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【R65・山本遼1】ターゲットは「65歳以上」の賃貸ポータルサイトを創設。高齢者になると部屋を借りられなくなる社会はおかしい

R65社長_山本遼

撮影:伊藤圭

8年前、80代の女性が客として訪れた。8月の暑い日だった。女性は開口一番、残念そうに打ち明けた。

「ここで不動産会社は5軒目なんです。ほとんど門前払いでした」

そう言われた青年は衝撃を受けた。同時に2つのことに気付いてしまったからだ。

「まず、『この人、5軒回っても見付からなかったんだ』という驚き。それと同時に、僕自身もその人のことを『あー、すみません、ご高齢の方は』と断ろうとしていたという驚きです。その瞬間まで、自分が門前払いをしようとしていたことの意味に気が付いていなかったんですよね」

その衝撃が、山本遼(32)が65歳以上の高齢者向けに賃貸物件を紹介する「R65不動産」を立ち上げるきっかけになった。

大家の7割が高齢者向けの賃貸に抵抗感

高齢者女性の後ろ姿

たとえ元気でも、高齢者というだけで物件を借りにくいのが日本の現状だ(写真はイメージです)。

beeboys/ShutterStock

断られた女性は息子が経営するコロッケ屋でアルバイトとして働いており、仕事場に通いやすいようにもう少し近くに引っ越しして一人暮らしをしたいと考えていた。

「この女性のように、元気な高齢者も多い。不動産業界の理解がないだけではないか? 業界の常識に縛られて高齢者というだけで部屋を貸さないのは、おかしい」

山本が大事にしているのは、世の中、それでいいの? という「問い」だ。実際、山本が200件電話をかけても、オーナーが「貸してもいい」と申し出た物件は5軒しか出てこなかった。

「住みたい物件が5軒じゃなくて、住める物件が5軒しかなかった。僕らプロが探してこれだけなので、本人が一軒ずつ200社に聞いて回ることなんてできませんよね。やっぱり、何かおかしいなと」

高齢者の賃貸住宅の借りにくさを実感し、調査を始めたところ、高齢者で約600万人いる賃貸住宅の借主のうち、そのほとんどが一定の年齢になると更新を断られ、引っ越しを余儀なくされていることが分かった。

公益財団法人日本賃貸住宅管理協会の2014年度の報告書によれば、孤独死や認知症などへの恐れから、不動産オーナーの約7割は、高齢者の受け入れに拒否感を抱いているという。

ニーズがあるなら、自社で高齢者向けに賃貸住宅の斡旋を行えないだろうか——。差し当たり山本は、社内でそう提案してみた。だが、けんもほろろ。

「収支よりも人件費がかかって、採算がとれる事業にはならない」

「絶対に儲からないからやめておけ」

と、企画ははねられた。「それなら自分で事業を興そう」と起業に踏み切った。

難航した「理解ある大家探し」

R65不動産の公式サイト

「R65不動産」のサイトでは、「エレベーター付き物件」「保証人不要」など、高齢者の目線から物件が紹介されている。

「R65不動産」公式サイトよりキャプチャ

2015年に「R65不動産」と名付けたポータルサイトを立ち上げた。

「R65不動産という名前を付けたのは、まず自分がお客さんだったとして行きたくなるかどうかを大事にしたから。よく、『シニア不動産とかシルバー不動産にしたら?』って言われるんですけれども、じゃあ、高齢者と名指しされる不動産屋だったら果たして自分が行くか? って思いますよね」

サイトを立ち上げたはいいが、当然、物件が一つも載っていないところから始めねばならなかった。年齢を分け隔てせずに物件を貸し出す「理解ある大家」を探すのが大変だったという。

「サイトが認知されておらず、大家さんを尋ねると、『実際に入居希望者はいるの?』と言われて堂々巡りに。そこで、『自分はこんな事業をやろうと思っている』という理念をFacebookでアツく語り続けた。

