撮影:今村拓馬
「働く人の中で『がん』になってる人は、女性の方が多いんです」
そう話すのは、東京大学大学院医学系研究科の中川恵一特任教授だ。
「がん」と言われると「高齢者の病気」というイメージで捉えられることが多い。ただ、20代や30代といった若い人でもがんを患うことはある。実は、20代〜30代のがん患者の約8割は「女性」だという驚きの調査結果がある。25歳以降では、「子宮頸がん」や「乳がん」といった女性特有のがんが増え始めるのだ。
厚生労働省によると、子宮頸がんの年間の罹患者(全年齢)は約1万1000人。約2900人が毎年亡くなっている。また、30代までに年間約1000人の女性が子宮頸がんの治療で子宮を切除し、妊娠できない状態になっているとも。
若いがんをどう防ぐのか。
10月21日に発表された東京大学と、生理日予測をはじめとした女性の健康をサポートするアプリ・ルナルナを提供するエムティーアイの共同調査によると、子宮頸がん対策として知られるHPVワクチンの接種や子宮頸がん検診の受診率がまだまだ低い現状が明らかになった。調査結果から、がん対策を進める鍵を探っていこう。
調査機関:2022年9月26日〜10月3日
調査手法:『ルナルナ』、『ルナルナWeb』、『ルナルナ 体温ノート』、 『ルナルナ ベビー』にて調査。
調査対象者:2044人(20代・30代が65%。75%が企業に勤務)
低迷するHPVワクチンの接種率
ルナルナとの共同調査の結果。HPVワクチンを接種している人の割合は15%程度。
提供:中川特任教授
日本の子宮頸がん対策を考える上で、まずポイントになるのが「HPVワクチン」の接種率の低さだろう。
子宮頸がんは、その大半がHPV(ヒトパピローマウイルス)の感染が原因となる。HPVワクチンの接種によってその感染を防ぎ、子宮頸がんを予防できることから、日本でも定期接種のワクチンとして承認されている。
しかし、日本では2013年に厚生労働省がHPVワクチンの対象者に接種を呼びかける「積極的勧奨」を差し控えて以降、接種率は長らく1%を下回る状態だった。その後、厚生労働省は2021年11月に「安全性について特段の懸念が認められないことが確認された」として、積極的勧奨を2022年4月から再開することを決定。その間、HPVワクチン接種や子宮頸がん予防を啓発する医療従事者たちの活動などの社会的な動きもあり、少しずつ認知が広がってきていた。
今回の東大とルナルナの調査でも、HPVワクチンを接種した人の割合は15%程度と、少なからず向上している様子が伺える。
ただ、中川特任教授は
「ルナルナを利用するユーザーは健康意識が高い傾向にあることを考えると、それでもまだワクチンの接種をした人の割合が2割以下という状況は、非常に問題だ」
と指摘する。
HPVワクチンの年代別接種率。20代が突出して高いが、それでも接種率は50%を超える程度。30代以上では大半が未接種だ。
提供:中川特任教授
調査では20代のワクチン接種率が約52%と全体からみれば高い値となっている一方で、30代以上で接種した人の割合は1割にも満たなかった。
なお日本では現在、小学校6年~高校1年の女性を対象に、公費(無料)でHPVワクチンを接種することが可能だ。加えて厚生労働省では、ワクチン接種の積極的勧奨を差し控えた時期に本来接種対象となっていた1997~2005年度生まれ女性を対象に、無料での接種(キャッチアップ接種)も実施している。
スウェーデンで実施された研究では、10〜16歳の間にワクチンを接種しておくことで、子宮頸がんの発症リスクが88%減少したという結果が報告されている。同じ調査では、17歳〜30までにワクチンを接種した場合でも、発症リスクが53%減少したと報告されている。
子宮頸がん検診「対象は20歳以上」も…
ルナルナとの共同調査の結果。がん検診を定期的に受診している割合は35%程度だ。
提供:中川特任教授
子宮頸がんを予防する上でHPVワクチンの接種に加えて重要になるのが、「20歳以上」を対象に2年に1度の定期受診が推奨されている「子宮頸がん検診」だ。中川特任教授は、
「ワクチンの接種率と検診の受診率が上がれば、子宮頸がんは撲滅可能なんです」
