スニーカーの王者ナイキが「不調でも強気」の理由…D2C戦略と「データフィケーション」とは

2021-06-18TRACK-FIELD-US-OLYMIC-TEAM-TRIALS-CITY-SCENES

米オレゴン州のホテル「Graduate Eugene」で展示されているNIKEのスニーカー。

Kirby Lee-USA TODAY Sports

こんにちは。パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。

2022年9月末に四半期決算を発表したナイキですが、9月30日時点の株価は83.12ドルと、直近約1年(52週)の最高値(179.10ドル)から50%以上下落しました。10月17日時点でも89ドル前後で推移しています。

窮地に立たされているナイキですが、成長戦略の要はCEOが注力しているナイキのD2C戦略だと言われています。今回はナイキのD2Cの中心となるデータ戦略に関して改めて考察していきます。

ナイキ「在庫急増」で株が一時急落

shutterstock_1388126327

Mikkel H. Petersen / Shutterstock

まず、ウォール・ストリート・ジャーナルの報道によると、ナイキの年次報告書では、コロナによる中国でのロックダウンと工場閉鎖により、フットウェアの約30%、アパレルの約20%を中国で生産しているナイキの事業が打撃を受けたと記載されています。

中国での売り上げがその結果16%減少したこと、売上成長を10%から4%に押し下げたドル高や、サプライチェーンの問題など、株価急落の背景にはさまざまな理由があると考察できます。

その中でも最も大きなものが、アメリカでの在庫の急増だとウォール・ストリート・ジャーナルは報じています。

ナイキの9月の発表によると、直近の四半期の在庫が44%増の97億ドル(およそ1兆4000億円)に達しています。エアジョーダンなどのブランドスニーカーに対する消費者からの強い需要に後押しされ、多くの小売店が発注をしていたものの、サプライチェーンの問題により納期が予測できなくなり、結果的に輸送中の在庫が1.85倍にも膨れ上がってしまったということです。

こうした余剰在庫を売るために、ナイキは今後クリスマスシーズンに向けてアパレル商品を中心に大量のディスカウントをし、さらに各提携小売りチェーンに商品を届けなければなりません。ナイキは以前より、独自の販路を拡大していました。が、今回はスニーカー小売り大手のフットロッカー社、ヒベット社、ディックス・スポーティング・グッズ社などと協力して商品を値引きし、余剰在庫の解消に努めるとしています。

実際、小売りチェーンには少しずつサプライチェーンの問題が解決され商品が戻ってきている様です。

例えば、フットロッカー社の取締役会長を務めるリチャード・ジョンソン氏の見解によると、現在フットウェア業界で値引きされている商品の数は、コロナ前の2019年の水準に戻っているとのこと。2021年にフットロッカーが仕入れた商品の70%はナイキが占めていましたが、同氏は「今後はナイキのように1つのブランドが仕入れ全体の60%以上を占めるようなことは起こらないだろう」とも述べています。

ナイキが大手小売りチェーンに販路を頼りたくないのと同じ様に、小売りチェーン側もナイキ1社に売り上げのほとんどを頼らずに多角化してリスク分散したいというのが本音なのです。

王者ナイキと大手小売りの関係性が逆転?

shutterstock_1340197949

Eric Glenn / Shutterstock

こうした背景を見ると、コロナを契機に増えてしまった在庫を巡って、ナイキと小売業者の関係性が逆転しているようにも受け取れます。

そんな中、2020年1月にナイキのCEOに就任したドナホー氏は、こんな状態でも「ナイキの立ち位置は誰にも明け渡さない」と強気の発言をしています。現在、成長のドライバーとしてナイキが力を注いでいるのが、アスリートたちをブランドに呼び込むマーケティングとD2Cだと同氏は言います。

「D2Cが私たちのビジネスの中でさらに大きな部分を占めるようになった今、私たちは(デジタルを含む)独自の実店舗で魅力的な小売の実績を作り続けています」と、ドナホー氏は述べます。ナイキが「より優れたリテーラー」となるための投資を進めると宣言し、独自の販路拡大のための投資は惜しまない方向性を改めて打ち出しました。

