撮影:伊藤圭
荒川と隅田川に挟まれた、東京・足立区の北千住エリアにある棚貸しの小さな共同書店。入り口に置かれたシャビーな木枠の黒板には、「編境(へんきょう)」という店の名が記されている。
内部には肘掛け付きのソファもあり、アンティークショップのような洒落た佇まい。棚主の趣味なのだろう。本棚の一角には、ナマケモノのぬいぐるみが置かれている。ここは、単に不動産を仲介するだけでなく、街づくり、ひいては社会づくりに果敢にチャレンジしていることを世に示す旗艦店でもある。
共同書店「編境」の本棚には、20〜60代まで、さまざまな年代の店主が独自のテーマで本を選書し、販売していた。
撮影:伊藤圭
2022年9月末、「編境」を会場に、棚主や近隣の住人が集まる、香を焚きながらの読書会「本とお香」が開かれた。主催したのは、千住エリアの住民から「ポールさん」と呼び慕われる、山本遼(32)。この共同書店の店主であり、R65不動産を運営する社長でもある。
自身もこの街で暮らす山本は、SNSに日常の変化をこう綴る。
「街につながりを増やそうと共同書店を作ってみたら、仕事終わりに、いつもYouTubeを見ていた時間が、ご近所さんや棚主さんとの雑談の時間に変わった」
「ご近所さん」には、山本が貸すシェアハウスの入居者も含まれる。現在、千住エリアだけでも、5棟のシェアハウスをR65が運営している。
趣味と実益兼ねた「シェアハウスホッパー」
自社で運営するシェアハウスの入居者との飲み会を楽しむ山本遼。
提供:R65
愛媛の不動産会社の東京支店を立ち上げるために上京した山本は、65歳以上向けの不動産サイト「R65不動産」の事業を着想し、2016年に法人化した。
その頃、大家から頼まれて、世田谷区の松陰神社近くの物件で女性専用のシェアハウスの運営を始めた。入居者から苦情が出たり、入居者同士が揉めたり、何かとトラブルが起こった。
だが、次に手がけた同区・三軒茶屋の15部屋ある物件では、友達とともに「自分も住みながら」始めてみたところ、入居者同士が友達のような近い関係になり、たとえトラブルが起こっても長屋的な人間関係の寛容さのなかで解消していけることに気付いた。
都内の運営物件は、15棟に増えた。現在、15棟分の家賃収入がR65の収益の5〜6割を占める。空室が出れば、山本自らがそこの住人になり、住人同士の関係を築く。時期ごとに必要な場所へと移り住む「シェアハウスホッパー」。ライフとワークが思いきり近接した暮らしだ。
「付き合う人との関係が濃くなった。例えばサイトの制作なんかは、手が空いていそうな人に頼み事をすれば『即いいよ』と。コミュニケーションが早いんです」
シェアハウスの「お隣さん」が社員に
シェアハウスに住む「お隣さん」が、そのままR65の社員になるケースも出てきた。
「僕がパジャマでウロウロする姿も目撃されてしまう。社員と住むところを共有すると、もう隠せないんですよね。自分のダメなところを見せられる人間関係がすごくいいんです」(山本)
小海智恵子(27)も、その一人。現在はR65不動産で物件の仲介を担当する、中核の社員だ。2020年に品川のシェアハウスで半年間ほど、山本と部屋が隣同士だった。
コロナ禍で医療事務の職探しが難航していた小海に、「従業員がいなくなっちゃって困っているんだ。まずは電話番をお願いできない?」と山本が頼んだ。小海は「面白そう」と誘いに乗った。業務委託契約から始め、2022年1月から社員に昇格した。
「社長が夜中に観てた番組とか、ゲームに熱中してたとかも分かっちゃう(笑)。でも、関係が近い分、私が頼まれごとで手一杯になりかけた時に、社長も距離の置き方を考えるようになったみたい。『今の仕事量で大丈夫?』とか前より気遣ってもらえるようになりました」(小海)
シェアハウス発のスモールビジネスも誕生
R65が借主である「アサヒ荘」は、和風の庭に紅葉が植えられ、縁側もある和風の戸建てだ。メンバーで公式サイトも制作した。
「アサヒ荘」公式サイトよりキャプチャ
シェアハウスごとに個性がある。2021年9月にクリエイターが集まるシェアハウスとして開所した北千住の「アサヒ荘」を管理するのは、東京の会社に勤務するクリエイティブディレクターの坂木茜音(27)だ。もともと、自身でシェアハウスを始めたくて物件を探していた。
