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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
「平社員時代は優秀だったのに、管理職になった途端にパッとしない上司になってしまった」。あなたの周りにもそんな人がいませんか? この謎現象は、プレイヤーとマネジャーとでは仕事内容が天と地ほども違うにもかかわらず、会社も本人もそのことに無自覚なことから来る悲劇だと入山先生は指摘します。「昇進の打診があったら、むしろそれは降格だと思え」と大胆に言う入山先生の真意とは?
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あんなに優秀だったのに
こんにちは、入山章栄です。
今回は日本の会社でしばしば見られる「謎現象」について、みなさんと一緒に考えてみたいと思います。
BIJ編集部・常盤
入山先生、先日、友人がこんなことをぼやいていたんですよ。
平社員時代はとても優秀で、上層部のダメなところをズバズバ指摘していた人が、役職がついた途端、なぜかパッとしない上司になってしまうことが多すぎると。
言われてみると私にも、思い当たる人が何人かいます(今の会社ではありませんよ)。この「謎現象」はなぜ起きるのでしょうか?
もともと仕事のできる人だったのに、昇進して管理職になったらなぜか精彩を欠いてしまう。僕も若い頃に三菱総研に勤めていたときに、そういう例を何回か目の当たりにしたような気もします。
こうなる原因は一言で言うと、日本の終身雇用制度のせいであると、僕は理解しています。説明しましょう。
終身雇用制度では、「プレイヤーとして優秀な人ほど出世して管理職に抜擢される」傾向がありますよね。ところがここで問題なのが、プレイヤーとマネジャー(管理職)とでは、仕事内容がまったく違うことです。
プレイヤーとは、いうまでもなく現場に強い人。優れた営業とか、技術者として優秀とか、そういうことですね。でも、マネジャーの仕事は全然違う。マネジャーの仕事は、まさに自分の組織を管理することであり、現場に出るよりも内勤が多くなり、エクセルと向き合いながら評価をしたり、予算管理をしないといけない。部下の成長も促さないといけない。
まさに、天と地ほど違うわけです。でも、そのことを会社も本人も十分に認識していないので、会社も管理職になるための準備をさせないし、本人もしない。管理職研修を行う会社もあるけれど、その程度ではぜんぜん足りない、というのが僕の理解です。
BIJ編集部・常盤
なるほど、たしかにそうですね。私自身も管理職になったとき、パワハラ・セクハラ研修のビデオを見て理解度テストを受けたくらいです。
そうでしょう? 本当は、平社員が管理職になるということは「寿司職人が、学校の先生に転職する」くらいのパラダイムシフトのはずなのです。
マネジャーとは何かということさえよく知らないまま昇進して、急に「あれ、もう現場に行けないの? この先、一生内勤でデスクワーク?」と愕然とする。しかも今までは上司に向かってズバズバ言う側だったのに、いきなり言われる側になってしまう。
だからいくら優秀な人でも、管理職になったあとはうまくいかないことも多いし、本人ももともと現場が大好きだったのに、望まない仕事をさせられてモチベーションが低下してしまう。かくして悲劇は起こるというわけです。
僕は日本式の経営がいいの悪いのと言うつもりはありません。ただ、終身雇用でメンバーシップ雇用であるが故に、プレイヤーからマネジャーへの昇進を、かなり安直に考えてき来た節があるのではないでしょうか。海外ではそれこそマネジャーになるためにもMBA(経営管理修士)があるわけですし、またマネジャーに向いた人をそとから中途採用もします。
さらに、マネジャーからディレクター(役員クラス)になるときも同様ですね。日本企業では、役員研修はあるものの、マネジャーとディレクターがまったく違う職業である、後者は特に会社の経営を考えねばならないことをどのくらい研修で徹底化できているでしょうか。
「優秀な人から辞めていく」と言われるわけ
僕が新卒で三菱総研という会社に就職したのは、もう四半世紀前のことです。現在とは状況が変わっているので、これからする話は、あくまで僕がいた当時の話であることをお含みおきください。
