提供:エマルションフローテクノロジーズ
「原子力発電に関係する技術」と言われると、東日本大震災を経験した日本ではどうしても一歩引いた目で見られてしまいます。しかし、ある目的のために開発された技術が、他の事例に応用できるということはよくある話です。
日本で原子力関連の研究開発を担う、日本原子力研究開発機構(JAEA)で長年培われてきた「ある技術」が、日本はもちろん脱炭素社会を目指す世界にとって非常に重要な技術として、いま花開こうとしています。
その技術の社会実装に向けて尽力しているのが、2021年4月にJAEAの元研究者らが設立したレアメタルリサイクルベンチャーの「エマルションフローテクノロジーズ」です。
エマルションフローテクノロジーズは、電気自動車(EV)などに使われている「リチウムイオン電池」からリチウムやコバルトなどのレアメタルと呼ばれる金属元素を回収し、再びリチウムイオン電池の材料として活用する、いわゆる「LIBリサイクル」を目指しています。
設立直後の2021年7月には、シードラウンドでベンチャーキャピタルのリアルテックファンドから8000万円を調達。その後、2022年9月にはシリーズAラウンドでリアルテックファンドに加えて、本田技研工業、SMBCベンチャーキャピタル、三菱UFJキャピタルなどから4.5億円の資金を調達すると、10月18日にはさらに日本政策金融公庫から1億円の融資を受けるなど、じわりじわりと存在感を高めています。
原子力発電に関連した技術が、なぜ世界中で不足している「リチウムイオン電池」のリサイクルに活用できるのでしょうか。11月の「サイエンス思考」では、エマルションフローテクノロジーズの創業者である長縄弘親CTOと鈴木裕士代表に、この技術の真髄を聞きました。
放射性廃棄物の「処理技術」でリサイクルを
車載リチウムイオン電池の検査をしている様子。
REUTERS/Wolfgang Rattay
2021年に世界で廃棄された車載用リチウムイオン電池の量は、矢野経済研究所の調査によると重量ベースで推計9万6850トンにも及ぶといいます。リチウムイオン電池の使用量は、これから先も増加の一途をたどることは間違いありません。経済産業省の資料では、2050年までに車載電池や定置電池の需要が約47倍に膨らむとしています。
世界ではこの流れに対応するために、続々とリチウムイオン電池を再利用・リサイクルしようという企業が立ち上がっています。エマルションフローテクノロジーズも、そのうちの一つです。
エマルションフローテクノロジーズの基盤技術を開発している長縄CTOは、
「リチウムイオン電池用のレアメタルが足りなくなるということはもちろんですが、それ以前に、リチウムをはじめとしたレアメタルの採掘現場では、環境破壊や児童労働問題などさまざまな問題があります。リサイクルを進めていくことで、間接的にそういった問題を解決できるのではないかと思ったんです」
と、レアメタルリサイクルに取り組む理由を語ります。
エマルションフローテクノロジーズの長縄弘親CTO。
画像:取材時の画面をキャプチャ
長縄CTOは、さまざまな成分が混在した水溶液の中から特定の成分のみを抽出する「溶媒抽出」という技術の専門家です。
溶媒抽出は、金属精錬技術の一種で、非鉄金属系の大企業がプラントを構えて運用する技術として知られています。その一方で、実は原子力発電所の現場でも必須技術として研究が進んでいました。
原子力発電所では、核燃料を燃やした後に「放射性廃棄物」(使用済み核燃料)が発生します。使用済み核燃料の中には、プルトニウム、セシウム、レアアース、白金族元素など、さまざまな元素が含まれています。ただ、その中には、何万年も放射能(放射線を出す性質)を持ち続けたり、発熱したりするものも含まれています。
「この(燃料が一体化している)状態だと、全ての使用済み核燃料を10万年という期間保管しなければなりません。それを防ぐために、短い時間で放射能や熱を失うものとそれに長い時間がかかるものを『分別して』処分したい。その技術として原子力の分野では『溶媒抽出』の研究開発が進められていたんです」(鈴木CEO)
「溶かして分ける」が難しい
ドイツのリチウムイオン電池リサイクル企業アキュレックの工場で、燃やしたリチウムイオン電池を検査している様子。
REUTERS/Wolfgang Rattay
溶媒抽出では、さまざまな金属が溶けた水溶液と「特定の成分(金属)を捕らえる薬剤(抽出剤)」を含んだ油をかき混ぜ、水と油の粒子が細かく混ざり合った乳濁(エマルション)という状態にします。エマルションになると、水と油がよく接触し、水に溶けていた成分が油に移行しやすくなります。
その後、再び水と油に分離することで、特定の成分だけを(油側に)抽出できるというわけです(水側に欲しい成分を残すことで分離することも可能)。
リチウムイオン電池をリサイクルする場合は、まずは電池を完全に放電させた上でばらばらに分解し、レアメタルが含まれている電極部分を高温で加熱して「ブラックマス」と呼ばれる粉状に加工します。その後、硫酸などで成分を溶かし、pHを調整した上で抽出剤が含まれた油と混ぜ合わせればよいわけです。
リチウムイオン電池のリサイクルフローのイメージ。
提供:エマルションフローテクノロジーズ
ただ、一度よく混ざってエマルションの状態になってしまうと、普通は水と油に分離することが非常に難しくなります。
「つまり(溶媒抽出では)『水と油を混ぜて、その後分離する』という相反する操作を連続的に行う必要があるのです」(長縄CTO)
身近な例で言えば、牛乳やマヨネーズなどの食品も、油分と水分が混じり合ったエマルションです。確かに、マヨネーズや牛乳を放置していても、そう簡単に水と油の成分に分離することはありません。
マヨネーズや牛乳は、本来混ざらないはずの水と油が混じった「エマルション」と呼ばれる状態になっている。
