人類は従来言われていたような「人口爆発」ではなく、「人口減少」の危機にこそ直面している。
Getty; Marianne Ayala/Insider
国連の推計によれば、世界人口は本日11月15日、80億人を突破した。
(以下は11月1日公開記事をアップデートした内容です)
この数十年の間、世界では人口急増が続いてきた。地球に40億人目の人が誕生したのは1975年のことだが、早くも80億人目が誕生する日がやって来た。国連の推計(予測)によれば、2030年に85億人、2050年には97億人まで増えるという。
この言わば「人口爆発」は、地球の生態系バランスを脅(おびや)かすかつてない挑戦であると専門家たちは指摘する。
2017年、世界大学ランキングで知られるタイムス・ハイアー・エデュケーション社が、ノーベル賞受賞者50人に「人類にとって最大の脅威は何か」を聞いたところ、3分の1以上が地球の過剰人口を挙げた。
人口増加のペースを遅らせることが、気候危機と戦うための重要な手段であることに、いまや疑いの余地はない。
ただし、過剰人口を人類最大の懸念としたノーベル賞受賞者たちが見落としていることがある。
それは、人口減少につながる力がすでに作用し始めているという事実だ。実際、あと40年ほどで世界人口は減少に転じるだろう。
人口を減少させるのは、ウイルスでも、戦争でも、自然災害でもない。生活水準の向上こそがそのけん引力となるのだ。
産業革命以来、生活水準が向上するにつれ、平均寿命は伸び、出生率は低下してきた。人々はより健康になり、より豊かになり、より教育を受け、より長生きし、そしてより少なく子どもを産むようになった。
その結果、アメリカやヨーロッパ、中国などの豊かな国々で生まれる子どもの数は、それぞれの人口動態を安定させるのに十分ではなくなってきた。
しかし、こうした形で人口減少が進んでいくのは決して喜ばしいことではない。むしろ、私たちの経済活動にとっては迫りくる災厄と捉えるべきだろう。
人口減少が引き起こす未曾有の労働力不足は、モノやカネの流れをうまく回す革新的な方法を見出さない限り、世界経済を機能不全に陥らせるだろう。
問題は人口「爆発」より人口「減少」
21世紀の終わりまでに世界人口を減少に転じさせるこの経済的・人口学的な動きは、ここ最近のトレンドではなく、長いこと主要な経済圏で共通して確認されてきたものだ。
実態として、現在の人口水準を維持するのに必要な出生率を示す「人口置換水準」を下回る富裕国もしくは中所得国は、年を追うごとに増えている。
ある社会の人口が長期安定的に推移するためには、女性1人が一生のうちに子ども2.1人を出産する必要があるとされる。言い換えれば、人口置換水準は2.1ということになる。
現在、アメリカの人口置換水準は1.6人、欧州諸国や日本ではさらに低くて1.3。中国は1.2、韓国は0.8で、まもなく世界のほぼ全ての国が安定水準の2.1を下回るようになるだろう。
【図表1】世界の主要国の合計特殊出生率の推移。濃紺の点線は人口置換水準(2.1)を示す。
United Nations Population Division; World Population Prospects (2022)
国や地域を問わず、生活水準が向上するにつれて、一家族当たりの子どもの数は減少し始めることが、研究を通じて明らかになっている。その要因としては、女性の経済的機会の増加、子どもの教育アクセスの向上、乳幼児死亡率の低下などが挙げられる。
しかし、たどるルートは結局みな同じで、かつて貧しく若年層があふれ返っていた国は、そのうち豊かになり、高齢者の割合が増えていって、ついにはそれを支える若い労働人口が足りなくなるという難題に直面するのだ。
【図表2】主要国・地域の生産年齢人口(15〜64歳)の推移見通し。
Vollset et al. 2020, reference scenario
ビル&メリンダ・ゲイツ財団の研究者チームによる2020年時点の分析によると、今世紀末までに世界人口はピーク時との比較で10億人減少する。最も極端なシナリオでは、現在から20億人近く減って、60億人強にまで落ち込む可能性があるという。
