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自分は経営幹部になる運命にある」。メリーナ・コルデロ(Melina Cordero)はかつてそう思っていた。
30歳を前にして商業用不動産会社で小売調査部門の責任者という大役を任されたコルデロは、その5年後には500人のブローカーチームを率いる同社では数少ない女性マネージング・ディレクターとなった。
しかし2020年3月、コルデロは違和感を覚えるようになった。
メリーナ・コルデロはマネージング・ディレクターの職を辞し、コンサルタントとして独立した。
Melina Cordero
コルデロが仕切るZoom会議では、女性のメンバーはスーツを着用しているのに、男性メンバーはTシャツに野球帽といういでたち。コルデロが話していると男性陣が口を挟んできて、彼女の意思決定を問いただすのだった。
ジョージ・フロイドの死亡事件(2020年5月、黒人男性フロイド氏が白人警察官に首を押さえつけられ死亡した事件。BLM〔Black Lives Matter〕運動のきっかけとなった)後、ラテン系のコルデロは会社のダイバーシティ委員会の委員に任命されたが、その仕事に関して研修もなければ報酬も発生しなかった。
「仕事上に不公平が存在することは知っていましたが、私自身はこれまで一度もそういう目には遭ったことがないと思っていたんです。でもパンデミックの時、ただ自分が不公平な状態を当たり前と思い込んでいただけだったことに気づきました」(コルデロ)
コルデロは2021年春に退職し、いまは独立してコンサルタントとして働いている。女性の同僚たちに退職を告げると、「私も辞めたい」という声が多く聞かれた。
「彼女たちの気持ちもよく分かるので、胸が痛みました。アメリカ国内の企業には、みじめな思いで働いている女性がたくさんいるんです」(コルデロ)
女性にとっての出世とは
マッキンゼーとリーン・イン(LeanIn.org)は、3〜8月にかけて4万人以上のアメリカ人労働者と300人の人事責任者を対象に実施したオンライン調査に基づき、新たなレポートを発表した。
同レポートによれば、2021年には前例のない数の女性経営幹部が退職に踏み切っており、退職する幹部職の男女差はここ数年で最大になったという。
同レポートでは女性幹部職が退職を選ぶ要因として、昇進の機会の少なさ、柔軟性に欠ける勤務体系、組織内で日常的に起こる性差別に対処することによるフラストレーションなどを挙げている。
企業が幹部職人材の確保に苦戦し、米国企業においては給与と昇進の公平性が叫ばれるなか、このレポートは「女性人材をいかに引き留めるか」という問題に一石を投じるものだ。
Insiderの取材に応じたリーン・インの共同設立者兼CEOのレイチェル・トーマス(Rachel Thomas)は、次のように語る。
「女性は仕事と決別しているのではなく、雇用主と決別しているんです。女性たちはパンデミックを経験して、柔軟な働き方も福利厚生も昇進も、このくらいのことはできるんだと分かった。だから『もう元には戻れない』と思っているわけです」
ステイシー・リードは職場での待遇の悪さがもとで会社に見切りをつけ、退職に踏み切った。
Stacy Zeal
このレポートは、労働市場における女性の新たなパワーについて論じると同時に、出世を目指す女性と男性の経験の違いも強調している。
米国企業では、上級管理職に占める女性の割合は依然として低く、経営幹部職では4人の1人、有色人種女性に絞れば20人に1人だ。
同レポートでは、新入社員から管理職に昇進した男性を100とすると、女性は87人、有色人種女性に限ると82人しか昇進していないと明らかにしている。
かつて大手オンラインショップでシニアマーケターを務めていたステイシー・リード(Stacy Reed)のケースを見てみよう。リードの仕事量は、上司の退職に伴って倍増した。そこで1万ドル(約150万円、1ドル=150円換算)の昇給と昇進を会社側に申し入れたのだが——。
「私自身の目標はすべて達成していたのに、手続きに時間がかかっているからと9カ月間も昇給を保留されたんです。過小評価されていると感じました」(リード)
リードは2022年春に退職し、広告コンサルタントに転身した。この昇給までの待機期間に限らず、チーム内の数少ない黒人女性としてリードは自分が軽んじられていると感じることが他にもあった。これでは昇進は望み薄だと感じたという。
「自分自身に賭けてみようという気になりました」
このレポートからは、女性管理職がさまざまなマイクロアグレッション(無意識の偏見や差別により、悪意なく誰かを傷つける行為)を経験していることが分かる。そのマイクロアグレッションが彼女たちの権威を失墜させ、キャリアアップを妨げているのだ。
その一例として、自分のアイデアを同僚に横取りされたことがある男性管理職は27%だったのに対し、女性管理職のそれは37%だったと同レポートは記している。また、後輩に間違われる割合が女性管理職は男性管理職の2倍にのぼるとも指摘している。
そして多くの企業が取り残される
女性が退職を決断するかどうかは多くの場合、彼女たちのキャリア上の野心や、柔軟な働き方をしたいという要望を会社側がどれだけ真摯に受け止めてくれるかかかっている。
2021年にある多国籍企業の社員コミュニケーション部門の部長職を辞したサラ・マデラ(Sara Madera)は、男性上司のサポートが得られると思えなかったから、と退職理由を打ち明ける。
「上司からはなんのサポートもなし。成長機会が欲しいと言っていたんですが、そういう機会はもらえませんでした」(マデラ)
マデラは現在、ワーキングマザーの転職を支援するキャリアコーチとして活躍している。クライアントの多くは、仕事のスケジュールも勤務地も柔軟に働きたがっているという。
「在宅勤務がOKで、上司が自分の価値を理解してくれる。ワーキングマザーはそういう組織で働きたいんです」(マデラ)
若手かベテランかを問わず、女性にとってより公平で友好的な職場づくりに向けて経営者ができることはいくつかある、と専門家は言う。
サラ・マデラは成長機会を得られない職場を去り、今はキャリアコーチとしてワーキングマザーの転職支援に取り組んでいる。
Sara Madera
柔軟な働き方を優先させ、職場のDE&I(多様性、公平性、包括性)に投資する。管理職研修を改善することも急務だ。さらに同レポートでは、女性が会社に入社するか否か、留まるか否かを決める際に、最重視される要因は「サポートしてくれる上司がいるかどうか」だということも示している。
インクルージョン・コンサルタントのウェイド・ヒントン(Wade Hinton)はInsiderの取材に対し、これだけの数の女性管理職が退職していると聞いてもなんら驚きはない、と言う。
「退職理由が1つだけ、ということはまずありません。しかし昇進が見送られ、機会に恵まれず、おまけにマイクロアグレッションを受けたのではもう限界ですよね。別の場所で自分の才能を活かそうと思うのも道理です。
かくして多くの企業が取り残される、というわけです」
(編集・常盤亜由子)