shutterstock/studio presence
溶媒抽出の手法として一般的な「ミキサーセトラー法」では、水溶液と油をミキサーのようにかき混ぜてエマルションの状態にした後で、静置して重力によって水と油に自然に分離するのを待つ必要があります。
「この分離を待つ工程が一番時間がかかるところなんです。一晩も待つことはできないので、ある程度(長くても数時間程度)分離したら次の段階に移ることになります」(長縄CTO)
ただ、ここに課題があります。
水と油が完全に分離する前に次の段階に移行すると、せっかく油に移した成分を回収しきれないばかりか、水溶液中に油が残ったまま排水として放出された場合には、環境面でも悪影響が懸念されます。そのため、溶媒抽出法は「環境に優しくない技術の代表」であるかのような扱いを受けていたと長縄CTOは語ります。
もっと効率よく、溶媒抽出を実現できないか——。
長縄CTOはJAEAで研究を進める中で、ある時偶然「水と油がすごく細かく混ざっていながら、きれいに分離する領域も現れるような現象」を発見したといいます。
それが、水と油の分離性能が高く、油を含まないきれいな排水にできる、エマルションフローテクノロジーズの基盤技術「エマルションフロー法」誕生のきっかけでした。
偶然見つけた理想的な状況
エマルションフローテクノロジーズが開発するエマルションフロー法で実際に水と油を混ぜている様子。泡のように見える領域がエマルションの状態になっている。
提供:エマルションフローテクノロジーズ
エマルションフロー法では、油と(金属成分が溶けている)水が上下に分離している状態の容器内に、下からマイクロメートルサイズの均一な「小さな油の粒」を噴き出させることで、エマルション状態を作ります。
「均質な液滴はすごくコントロールしやすいんです。同じくらいの大きさだと、そこに働く重力や浮力もあまり変わりません。そういう液滴同士はちょっとしたことで合体してまとまった量で集まり、水と油に分離しやすいんです」(長縄CTO)
これが、「エマルションフロー法の肝になる」と長縄CTOは話します。
ミキサーセトラー法とエマルションフロー法のイメージの違い。
提供:エマルションフローテクノロジーズ
油は水よりも密度が小さいため、水と油を混ぜ合わせると自然と油が上に、水が下になるように分離していくはずです。しかし、エマルションの状態では油の粒は水の膜で覆われた状態になります。つまり、水よりも軽い一方で、油だけの状態よりは少しだけ重い状態の粒ができるわけです。
そのため、油を噴き出し続けていると、水と油の「境界」にエマルションの状態になった粒がどんどんと密になって広がっていきます(下図)。
白濁している領域がエマルションの状態になった領域。左図の「境界」を中心に上下に広がっていく(右図)。
提供:エマルションフローテクノロジーズ
この状態になれば、水溶液に溶け込んでいた金属成分が油に移行しやすくなります。ただ、このままエマルションの状態から水と油に再分離するわけではありません。
そこで一工夫されたのが、容器の上下の構造でした。
長縄CTOらは上下の両先端部の直径を少しだけ広くした容器を用意し、その中でエマルションの状態をつくりました。こうすることで、水と油の境界に発生したエマルションの状態が広がっていくスピードが、直径が広くなった先端部で「ゆっくり」になります。これは、水が出ているホースの先端部を潰したときに、勢い(流れ)が強くなる現象と正反対の現象です。
意図的にエマルションの状態が広がる速度を抑えることで、容器の両先端部では次から次へと水の膜に覆われた油の粒子同士が衝突・合体し、大きな油の塊になります。長縄CTOらが生み出したエマルションフロー法では、この繰り返しによって、エマルションの状態から再び水と油に完全に分離した状態を効率良くつくることが可能となったのです。
現在では99.99%と高い純度でレアメタルを抽出するシステムを実現。さらに、従来の溶媒抽出法と比べて装置のサイズを10分の1〜100分の1とコンパクト化することが可能となり、その分低コストでのリサイクルが実現できるはずだと、長縄CTOは自信を語ります。
世界で加速するリチウム電池リサイクル市場に参入できるか
エマルションフローテクノロジーズの鈴木裕士代表。
画像:取材時の画面をキャプチャ
エマルションフローテクノロジーズでは、長縄CTOが開発したこの手法のスケールアップを目指し、研究開発を進めています。
「どんどん大きくしていかなければなりませんが、大きくしようとすればいろいろな問題も出てきます。今後はそれを一つずつ解決していく必要があります」(長縄CTO)
世界ではリチウムイオン電池をはじめ、資源需要はますます高まっています。
ガソリン車の規制の動きも広がっており、それにともないリチウムイオン電池のリサイクルビジネスもどんどん進んでいる状況です。しかし、日本のマーケットは世界に比べて大きく遅れていると鈴木CEOは話します。
「市場の成長スピードを考えると、できる限りスケールアップを早急に達成する必要があると思っています。もともとリサイクル技術の開発は2023年度中に実現しようと考えていましたが、2022年度に前倒しする計画です。また、2023年度までには小規模パイロットプラントや自動制御システム、実機スケールの装置を実現して、商業プラント開発に目処をつけたいと思っています」
鈴木代表はこのように述べ、これまでの日本のペースで進めていては世界の動きに間に合わないと危機意識を語ります。
「2024年、25年を目指して技術開発を進めてきたような海外の大手企業には、(既に計画が進んでいるので)我々の技術を取り入れる余裕はもうありません。ですので、我々がビジネスを広げていくべき場所は、これから先リサイクルビジネスに出ていこうと考えている企業や、既に市場があり、10年先を見据えて技術を変えようとしている国や企業がある地域だと思っています」
(文・三ツ村崇志)