100の『いいね』が付いて、ようやく『御社の活動に賛同します』と言ってくれる大家さんがじわじわと増えていきました」

介護施設を100軒回る

介護施設のイメージ写真

山本は入居者探しのために体当たり的に介護施設を回り、ニーズを探った(写真はイメージです)。

kazoka/ShutterStock

高齢の人に物件を貸したいオーナーは、思いのほか存在していることに気が付いた。だが、サイトに物件が徐々に上がるようになっても、入居希望者が一向に現れない。

痺れを切らした山本は、チラシを配りに介護施設を100軒しらみつぶしに回った。「住居について困っている人はいないですか」と山本が訪ねて行くと、100軒中95軒からは、「いません!」とスルーされた。

けれども、5軒ぐらいは「ああ、いるいる」「先週、あのおばあちゃんが部屋を探していると言っていたわよ」などと有力な情報が得られることもあった。

入居者探しに奔走し、少しずつ相談を受けるうち、中には強いニーズがあることも分かってきた。

印象深いのは、40代の医師が父親を近所に呼び寄せたいと希望してきたケースだ。医師は多忙で、70代の父親が万が一体調を崩しても、片道1時間かけて会いに行くのが難しいという。5分程で行き来ができる距離に住んでくれれば、父親は孫にすぐに会えるし、万が一、父親に異変が起きた時にも、自院の看護師を派遣できるので、メリットが大きいとその医師は話していた。

ところがこのケースでも、「高齢だから」と物件のオーナーたちは首を縦に振らなかった。

「資金的にも余裕があり、病気や怪我にも対応できる医師が息子さんという、この最強の属性でもダメなんだと。不動産業界の慣習という岩盤の厚さは驚きを通り越していた。だったら、僕らプロが住める物件を何としても探し出すしかないでしょと思いましたよ」

現在、R65不動産の取り扱い物件数は2000件を超える。かくして山本は、高齢者にも賃貸の住まいを提供する道筋をつけた。不動産業界の“風雲児”が、業界に従来からあった「常識」を覆したのだ。

多世代つなぐ「仕掛けのヒットメーカー」

R65社長_山本遼_経歴

撮影:伊藤圭

山本はまず、R65不動産をヒットさせた。だがそれだけではない。シェアハウスの運営を、もう一つの事業の柱に育てた。家賃が抑えられることもあり、主に20代が暮らしている。

さらに2022年の春からは、東京足立区の北千住エリアで共同書店の取り組みを始めた。本棚の一つひとつに棚主が入居し、思い思いの本を販売する。棚主の年齢は20代から70代までにまたがる。

山本は自らも北千住に住み、率先して街に繰り出し、多世代のつなぎ役を請け負う。山本は社会起業家として新しい取り組みを次々に世に放ち続ける「仕掛けのヒットメーカー」なのだ。

「シェアハウスと共同書店は、空き家活用という趣味が高じて始めた、『趣味を兼ねたライフワーク』。こっちは地道に楽しくやってます」

とどのつまり、R65が目指すところは? と山本に問うた。かつての報道で、R65とは「社会のインフラを整える事業」だと書かれていたことを伝えると、照れ臭そうに頭を掻いた。

「取材されてテンションが上がってそういうこと言っちゃったのかも(笑)。はっきり言って、この事業は自分のためにやってます。

僕はおばあちゃん子だったんですが、78歳で亡くなる2年前まで病気を抱えながらも薬屋の店頭に立っていた祖母同様に、自分らしい生活を最後まで送りたいなと思っていて」

そんな山本にとって、老いた時にも自分の周りにあってほしいものは「安心できる住まいと、大事な人とのつながりのある街」だという。

「それを用意するために、今から自分はどう動いておけばいいのかと、いつもそう考えてひたすら行動しているんですよ」

工学部出身で理系の山本は、経営者としても“思考”と“試行”のループをまわす。未来を見据えた「問い」をじわじわと温め、「こうすれば良くなるのでは」という仮説を考案し、街の中で実証してみせる。

社会的起業は、趣味兼ライフワークを織り混ぜながら「楽しく持続」をモットーとする山本だが、「楽しく」と言えるようになるまでには、事業を軌道に載せていく呻吟(しんぎん)があった。次回、その過程に触れる。

(敬称略・明日に続く)

(文・古川雅子、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒)

古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に、『「気づき」のがん患者学』(NHK出版新書)がある。

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