「クリエイターの友人たちとワイワイ住みながら、時にイベントも開催できるような広めの物件はないかと探していて、ポールさん(山本)と出会いました。ここは華道を嗜むご家族が住んでいた築40年を超える和風の戸建てで、庭に紅葉があり、縁側もあって。私の一目惚れでした」
借主である山本から管理人を託された坂木が仲間に声をかけると、たちまち6人の住人が集まり部屋は満室となった。毎月イベントを打てば、「顔の見える関係」の30人近くが集まる。気付けば、アサヒ荘の住人を核とする100人ほどのコミュニティが出来上がっていた。
より気持ちよく住む工夫や毎月打つイベントの企画などは、住人同士で話し合う。プロジェクト管理ができるWebサービス上に、「次のイベントでやりたいこと」「コロナ対策をどうするか」といったアジェンダを作り、各々が意見を書き込んでおく。そのアジェンダを話し合うため、月に1回は膝を付き合わせて会議をする。それを「家族会議」と読んでいる。周知のHPやSNSの文面は、手の空いた人が主体的に作成してアップする。
まるで企業内で働く仲間のようにシゴトが早い。実際、住人同士が副業で作成した、「デジタル名刺」という、SNS交換に便利なコミュニケーションプロダクトも誕生した。坂木は言う。
「同じところに住んでいれば、コアな会議なんていくらでもできちゃう。まだ開設して1年なのに、シェアハウス発のコラボレーションや仕事が次々に生まれています。
うまくいくのは、他のシェアハウスの人も含め、コミュニティの垣根なく人を紹介してくれたり、ポールさんが『ゆるくつなぐ存在』でいてくれるからなんだと思う。ポールさんって、なんか、どこか遠くから見守ってくれる『第二の父』みたいな感じなんです(笑)」
シェアハウスから「シェアタウン」を構想
撮影:伊藤圭
山本は、アニメ『めぞん一刻』のように、個性溢れる「人」に紐付くごちゃまぜの人間関係の面白さを重視している。
「『めぞん一刻』が古いアパートで物語が展開するのは、管理人である音無響子さんがいるからなんですよね。街に音無さんがいっぱいいたら、面白くないですか? だから僕は面白い人と出会ったら、どんどん巻き込んでいきます」
いま山本は、シェアハウスのように顔の見える関係が街に溶け出す「シェアタウン」をつくりたいと考えている。冒頭の書店「編境」の話に戻る。
つい先日、年配の一人暮らしの男性がふらりと書店を訪れた。店頭に立つ山本が聞けば、コロナ禍で人と疎遠になり、2年近く誰とも話をしていなかったという。ひとしきり話した後、その男性は満足げに帰っていった。山本は笑みを浮かべてこう語る。
「1時間ぐらいお話されていたかな。本を買うわけでもなく(笑)。でも、『今度、店番やりますよ』と言ってくださって。
僕は街に出た人が、『この人と何かしたい』っていう、自分なりの楽しみを見つけて、その人たちがステージに立つ機会をつくりたい。僕が用意しているのは単なるハコじゃなくて、人との出会いの場。そこが、誰かが立つステージになるんですよ」
山本自身、老いてもこの街のような環境の中で暮らしたいと考えている。
「この間、僕が財布をなくして、『当面一週間の現金どうしようか……』と思っていたら、街の仲間が貸すよ、あげるよって、その日のうちに3万円寄付が集まって。一生住むなら、こんなふうに財布を落としても大丈夫な街がいいって思ったんですよ」
山本は、自身が構想するシェアタウンのような街が日本中に広がってほしいと願う。その先の夢として、「R65不動産が最終的になくなること。それが理想です」と最後に言った。
「なぜなら、僕は『65歳以上の方が不動産会社で借りられない』っていう状態をなくしたいから。僕らが存在する意義がなくなったら、万々歳。誰もが、好きな街で自分らしい人生を最後まで送れることが理想だと思っています」
すっかり街に溶け込む山本は、自身が「創りたい未来」に関与することに喜びを感じている。
(敬称略・完)
(文・古川雅子、写真・伊藤圭)
古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に、『「気づき」のがん患者学』(NHK出版新書)がある。