部・野田
そうです、その前提です。
ということは、いわゆる「社会民主主義国家」ですね。かつてマルクスが目指した世界です。
しかし今のところ、民主主義をやりながら社会主義的な経済を回せた国は、人類史上一つもない、というのが僕の理解です。
BIJ編集部・野田
それは大学のときも話題になりました。それがなぜ成しえないのかというと、権力のチェック機構が働かなくなってしまうからですよね。
そうですね。社会主義になれば当然、お金の分配機能が必要になるわけですが、そうすると当然、中央が強くならざるを得ない。気づいたら権力が1カ所に集中して、一党独裁になってしまうのだと思います。
逆に言うと、その制度上の弱点をテクノロジーなどで打破できたら、社会民主主義が実現するかもしれない。
BIJ編集部・野田
いまイェール大学の成田悠輔さんが、AIで民意を吸い上げ、アルゴリズムで政策を決定する新しい民主主義の構想を語っていますが、そういうまったく新しい方法で権力の腐敗を防ぐ方法もあるかもしれません。
なるほど。いますぐ実現しなくても、検討し続けることは必要ですね。
「競争」がない社会で本当にいいのか?
さて、ここからは僕の個人的な考えです。
先ほどの意識調査結果の背景には、アメリカの若者が抱える不平等感や閉塞感があると考えられます。アメリカの若者のそれと日本の若者のそれは、一見よく似ている。しかし、本質は相当違うのではないでしょうか。これが僕が投げかけたいことです。
なぜならアメリカというのは、資本主義を死ぬほど徹底化した国だからです。その結果、おそらくみなさんがおっしゃるように格差が極大化している。資本主義の徹底化の結果として、とてつもない格差が生まれているわけです。
一方、日本は資本主義だと言われているし、われわれもなんとなくそう思っています。でも、実はそうではないのではないか、というのが僕の意見なのです。
誤解を恐れず大胆に言えば、日本は完全な意味で資本主義国家ではありません。なぜなら市場の競争メカニズムが十分に働いていないからです。大企業の働かないオジさんがクビにならないのも、非正規雇用の人が正規雇用になれないのも、フェアな競争がないからですよ。
BIJ編集部・常盤
なるほど。日本は資本主義が十分でない、と。
はい。ここは重要なポイントで、アメリカは確かに資本主義の徹底化の結果として、競争があまりにも進み、自己責任の名の下に勝ち組と負け組が別れすぎてしまっています。その意味で、アメリカの若者が社会主義に憧れを抱くのは分かります。
他方、日本はどうでしょうか。利益率が低いのに競争がゆるくて生き残っている企業、生産性が低くても終身雇用の特権で会社に残っているおじさん、そして何より規制により競争に晒されない既得権益を持った企業も多い中で、結果としてベンチャーの台頭が十分ではない。
僕の『世界標準の経営理論』では、「レッドクイーン理論」というものを紹介しています。それは競争による切磋琢磨こそが、人や企業の生産性を押し上げるという考えです。競争をしないと、人は成長しようとしないからです。
そしてフェアな競争があれば、非正規社員は正規社員になれるはずだし、たとえ自分のいた会社が生産性が低くて潰れても、成長できる人はより魅力のある他社に移れるはずだからです。
その意味で、日本でもし格差や不公平感が起きているのだとしたら、それは資本主義のやりすぎではなく、むしろ資本主義やそれに基づくフェアな競争が十分に起きていない可能性を考えていただきたいのです。
若者が現状に不満を持っているという意味で表層上はアメリカに似ているかもしれませんが、その根本理由は実はかなり違う、というか真逆なのではないか、ということです。
逆に言えば、日本は資本主義よりも、競争が弱いという意味で、むしろ社会主義に近いのかもしれませんよ。
これはあくまで僕の視点なので必ずしも同意していただく必要はありませんが、でもこういう視点もあるということはぜひ考えてみてください。
BIJ編集部・常盤
いまの若者の間では競争を避けるというか、「そんなに頑張ってどうするの」というムードがありませんか?
BIJ編集部・野田
そうですね。僕の周りでも、非常にFIRE(早期リタイア)人気が高く、50歳でリタイアしたいという人もいれば、住宅のコストが安い地方に住んでリモートで仕事をして月10万稼げればオッケー、みたいな人もいます。
これは僕の偏見ですが、そういう人たちが、「社会主義的なほうがいいんじゃない」と言っている気がします。車が欲しいとか、いい家に住みたいとか、競争のドライブとなる欲求がない。
そうかもしれませんね。でも僕はそういうガツガツしない生き方の魅力もよく理解できるし、それを否定するつもりもありません。幸せというのは主観ですから、本人が納得できる生き方をするのが一番ですよね。
BIJ編集部・常盤
さきほど入山先生が、いまだかつて「社会民主主義」を実現した国家はないとおっしゃいましたが、もしかしたら日本は、すでにそこに近いところにいるのかもしれませんね。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、音声編集:小林優多郎、編集・常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。