現場はよく知りませんが、当時の三菱総研は、東大、京大、東工大あたりの大学院を出て、修士号を持っていないと入れないような会社でした。若手社員たちは優秀な頭脳をフルに働かせて、部署によってはかなり残業していました。
しかしそれと同時に、「うちの会社は優秀なやつから先に辞めていく」と、半分冗談、半分は本音で言われていました。まだ入社したばかりなのに、同期からは「それで、入山くんはいつ辞めるの?」というように冗談混じりで言われたこともあります(まあ僕が優秀だったかはさておきですが)。
なぜみんな辞めることを考えるのか。
それは「三菱総研に入れば、大学院時代の研究の続きに近いことができる」と期待して入社して、20代のうちは実際に研究や調査の現場でやりたいことができたのに、30代半ばになって管理職になると、それができなくなるからです。
肩書が付いて部下ができると、突然、内勤の事務仕事が増える。エクセルとにらめっこしながら、「経費節減のために部下の海外出張をいかに減らすか」を考えるようになる。
僕は三菱総研時代、海外出張にも行ってましたが、もし自分が管理職になっていたら「あいつみたいに海外に行くことばかり考えているやつは、お灸をすえないといけないな」と思うようになるでしょう。それくらいプレイヤーとマネジャーの仕事は別物です。
何より、研究者として優秀な人が、管理職としても優秀だとは限らない。まったく別の仕事でしょう。そうなると三菱総研の人たちはもともと優秀ですから、研究がしたい人はさっさと辞めていくというわけです。
昇進と言われたら降格と思え
BIJ編集部・常盤
ということは、もし会社から「○○さん、来期から昇進ね」と言われたら、まったく違う仕事への異動を打診されている、という自覚を持ったほうがいいわけですね?
その通りです。昇進というと自分の仕事ぶりが認められたと思って喜んでしまいますよね。もちろんその通りなのですが、実際は降格だ、くらいに思ったほうがいいですよ。
BIJ編集部・常盤
えっ、降格ですか?
でも幸いなことに、いま日本は終身雇用制が崩れて雇用が流動化しつつあるので、このような悲劇は今後は少なくなっていくことが期待できます。
大事なのは、自分がプレイヤーとしてやっていきたいのか、それともマネジャーや経営者としてやっていきたいのかを、しっかり考えることだと思います。
プロスポーツの世界では、名選手が必ずしも名監督ではないことはよく知られています。でも日本のプロ野球は終身雇用的な考え方もあるのか、現役時代に活躍した有名な選手を監督にしようとする。
それに対して、日本サッカーは野球よりもJリーグの歴史が新しいので、監督のライセンス制度が設けられています。どんなに一流の選手でも、教育を受けて監督のライセンスを取得しないと監督になれない。プレイヤーと監督は別物だと分かっているからです。
僕はサッカーファンなので海外のサッカーリーグを熱心に見ていますが、海外では超一流の監督は、実は選手時代には二流だった人も多い。これからは日本も、だんだん適性で分けるようになると思いますよ。
BIJ編集部・野田
「名選手、名監督ならず」とは逆のパターンもありそうですよね。実はうちの会社に若手に人気のある管理職がいて、その人の下で働きたいという人も大勢いるんです。でも聞いた話によると、その人は管理職になる前は、それほど仕事ができるという感じでもなかったそうです。
それこそ、選手としては二流だったかもしれないけれど、監督としては優秀というパターンですよ。その人を管理職に登用した人は、見る目があったわけですね。
BIJ編集部・常盤
なるほど。出版の世界でいえば、ベストセラーを連発した編集者が編集長になるというように、プレイヤーとして業績を残した人を管理職に抜擢しがちですが、これからは会社も、そこを切り分けてアサインすべきだということですね。
そういうことです。この先ずっとプレイヤーでいたい人は、上司から昇進の打診があったら、「これは自分にとってむしろ降格だ」という視点も持って、よく考えたほうがいいですよ。
BIJ編集部・常盤
よく分かりました。読者のみなさん、肝に銘じましょう(笑)。
【音声フルバージョンの試聴はこちら】(再生時間:28分10秒)※クリックすると音声が流れます
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、音声編集:小林優多郎、編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。