新エネルギー車の販売でテスラを射程に捉えたBYD。欧州市場への進出も加速する。
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中国EVメーカーBYDが乗用車の日本市場進出を発表して3カ月が経った。10月17日に発表した2022年7~9月の業績予想は市場予測を大幅に上回り、同日開幕したパリ国際自動車ショーでは、欧州への本格進出を発表。フォルクスワーゲン(VW)やメルセデスベンツ、BMW、トヨタ自動車など世界のトップ企業が軒並み参加を見送る中、主役級の注目を浴びている。
7〜9月だけで2021年の通期利益上回る
BYDの2022年7~9月の純利益は前年同期の12億7000万元(約260億円、1元=20.5円換算)から4倍以上増加し、55億~59億元(約1130億~1210億円)に達する見通し。併せて公表された1~9月の純利益は、同272.48~288.85%増加の91億~95億元(約1870億~1950億円)となる見通しだ。
過去3年の業績を見ると、2019年通期の純利益が16億1400万元(約330億円)、2020年は42億3400万元(約870億円)、2021年は30億4500万元(約620億円)だった。2022年7~9月だけで過去3年の通期を上回っており、BYDは「販売台数が大きく伸び、原材料価格の上昇コストを吸収できた」と分析した。
これまで「売上高が伸びても利益にならない」状態が続いていたBYDだが、その体質を脱却しつつある。同社の1〜9月の自動車販売台数は計118万5100台。うちEVやプラグインハイブリッド車(PHEV)などの新エネルギー車は同249.56%増の118万500台を占め、今年3月末で生産を終了したガソリン車の販売は5000台余りにとどまった。主力セダン「漢」シリーズの今年1〜6月の販売台数は9万6950台に達し、テスラのモデル3を上回った。
欧州で独メーカーと競争本格化
パリ国際自動車ショーは日独メーカーが軒並み参加を見送る中で、BYDにスポットライトが当たった。
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最近のBYDの躍進ぶりに、日本の自動車部品メーカーの幹部は「1年前まで低価格で勝負する中国メーカーというイメージだったが、ガラッと変わった」と語る。
中国では2010年代中ごろに環境対応車への補助金を契機としたEVブームが起きたが、2018年に補助金が縮小されると需要が失速。BYDを含めほとんどの企業が「冬」に突入した。
テスラが2019年末に上海工場を稼働させ、コロナ禍の景気対策として新エネ車への補助金が再び拡大したことで、今は新エネ車の販売が伸び続けているが、将来的に補助金が打ち切られると「安さ」を重視する消費者は離れてしまう恐れがある。
だからBYDは、補助金の有無に左右されない高所得者層向けにビジネスモデルをシフトしており、戦略的車種として漢やハイエンドセダン「海豹(SEAL)」を投入してきた。近く販売価格が2000万円を超える新たなブランドを発表するとの観測もある。
高価格車種がヒットし規模の経済が発揮されたことで、2021年1-6月にわずか828元(約1万7000円)だった1台あたりの利益は2022年1-3月に2300元(約4万7000円)、4-6月は7300元(約15万円)に拡大した。2023年の1台あたりの利益は1万元(約20万円)を突破するとの予想もある。
好調な決算予想が発表された17日は、もう一つのニュースが自動車業界をにぎわせた。同日開幕した自動車見本市「パリ国際自動車ショー」で、BYDは欧州に投入するSUV「ATTO 3」、7人乗りのSUV「唐」、スポーツセダンの「漢」など欧州向け3車種を公開した。
同社は2021年8月にノルウェーに進出したが、同国の人口は約540万人で「テスト市場」の意味合いが強かった。パリ国際自動車ショーで発表した3車種は年内にドイツやオランダ、ノルウェー、2023年以降フランスとイギリスで販売を始める。ATTO 3の販売価格は3万8000ユーロ(約550万円、1ユーロ=146円換算)から、唐と漢は7万2000ユーロ(約1000万円)からで、世界のEV市場の2割を占める欧州市場を巡って、フォルクスワーゲン(VW)やテスラとの競争が本格化する。
大物投資家の株式売却も相次ぐ
バフェット氏(右から2番目)は2008年に出資して以降、BYDを支え続けてきた。
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BYDは欧州やASEAN地域での事業拡大をにらみ、2022年9月にタイでのEV建設も発表している。同社にとって中国以外の初めての乗用車EV工場で、2024年の完工を予定し年間15万台の生産を見込む。
絶好調の国内事業を背景にグローバル展開を一気に進めているBYDだが、同じタイミングで大株主による株式売却が判明し市場の憶測を呼んでいる。
著名投資家ウォーレン・バフェット氏率いる米バークシャー・ハサウェイは8月下旬と9月上旬の2回にわたって、BYD株の一部を計約8億2000万香港ドル(約150億円、1香港ドル=19円換算)で売却した。売却によってバークシャーの持ち株比率は20.49%から18.87%に低下した。
バフェット氏は華僑の投資家から「(発明家の)エジソンと(米経営者の)ジャック・ウェルチをミックスしたような人物」と、BYDを創業した王伝福氏を紹介された。その後、側近をBYDの工場に派遣して技術を確認し、2008年9月に2億3000万ドル(約340億円、1ドル=148円換算)を出資した。
投資額の大きさに加え、バークシャーがそれまでテクノロジー企業にほとんど出資していなかったことから、BYDは「バフェット銘柄」として世界的知名度を得た。バフェット氏はその後、毎年株主総会に参加し、同社が医療用マスクの生産を始めた2020年4月にはBYDのマスクを着用して公の前に登場するなど、全面的にBYDを支えてきた。
関係の強さが広く知られていたが故に、1回目の株式売却が明らかになった翌8月31日、BYDの香港取引所での株価は終値ベースで前日比8%近く下落した。
さらに10月中旬には世界最大の資産運用会社ブラックロックが、BYD株400万株を放出し、保有比率が6.21%から5.85%に低下したことも明らかになった。
BYDの株価収益率(PER)が100倍を大きく超えており割高な水準にあることから、著名な投資機関による相次ぐ株式売却は、持ち高を調整したというのが自然な見方だが、中国経済の不透明さからEV業界の成長持続性を見極めたい投資家は、あらゆるニュースに敏感に反応する。バークシャーの株式売却で急落した株価は徐々に回復し、7〜9月の業績予想の発表で上昇した。
日本や欧州での戦績が見えるまでは、期待と不安が交差する展開が続きそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。