基本シナリオをたどった場合でも、ドイツの労働人口は3分の1減少し、イタリア・スペイン・ギリシャでは半分以上減少する。ポーランド・ポルトガル・ルーマニア・日本・中国に至っては、最大3分の2の減少が想定されている。
このように迫りくる人口減少は、人類に警鐘を鳴らす。
我々がこれから直面するのは、何十年も前から懸念されてきた「人口爆発」ではなく、「人口減少」であって、世界の繁栄も衰退もその影響次第なのだ、と。
労働力不足はすでに始まっている
世界人口の減少は、地球にとっては朗報だ。しかし、経済あるいは社会システムにとっては深刻な脅威となり得る。
過去数世紀、経済成長をもたらした最大の原動力は人間だった。その人間が少なくなれば、普通に考えて、やれる仕事は少なくなる。
航空会社やデイケア、軍隊に至るまで、さまざまな業界ですでに労働力不足の影響が表れ始めている。そう遠くないうちに、さらに多くの分野や職業に影響が出始めるだろう。
電車の運転士、学校教員、エンジニア、医師、ケアワーカー、プログラマーなどの不足により、生産量や業績の落ち込む企業が増えていく。
人口減少に伴い、事業に投下される資本額も減少していく。消費が減退して売上高が落ち込み、それにつれて利益も圧縮され、結果として経済成長は鈍化することになる。
また、労働力不足と同時に、労働者1人当たりの生産性も低下していく。時間当たり労働生産性は経済発展の度合いを示す最も重要な指標だが、近年は世界全体として低迷が続いている。
労働力人口の減少と生産性の停滞の組み合わせは由々しき問題だ。生産量が減り、最悪の場合には数十年にわたる経済停滞につながりかねない。
18世紀後半にイギリスで産業革命が始まってからおよそ250数年にわたって人類は経済成長を続けてきたが、ついにこれから停滞の時代に突入するのかもしれない。
経済成長のおかげで、人々は晩年にリタイア生活を送ることができるようなった。我々はいまや、充実した社会的セーフティネットをベースに、下の世代の家族や親族に面倒を見てもらいながら安心して日々を暮らすことができる。
ところが、これから状況は逆戻りしていく可能性が出てきた。
介護などのケアを必要とする人口が、彼ら彼女らを支えることのできる労働者人口をはるかに上回る展開が想定されるからだ。
アメリカではすでに(退職後の)高齢者人口が労働者人口を上回り、社会保障などの制度を圧迫しつつある。2020年には退職者1人を現役世代3.5人で支えていたが、2050年には現役世代2.6人で退職者1人を支えねばならなくなる。
持続的な経済成長を実現しつつ、今後も増加していく高齢者を支えていくには、生産性の改善をいっそう加速する必要がある。
【図表3】労働力人口(20〜64歳)と高齢者(65歳以上)人口の比率。2020年に現役世代7.3人で高齢者1人を支えているメキシコも、2050年には現在のアメリカ並みの3.5人で1人を支える状況になる。濃紺は2020年、薄緑は2050年の見通し。
Vollset et al. 2020, reference scenario
これは、過去の世界の成長パターンを根底から覆(くつがえ)す展開と言っていいだろう。
過去数世紀にわたって、何百万人もの人々が工場やオフィスで働いて収入を得て、それをモノやサービスに投じることで消費を押し上げてきた。
そして同時に、そこから徴収される税金を、教育や医療、研究、インフラ、増え続ける年金を賄うための社会保障制度などに投資することで、労働収入を消費に回すサイクルが持続する仕組みを作り上げてきた。
しかし、退職者が増え、それを補う若い労働力が不足してきたいま、回転数がより上がっていくはずだったそのエンジンは失速し始めている。
人を増やすか、生産性を上げるか
労働者不足に対しては、2種類の解決策がある。単純な話で、労働力人口を増やすか、生産性を上げるかだ。
アメリカの移民政策は、出生率が低下する状況の下で労働力人口を増やす手法として奏功している、よく知られた事例の1つだ。
また日本は、自動化とデジタル化によって生産性を高め、人口減少と高齢化の両方に対処してきた国の好例と言える。
労働力不足という深刻な問題を解消するには、およそ250年前に世界の多くの国・地域にまん延していた貧困からの脱却に導いた産業革命の奇跡に匹敵するような生産性の向上が必要となる。