同氏の宣言には、過去の実績という裏付けがあります。

ナイキのD2Cによる売り上げは順調に伸びており、ナイキの消費者向け直販ブランド「NIKE Direct」の2022年5月期の売上高は、2017年の2倍以上にものぼる約187億ドル(およそ2兆7800億円)に達しています。

Statistic: Nike brand's direct-to-consumer revenue worldwide from the fiscal years of 2009 to 2022 (in billion U.S. dollars) | Statista
D2C売上推移。詳細はStatista

また、ナイキのアプリのエンゲージメントも伸びています。

ナイキのデジタル収益は、2023年度第1四半期(2022年8月31日終了)に23%増加し、ナイキのコマースアプリは、2023年第1四半期に単期で最高のトラフィックを記録。5月31日に終了した2022年度のナイキブランドの売上高(ジョーダン、コンバースブランドの売上高は除く)のうち、デジタル売上が24%を占めるということです。

ナイキが運動好きユーザーを囲い込む「データフィケーション」とは?

shutterstock_2202443255

askarim / Shutterstock.com

ここで改めてナイキのD2C戦略の全体像を理解したいと思います。

過去の記事でも紹介していますが、データフィケーションとは、アメリカのジャーナリストのKenneth Cukier氏の造語で、「人の生活や活動のいろいろな側面をデータに変える技術的なトレンド」を意味します。

成功しているAIファーストの会社(GAFAやネットフリックス、アリババ、テンセントなど)は、もれなくデータフィケーションのプロであり、ビジネスを行う上では常に

「どんなデータがあれば、役に立つ情報に変換できるか?」「どのように変換すれば、データを情報に、情報を示唆に変えられるか?」と問いかけながらデータフィケーションを進めています。

以下は、ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された論文「Building Your Own Brand Platform」で提示された、ナイキのオンラインプラットフォームの全体像です。

ナイキのD2C戦略とは、単純にNike.comのECサイトを運営することではありません。Nike Training ClubやNike Run Clubといったフィットネスアプリ、そしてスニーカー好きには最新ジョーダンモデルなどが公開されるSNKRSアプリを通して、ロイヤリティの高いユーザーと常につながる仕組み作りを指します。

IMG_2786

ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された論文「Building Your Own Brand Platform」に掲載された図。Nke Run Clubが一種のハブとなって、ユーザーにさまざまな体験や製品を提供していることを説明している。

撮影:Business Insider Japan

私自身、Nike Run Clubを使って数年経ちますが、その日のコンディションやトレーニングプランに合わせて、20分程度の軽いランから、ハーフマラソンまで、色々なタイプのプログラムが用意されています。

プレイリストの種類も豊富で、走りながらコーチが「今ちょうど中間地点。ここからが勝負。スピードを出しすぎないで」などと自分のスピードに合わせて語りかけてくれるので、走っていて飽きません。

Nike Training Clubは主に筋トレやヨガなどをやる人用のアプリで、栄養のあるレシピや瞑想のコンテンツなどもサードパーティアプリと連携して充実しています。

このように、スニーカーやアパレルを購入する層の生活習慣に入り込むアプリを作り、エンゲージメントを維持し、コミュニティを形成することで最終的にウェブサイトへ集客し、購入を促すという流れです。

実際に、2021年の業績を見てみると、ウェブサイトとアプリ経由の商品の売上は91億ドル(およそ1兆3500億円)で、前年の55億ドル(およそ8100億円)と比べて大きく伸びていたことが分かります。

ナイキの最高財務責任者であるマット・フレンド氏によると、ナイキのeコマースは、サイトトラフィック、コンバージョン率、客単価といったさまざまな側面で成長を遂げているということです。

Webサイト分析ツールのSimilarwebのデータを用いた報道によると、第1四半期時点でナイキのeコマースサイトの注文完了ページに到達した消費者の数は、前年同期比で8.5%増となりました。なお、この数字は、同社の第4四半期(2022年3-5月期)と比べると20%も増えていることが分かります。

前出の記事では、ナイキのメインランディングページであるNike.comへのトラフィックを見ると、2022年8月期第1四半期には前年同期比で5.1%増になったとも報じています。

Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み