と、2つの対策を組み合わせることでさらに効果は上がると指摘する。
ただ、東京大学とエムティーアイの調査では、「1度でも(子宮頸がん)検診を受診したことのある人」の割合は約8割にのぼった一方で、定期的に検診を受けている人の割合は35%程度にとどまっていた。
がん検診は、1度受けて終わりではなく、定期的に受けてこそ意味がある。特に20代では、検診を一度でも受けたことのある人の割合でさえ5割程度と、30代以上(受診率約8割)と比べて低かった。
子宮頸がん検診を受診しない理由。苦痛や費用を懸念する人が多かった。
提供:中川特任教授
検診を受けない理由として最も多く挙げられたのが、「検査に伴う苦痛や不安」だった。また「受ける時間がない」「経済的な負担になる」といった回答も多かった。
子宮頸がん検診は、「子宮頸部(子宮の入り口)を、先にブラシのついた専用の器具でこすって細胞を採り、異常な細胞を顕微鏡で調べる検査」(がん情報サービスより引用)だ。人によって感じ方に差はあるものの、痛みやストレスがあることは否めない。中川特任教授も「検査をする医療従事者側もそういった点に配慮する必要があるかもしれない」と指摘する。
なお、自治体で実施している定期検診では、自治体が費用の大部分を負担しているため、住民の負担は軽い。また、アンケートの中で「体調が悪くなったら受診する」「健康には自信がある」という声が多かったことに対して、中川特任教授は
「がんは痛い病気、苦しい病気だというイメージがあると思うのですが、場合によっては症状が出にくいものです。ましてや、(検診で発見するような)早期がんで症状が出ることは少ない。健康だと思っていてもがんになっていることは十分にあることなので、国や企業で実施している検診をまず受けて欲しい」
と、体に異常がなくても検診を受けてほしいと話した。
企業のがん検診でも、子宮頸がんの受診率は最も低い現実
企業を対象にした、がん検診の受診率に関するアンケート結果。
画像:がん検診推進企業アクション
企業の中には、毎年の健康診断の中にがん検診を組み込むなどして、従業員の健康を積極的にサポートする取り組みを実施しているケースもある。
しかし、そういった中でも子宮頸がんや乳がんの検診受診率は低調だ。
企業におけるがん対策の普及啓発を推進すべく2009年から活動を続けている「がん対策推進企業アクション※」によると、2021年にパートナー企業(がん検診に積極的な企業)に対して実施したアンケートでは、乳がん、子宮頸がんの検診受診率は共に50%以下だったという。
※がん対策推進企業アクションは、厚生労働省の委託事業。現在4500以上の企業・団体が加盟している。
中川特任教授は、がん対策推進企業アクションのアドバイザリーボードメンバーも兼任。21日に開かれたメディア説明会では、
「がん検診に積極的な企業の受診率を見ても、子宮頸がん検診の受診率は50%を下回っています。(子宮頸がん検診は)20歳から受診できる検診なのですが、20代の受診率も低い。これは、日本の保健教育の問題だと思っています」
と、課題を語った。
一方、がん検診を取り巻く環境には、課題もある。
法律に基づいて実施している自治体のがん検診で対象となるのは、胃がん、肺がん、大腸がん、子宮頸がん、乳がんの5つのがんのみ(対象者はこちら)。検診手法も、現時点で「科学的に効果がある」と確認された手法に限られる。これは検診の「精度」を担保するためだ。
一方、職場で実施するがん検診では、自治体で実施するがん検診とメニューが異なる場合もある。その場合、手法や頻度、対象となる年齢によっては、がん検診を受検するメリットよりも、デメリットが上回ることもあり得る。
「企業は福利厚生という捉え方で(がん検診を)実施していることもあります。ただ、例えば40歳以上が対象の乳がん検診を30歳からやっているケースもみられます。20代の乳がん検診に至っては、受けない方が良いとも言わています」(中川特任教授)
こういった職域での検診の精度管理のために、厚生労働省では『職域におけるがん検診に関するマニュアル』を整備している。
(文・三ツ村崇志)