拡大し続ける福祉国家の財源をより少ない労働力人口で賄うには、技術革新と進歩への投資を増やす必要がある。とりわけサービスセクターにおいては必須だ。
先進国では労働力の半数以上が同セクターで働いているにもかかわらず、そこでの生産性はここ20年近く低迷を続けており、改善の余地は大きい。
ロースキルの労働力を最低賃金並みの待遇で働かせるビジネスモデルは、(先進国が選ぶべき)ハイテク国家のあり方にはふさわしくない。そのやり方の先に待ち受けているのは退化だ。
そのため、最低賃金を引き上げることで、可能な限り単純作業を自動化するインセンティブを生み出す必要がある。
変化とはまた、軋(きし)みを生じているプロセスや時代遅れのビジネスモデル、陳腐化した産業に見切りをつけ、最先端の企業に投資することでもある。
時価総額世界上位10社のうち、いまや8社をハイテク企業が占める。それらの企業はいずれも、急激に変化を遂げる市場に対応する製品とビジネスモデルを生み出し、これまで誰も思いつかなかったような新たな市場を作り出すことで、成功への道筋を切り拓いた。
さらに、人々が自分にふさわしい職業を探そうと考えるモチベーションになり得るダイナミックな労働市場を作り出すことも必要だ。
ポストコロナの特徴的な現象として話題を呼んだ「大退職(Great Resignation)」は、労働者がそれぞれの能力に合わせてより高い給与を得られる仕事を求めてより流動的に転職する社会が実現可能であることを示してくれた。
最後にもう一つ必要なのが、教育システムの変革だ。
学校に通っている15歳の子どもの5分の1が基礎レベルの読解力を持たないままでは、人口減少という大きな課題に取り組むのは難しい。
次世代の仕事においては、勤勉さや従順さといった現在学校で主に教えられているものとはまったく異なるスキルが必要となる。創造力や回復力、複雑に絡み合った複数の問題を解決する能力が、経済を持続させるために不可欠のスキルとなるだろう。
そして、こうした新たな経済の形を生み出すには、世界中からの移民の存在が欠かせない。
現在、世界では移民を排除する動きが強まっているように見えるが、これから人口減少が可視化されていくにつれ、需要の高まりで供給制約が深刻化する労働力の供給源を求め、むしろ移民をめぐる争いが激化するようになるだろう。
将来にわたって自国に人を呼び込み続けたいと思うなら、各国はいますぐにでも移民戦略の転換を図る必要がある。
例えば、言語サポートの不足は移民の子どもたちの労働参加の妨げになるし、不動産価格の高騰は特に大都市で移民居住エリアの分断を促すことになる。
カナダなど一部の国々は積極的に難民を受け入れ、その新生活をサポートすることで、労働力不足を克服しようとしている。
地球上で最も重要な資源とも言うべき人材が稀少になっていく中で、不平等な待遇や差別を解消するカナダなどの取り組みは長期的に見て割に合う、理にかなったものと言えるだろう。
歴史が教えてくれるのは、変化なしに、新しいことに挑戦する勇気なしに、進歩はありえないということだ。
これから想定される人口減少と戦っていくために、世界が何より必要とするのは「意識」の改革ではないか。
イノベーションや新しいアイデアが必要とされている。人間が教育や訓練の機会をより多く得られるよう、人間の代わりに働いてくれるロボットや人工知能が必要なのだ。
同時に、サステナブルなエネルギー生産と温室効果ガス排出量を削減するテクノロジーに投資することで、人間社会が気候変動を引き起こすことなしに進歩を持続できるようにする必要もある。
より良い世界を、次世代の子どもたちのために。
セバスティアン・デトマーズ(Sebastian Dettmers):欧州最大のメディアグループ、アクセル・シュプリンガー傘下の人材マッチングプラットフォーム「ステップストーン(StepStone)」最高経営責任者(CEO)。ミュンスター大学(ヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学)で博士号(マーケティング)取得。
[原文:The Great People Shortage is coming and it's going to cause global economic chaos]
(編集:川村力)